New World-09
ゴウン達が互いに頷き、ゼスタとビアンカに申し出る。
「俺達で出来る支援はしよう。船から降りたらすぐに治癒のクエスト発行だ。エバンにも力のあるバスターがある程度居るといいんだが」
ゴウン達はシークのために動こうとしている。ゼスタとビアンカの力では、シークを入院させるだけで精いっぱいだ。2人は深々と頭を下げた。
「有難うございます! そして、本当にすみません!」
「私達だけじゃ、シークを治してあげられません。宜しくお願いします!」
「人の命の前に、誰が助けるかなんて問題じゃない。任せてくれ、人助けが出来てこそバスターだ」
ゼスタとビアンカが再度頭を下げ、ゴウンが2人の頭を優しく撫でる。
「お前ら、本当にいい仲間だな。シーク君もきっと鼻が高い」
「不甲斐ないけど、勝てない相手を知ることが出来ただけでも収穫だと思います。俺達、本当にゴウンさん達に弟子入りして良かったです」
「弟子か……そう言われると照れるな」
「せっかくだから師匠として言わせて貰うか。君達は本当に良くやった、未知のモンスターに立ち向かう気概、そして使命感、的確な判断。その全てを誇っていい」
レイダーがニッコリと笑い、ビアンカとゼスタに声を掛ける。少しホッとしたのか、ようやく2人の顔には笑みが戻った。
「ところでバルドルくん。とても大人しいけれどどうしたんだい」
先程から一言も喋らないバルドルに、ゴウンが心配になって声を掛ける。いつもなら「シークの鼻はそんなに高くないけれど」などと言い返すところだ。
まさか聖剣が気絶する事はないだろう。だがバルドルはピクリとも動かない……のはいつもの事として、無言を貫かれると心配になる。
「バルドルはシークに庇って貰ったのがショックで、落ち込んでいるんです」
「バルドルのおかげで、私達は役に立つことが出来た。シークもすぐ良くなるわ」
バルドルが希望した時は他人にも持ち上げられるらしい。この医務室へと一緒に運んだのはカイトスターだ。バルドルは一言「シークの横に置いて欲しい」とだけ告げ、その後は全く喋っていなかった。
バルドルもまた心優しい。ロングソードは持ち主の手足となるためにある。それなのに自身の為に持ち主が体を張ったとなれば、バルドルが抱くシークへの申し訳なさと己の悔しさは計り知れない。
「シークが目覚めたらバルドルも調子を取り戻す。シークの事を心配して、そんで落ち込んでんだろうな」
「バルドルくん。君のお陰で3人が助かったんだ。今は目覚めを信じてやろうじゃないか」
ゴウンがそう伝えると、バルドルの周囲の空気が心なしか和らいだ気がした。相変わらず喋らないが、自身が盾にでもなったかのように、どっしりとその場を守っていた。
コンコン……
リディカが時折ヒールとケアを唱えつつ、その他の者は傷の具合を診る。そうしているとふいに入り口の扉がノックされた。カイトスターが扉を内側に開くと、その場には1人の商人と5人のバスターが立っていた。
「何だ」
「あ、あの、彼らの容体は如何でしょうか」
「2人は無事だ、1人はまだ目覚めていない」
カイトスターの声色は冷たい。
「あ、お、俺達はその、あんたに言われた事を色々考えたんだ。確かに自分の事だけしか考えていなくて、そのうちなんとかなるんじゃないかと、思っていたのは事実だ」
「助かったと喜ぶばかりで、誰かが終わらせてくれた、それを意識すらしていなかったんだ」
商人とバスター達は、腰を90度に曲げる。
「申し訳ございませんでした!」
6人がしっかりと、そしてはっきりとした口調で声を揃えて謝る。カイトスターはため息をついて、中へと案内した。それぞれが何かを用意しているのか、カイトスターに渡そうとする。
カイトスターは首を横に振ってビアンカとゼスタの方を向き、渡す相手が違うだろうと言う。
「あ、あんた達のお陰でみんな助かった、有難う、本当に有難う!」
「腰が抜けて戦えなかった俺達を許して欲しい!」
「君達を見習う事にするよ、俺達が忘れていたバスターの心を見せてくれて有難う。少ないが、受け取ってくれ」
商人とバスターはゴールドと有用なアイテムを強引に押しつける。ゼスタとビアンカは驚いてカイトスターの方を向く。
「貰っておけ、役に立つと言ってもその方法は様々だ。彼らは奮闘したお前達の手助けをする事で、その役目を果たす。そういうことだ」
「で、でも……」
「受け取ってくれ、そうじゃなきゃ何も出来ずに震えていた俺達の気持ちが治まらねえ。命を懸ける事に比べたら足りないくらいだ。必ずそこの兄チャンを治療するのに役立ててくれ!」
紙袋に入れられたお金、それに木箱1つ分のアイテム。この商人とバスター達が他の客へと呼びかけ、自身の物も含め半ば強引にかき集めたものだ。
それはシークの治療費を十分賄える額になっていた。特に商人はシーク達やゴウン達の働きに感銘を受けたらしく、とても協力的だ。
商人はここに来る前、「命と積荷を助けられ、その報酬を惜しむような輩の今後が安泰だといいんですがね」と、出し渋る同業者へ冷ややかに忠告をした。きっとそれなりの立場にいるのだろう。
結果、悪い噂を恐れる者達からかなりの金品を徴収していた。
勿論、シーク達への非難に繋がらないように配慮も欠かさなかった。「彼らが復帰し、名声を轟かせる日が来たなら、我々もその協力が出来たという誇り(という名の宣伝文句)にしようじゃないか!」と、商売根性にすり替えたのだ。
ゼスタは少し躊躇った後、一礼して感謝を示した。活躍の度合いには不相応な謝礼とは思いつつも、シークを早く完治させてあげるには、受け取って支払いに充てる他にない。
「有難く頂戴します。シークの治療が済んだら、ギルド管理所を通じて報告させていただきます」
「ああ、是非ともそうしてくれ。さ、怪我人の居る所で騒がしくもしていられない、皆さんゆっくり休んで下さい。お大事に」
「はい、お気遣い有難うございました」
バスター達と商人が立ち去った後、ゼスタが受け取った紙袋を開き、ビアンカは両手でやっと抱えられる大きさの木箱の蓋を開ける。そこには想像できない程の物が入っていた。
「ちょっと、ちょっと! え、こんなに貰っていいの? え、どうしよう、返さなきゃ」
「30……40……50……え、ちょっと待ってくれ、こんなに受け取れないだろ」
「ゼスタ、ちょっとこの木箱の中身見てよ」
「ビアンカも、ちょっとこれ数えてくれ、俺が何か間違ってるのかも」
今度はゼスタが木箱を覗き、ビアンカが紙袋の中身を取り出す。
「え? え? これ、全部1万ゴールド紙幣!?」
「おい、鎖帷子にブレスレット、エクストラポーション、マジックハイポーション……これはエリクサーか! エリクサーなんて……1瓶で1日の稼ぎが吹っ飛ぶぞ」
ビアンカは紙幣を全て数え終わり、放心状態だ。ゼスタは高価な装飾品や消耗品を取り出して並べていく。
「ゼスタ、ゼスタ」
「これ、どうしよう、使いきれねえぞ」
「に、にひゃく、250万ゴールド……」
「はっ!? こっちのアイテムも、勿体なくて使えないくらい高いもんばかりだ!」
そもそもビアンカとゼスタは謝礼を貰えるなどと考えていなかった。いきなりの大金とアイテムに怪我も忘れ、頭がいっぱいになっている。
頭を両手で挟むような仕草をしたり、触ってはいけないとでもいうようにベッドの上に置いて距離を取ったり、行動が全くもってチグハグだ。
ゴウン達はそんな2人を見ながら、ようやくいつもの穏やかな表情に戻り、声を上げて笑った。