Misty Forest-07
ビアンカは実力差にため息をつき、ベテランの後に続いて歩きだす。是非と懇願され、期待されての大森林探索だったはず。このままでは強いバスターに護衛され安全を保証された、ただの散歩だ。
だが、ゴウン達に頼らなければならないのも事実。4人の大人に守られていなければ、シーク達がこの森で1日を過ごすことなど出来ない。それどころか海の上で息絶え、今頃は海の底かウォータードラゴンの腹の中だったかもしれない。
3人はやりきれない気持ちを抱えながら、更に深いため息をつく。
「まあバスターの現実なんて、こんなもんだよな。普通に考えて、俺ら程度の経験でここにいるのが場違いだ」
「そうだね。正直つまんないなとは思うけど、俺達のためにこんな所についてきてくれるんだから感謝しないと」
「新人の域を抜けたら、もうこんな親切に面倒を見て貰える機会なんてきっとない。教えてって言わないと分からないまま進んじゃうんだから」
「ビアンカ、学校の先生みたいな事言うね」
「そうだぜ、せっかく卒業して解放されたってのによ」
3人は現状を受け入れようと、努めて明るく振舞う。ここに来た目的は、自分達がどれだけ成長をし、どれだけやる気があるのかを見せるためではない。志半ばで散っていくバスターを減らすためだ。なけなしのプライドが邪魔をしてはいけない。
思う事も言いたい事もあったが、シーク達は力量相応の相手と経験を重ねるという、普通の手順を踏まなかった。そんな自分達が今どんな言葉を口にしたとして、正しいと言える自信もなかった。
「どうしたんだ?」
「あ、いえ、何でもないです。やっぱり凄いなと思って」
「君達も等級が上がればこれくらいの事はできるさ。それだけの素質は十分ある」
「素質、ですか……なんだかゴウンさん達を見ていると、圧倒されて自信がなくなっちゃいます」
「装備の差も理由の一つだ。俺達が新人の頃なら、こんな危険な所には絶対行きたいと思わなかったさ」
オレンジ色の光が地平線と重なり、辺りは次第に暗くなっていく。今日はまたシークとビアンカが当番だ。明日3時にはゼスタとリディカへ交代する。
バルドルも起きていてくれるというので心強いが……周囲にいるのは自分達が相手するべきではない等級のモンスターだ。もちろん、何かあればすぐに全員を起こす事になっている。2人だけで戦う必要はない。それでもこんな状況下で見張るのはかなり神経を使う。
皆が寝息を立てだすと、シークは丸太の上に立って遠くを見渡したり、足音に気を付けつつ周囲を歩いたりする。ビアンカも槍を手に持ったまま、シークとは対角になるように目を凝らす。
湿気を含んだ針葉樹の葉は、土へとゆっくり還っていく。その表面を風が巻き上げ、細い葉が音もなく舞っていく。2人は時々皆の近くに腰かけ、その様子を眺めていた。
「ねえ、不気味なほど静かだけど、今起きているのは2人だけなのよね」
「う……うん、そう思うとなんか、怖いね」
「1本をお忘れなく、お2人さん」
ビアンカは両腕をさすりながら少し火に近寄る。リディカの懐中時計ではもう見張り開始から3時間程が経っていた。白夜の光が届かない森は、湿気と寒さで生きた心地がしない。
「何も……出ないわよね」
「出ない、とは言い切れないけど出て欲しくはないね」
「僕は四六時中モンスターを斬り続けてくれようが構わないけれど。嫌がるシークを無理矢理従えるのは剣としての品格が疑われるかな」
「え、従うのは俺なのか」
「最近、シークは僕が思う通りの動きが出来るようになってきたから、楽しくてね。おっと、『操り人間』だなんて『剣聞き』の悪い事を言うのはナシだ」
「そこは『操り人形』でいいよ、バルドル」
バルドルだけはいつもと変わらない。特に辺りの雰囲気に飲まれている様子もない。それはバルドルに恐怖心がないからではなく(例えばバルドルは材質検査や猫がとても恐ろしいと公言している)シークとビアンカに平常心を持たせるためだ。
「なあ、バルドル、ビアンカ」
「どうしたんだい? ……心を読んで当ててもいいけれど」
「何か見えた?」
「バルドル、それ本当に必要な時だけにしてくれないと、俺は君に触れないようにするしかないんだけど」
「ははは、冗談だよ。それで?」
「うん、考えたんだけどさ。アークドラゴンを倒すのが俺達だとして、何年かかると思う?」
ビアンカはシークの突然の言葉に一瞬考えた。アークドラゴン討伐は今まであまり意識した事がない。あまり根拠がないながらも、10年くらいではないか、と答えた。
夜の森に声はよく響く。声が大きすぎたかと、ビアンカは慌てて口を塞ぐ。
「どうしてそんな事思ったの?」
「僕は君達が覚醒すれば、すぐにでも倒せると思っているけれど」
「いや、だってさ。いつ復活して人間を襲いだすか分からないのに、辛抱強くコツコツと強くなる暇なんてあるのかなって……覚醒?」
「あー、それはそうよね。ちょっと強くなるんで待ってて貰えますか? なんて言って聞いて貰えるはずないもの」
「だろ? それに、この等級制も良く分からない。バスターとしての適性だけで言えば、いい装備、いい魔具を使った方が絶対にいいはずなのに。まあ武器はともかく、どうして防具まで良いものを使っちゃ駄目なんだろう」
緊張感を持って見張りに臨んでいても、暇なのは間違いない。シークは何故自分達がゴウン達に守られながら旅をしているのか、どうしたら追いつけるのか、違いは本当に経験だけなのかと疑問に思っていた。
例えば人間が大木を一撃でなぎ倒す、矢が木を貫通するなど、理屈に合わない。等級が上だから技の威力が出て、等級が高いから魔法が段違いに強くなる。それをどう説明したらいいのか分からない。
「武器がいいだけならさ、俺はバルドルを使っている訳だし」
「お褒めに与り、どうもね」
「力強さだけでは説明がつかないんだ。俺達とゴウンさん達との違いって、なんだろう。今は弱いのに俺達には素質があるのか? バルドルを持っているから? じゃあビアンカとゼスタは?」
「何か、私達には強くなれる要素があるってことなのかな。魔具で魔法の痕跡や、魔力の流れを測れるって言ってたけど、力の場合は分からないわ。何か特別な事って思いつく? 学校の成績?」
「ミノタウロスを倒せたのは、殆ど作戦勝ちみたいなもんだった。イエティもそうだ。等級が上がれば強くなる……って言われたけど、そういえば確かにホワイト等級で苦戦した相手って、ブルー以上のモンスターだけだよね。オークだってあれから苦戦してない」
かつて村では大人が数十人がかりでオーガの相手をし、シークの未熟な魔法で気絶させ、最後にバルドルで斬り捨てた。シーク達が等級を上げた後、オーガなど3人だけで難なく退治する事が出来ている。武器防具の出来を差し引いても、経験だけで言えば村の大人の方が戦い慣れているはずだ。
バスターになってたった数か月で筋力が倍になっているはずはない。シークはバルドルという武器を更新した訳でもない。しかし今ではブルーランクのモンスターをも難なく倒している。
なにより聖剣による攻撃にしては、シークの力量相応でしかない気がするのだ。
「ねえ、バルドル」
「なんだい、おっと、心を読んだりはしないよ」
「それは分かってる。ねえ、君は何でも斬る事が出来る伝説の聖剣バルドルだよね」
「おっと、そこを疑われているとは思わなかったよ」
「そうじゃなくて。それにしては……あまりにも君の実力を発揮できていない気がするんだ」
「ただ褒めてくれているだけじゃなさそうだね、続きをどうぞ」
「いくら俺が非力でも、スパーンと刎ねたり、ブルクラッシュで真っ二つにしたり出来るんじゃないかって。それはもう俺に問題があるとしか思えない」