Misty Forest-12
「……まずいわ。かなり強いモンスターが入り込んでいるみたい。魔具で覗くと何か強い力の痕跡がずっと続いている。岩を……砕いたのかしら」
リディカが眼鏡型の魔具で洞窟の奥を覗き込んでいる。魔具は、魔力や気力などが激しく放出された痕跡を見ることが出来る。リディカの視界には紫色のオーラが映し出されていた。
「どのくらい前のものまで確認できるんですか?」
「数時間ってところね。これが外に出て行くものじゃないなら……鉢合わせになる」
「うげっ。最深部まで1時間、ってことはレインボーストーンを目前にして戦う羽目になるのか。一体どんなモンスターだ」
「オーラが洞窟全体に広がるってことは間違いなく強敵よ。戻るのも勇気、ゴウン達と合流してからでも時間はあるわ」
「無理はしたくないんですが、本音を言えば……ここまで来て、まだレインボーストーンがあるのかも分からないまま引き返したくもないです」
「300年ずっと鉱脈が手付かずかは分からねえもんな。これでまた1ヶ月近くかけて戻ってきて、何もありませんでしたって話になるのは気持ちのダメージでかい」
シークの正直な気持ちにゼスタも同意する。ゴウン達に無茶をしないと約束をしているものの、モンスターがいるかもしれないから引き換えしました……などと報告するのはあまりにも情けない。
「ビアンカ、槍を振り回すのに十分な広さだと思うけど、どうだい?」
「そうね、石柱がない場所なら大丈夫。幅も高さも槍をスイングするには余裕があるわ」
「バルドル、この先は急に狭くなったりしていたかい」
「魔槍グングニルが邪魔になった記憶はないね。ああ、僕が倒したいモンスターを倒そうとしたとかじゃなくて、広さ的な意味では」
シーク達はモンスターに遭遇した時のフォーメーションを決める。ビアンカが戦闘で槍を使った間合いの確保をし、ゼスタがビアンカを狙う攻撃を全て防ぐ。シークが動き回ってバルドルで斬りつけ、防御が崩れたら魔法で妨害するという作戦だ。
「リディカさん。リディカさんがこれ以上は危険と判断すれば引き返す。それでどうでしょう」
3人の意気込みに悩みながらも、リディカがそれならばと頷き、先へ進む事を認める。リディカは治癒術を得意とし、限られてはいるが攻撃術も習得している。シルバーランクのモンスターが現われたとしてもおおよそ1人で対処が出来る。
元々そうでなければゴウン達が別行動を認めるはずもない。戦況が悪くなれば手出しはさせず自分で倒すと言って聞かせると、シーク達もそれに同意する。一体どんなモンスターがいるのか。先程見つけたディーゴの落書きの事など完全に吹っ飛んでいた。
リディカの「ライトボール」という光球魔法の灯りを頼りに奥へと進みつつ、一応は何かあった時のためか、シークもまた小さなランプに火を灯していた。
「もしアークドラゴンがいたらどうする? 私達、逃げ切れるかしら」
「どうするって、どうにもできないよ。すぐにやられてバルドルが置き去りになるだけ」
「それは困る。是非とも全力で逃げて欲しいものだよ。もしくは……」
「もしくは?」
「その前にピッカピカに拭いて、鞘の中まで洗浄しておくれ」
バルドルが普段通りの調子なのが唯一の救いだろうか。4人が不安を口にする度にバルドルが何か1つ余計な事を言って、場の空気を換えようとしている。
洞窟の奥に進むにつれてジメジメとした空間へと変わる。洞窟の端には、いつの間にか小さな水の流れが現れていた。岩の窪みには水たまりができ、足元は泥が堆積している。気温も入り口よりはグッと下がった。光が届かないためコケなども一切ない。
雨風を凌げ、かつ水場がある。肌寒さと足元の不安定さを除けば外よりも過ごしやすい。となれば、居心地の良さから何らかのモンスターが潜んでいてもおかしくない。
「もう結構歩いたぜ? モンスターらしき痕跡も、ついでにレインボーストーンの欠片すらねえ」
「ゴロゴロしてる訳はないんだね。ここまで来て、見つかるのが1個や2個だったら報われないや」
「レインボーストーンより先に、まずは強いモンスターのことを考えなきゃ」
「最深部はもう近いはずだ。この先で曲がりくねる場所が来たら、そのすぐ先に鉱脈があったんだ」
「曲がりくねる場所……あ、ちょっと右に曲がっているような」
「やった! という事はもうすぐね!」
バルドルが言った通りの光景が現れた。先頭を歩くビアンカが少し嬉しそうに声を発した時、ふと足元が揺れた。
「……地震!? やだ、こんな所で」
「いや、違う。これ……何か近づいて来てるぞ!」
「みんな! 私の後ろに!」
最初の揺れの後、断続的に短い揺れが続く。それだけはない。何かが地面に叩きつけられるような音まで響きはじめる。それが足音であるとゼスタが察した時、リディカが先頭に進み出て魔法を唱えた。
「プロテクト・オール! 少し下がりなさい!」
「リディカさん!」
シーク達の体が淡く光り、物理攻撃への耐性が上がる。続いてシーク達の力を上げる魔法が重ねられた。リディカは迫り来るモンスターの正体を見極めようと、魔導書を片手に闇の先へと目を凝らす。
洞窟内に規則的に響き渡る音は明らかに足音だ。それがすぐ傍で止まり、唸り声のような音が4人の上方から聞こえてきた。
その正体を真っ先に把握したのは、暗闇でも相手が良く見えるバルドルだった。
「ああ、これはまずい。ゴーレムだ」
「え、ゴーレムって、まさか他の喋る武器が封印していた4魔の事!?」
「アタリ」
「アタリ、じゃないよバルドル……! リディカさん、広い所まで下がりましょう!」
「ゴーレム……まさかそんなモンスターがここにいるとは思っていなかったわ。いると分かっていたら絶対に引き返していたのに」
4人はライトボールで照らされたゴーレムをその目で確認し、対峙したまま少しずつ後ろに下がる。全身が茶色い岩で覆われていて、その背丈は4メーテ程の洞窟の天井に頭が付きそうな程高い。
シーク達はおろか、リディカさえも息を飲んでいる。
そんな中、いつになく真剣なバルドルが、ゴーレムがどのようなモンスターかを簡単に説明しはじめた。
「ゴーレムの体は見た通り岩でできているんだ。武器の類は通り難いから、倒すのは魔法がメインになると思う。僕はゴーレムと戦った事がある。みんな、僕の言う通りに動けるかい」
「お、俺達で倒せるのか? 動きは遅そうだから逃げた方が」
「足は遅いけれどゴーレムは疲れ知らずだ。そのままゴーレムが人間を狙ってシュトレイ山を越えでもしたら、どれだけの被害が出ると思うかい」
「……洞窟内で動きが制限されるこの状態は、一番被害が少なくて済む状況って、ことか」
「アタリ」
「アタリ、じゃないってば」
「ゴオォォ……グゥゥゥ……フウゥゥ!」
ゴーレムはシーク達の会話を待ってはくれない。急に大きな左足で1歩踏み込み、リディカを狙って右拳を振り下ろす。その拳は避けたリディカがいた場所の岩盤を粉々にし、大きく抉った。
「うわっ!」
その威力を見て震え上がるシーク達とは対照的に、バルドルはその場でやるべきことを瞬時に判断する。
「リディカくん、君は視界の確保と防御、回復魔法に専念しておくれ。君の魔力が枯渇したら全滅だからね」
「でも……私だけでサポートなんて!」
「シークと僕を信じておくれ。視界を確保したら、ビアンカとゼスタは2人でシークとリディカくんへの攻撃を防ぐ」
「ウオオォォォ!」
「キャッ! ……分かったわ! ライトボール!」
作戦を打ち合わせる間にも、ゴーレムはお構いなしに拳を繰り出す。ギリギリでかわしながら、皆はバルドルを信じて武器を構えた。