New World-08
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ゴウンパーティーの活躍によってウォータードラゴンが倒され、皆が九死に一生を得た。喜びと安堵を胸に、皆がゴウン達に感謝を告げる。
厨房にあるビールをありったけ持ってくるように言う商人、ゴウン達を憧れの眼差しで見つめるバスター達。誰が始めたという訳でもなく自然と料理や酒が食堂に並び、宴会が始まった。
魚や肉の焼ける匂いは、木板で仕切られた食堂の空間に充満している。外よりも暑いのではないかという程の熱気だ。
外では船員達がゴンドラを使って船体側面の応急処置をし、甲板の穴や手すりの補修を行っている。それも今日中に終わるだろう。
「いやあ、流石シルバーバスターまで上り詰めたお方だ、とても素晴らしかった!」
「俺が使う技と一緒なはずなのに、どうしてあんなに威力が違うのでしょうか」
「リディカさん、回復型のマジシャンとお聞きしていましたが、攻撃術もお強いんですね!」
皆がゴウン達を英雄として称えるのは当然の事だろう。だがそのような素直な言葉を貰いながら、ゴウン達はあまり浮かない顔をしていた。
本当に喜ぶべき状況なのか、賞賛されるべきは自分達なのか。主役だからと連れて来られた食堂で、4人だけが満面の笑みを浮かべる事が出来ずにいた。
それもその筈、シーク達がこの場に居ないのだ。
ゼスタは頭を強く打っていて絶対安静、ビアンカは肩を脱臼。2人とも先程意識が戻ったばかりだ。シークはまだ意識が戻っておらず、強く押し潰された事で肋骨が複数箇所折れ、頭にも怪我をしている。
「……もっと早く、パニックになった乗客達など宥めることなく駆けつけていれば、シークくん達があんなに傷付く事はなかった」
ゴウンが呟く間も、食堂の笑い声が絶える事はない。誰一人としてこの場にいない勇敢な若者達の事を気にしていない。
その無神経な喜びに、ついにゴウンは持っていたビールの入ったコップを強くテーブルに打ち付け、声を荒げた。
「そんなに楽しいか! そんなに嬉しいか!」
ゴウンの大声に、数秒程ざわめきの余韻が続いた後、食堂内は静まり返った。皆が一体何があったのかという顔をしている。
「命が助かった、積荷が無事だった、そんな自分勝手な喜びならそれぞれ心の中でしていればいいさ! 皆が死ぬかもしれないという時、お前らは何をしていた! 誰がこの船の危機を救おうとした!」
辛辣なゴウンの言葉で、ようやく何人かの者が悟った。テーブルの上に持っていた食器やグラスをそっと置き、神妙な面持ちで話を聞いている。
「……あんたらが冷静に協力してくれていたら、俺達はすぐにでも甲板に向かえたんだ! その間、誰がこの船の危機に立ち向かっていたか、知っているのか!」
皆は真っ先に客室を飛び出していった若者達の事を思い出す。ある者は隣の者とシーク達がどうなったのかと確認し合い、またある者は言い訳のようにバスターと一般人は違うと呟く。
「俺達だって、そんな任せっきりにするつもりじゃ……」
「あ、ああ。冷静になれと言っても、状況が分からず船が沈むかもという事態で、落ち着くなんて無理ですよ」
ゴウンは歯ぎしりの音が聞こえそうな程に奥歯をかみしめた。ゴウンはただ、シーク達にも礼を伝え、心配して欲しいだけだった。だが、残念ながらそのような声が上がらない。
「そうか、皆を助けたいと動いた3人の勇敢な若者には何もなしか。功労者を見捨て、自分達は酒盛りか。まだ目を覚まさない新人バスターの事なんて忘れちまったか」
ゴウンは拳に力を入れ過ぎ、自身の爪で手の平から血が流れている。怒りを抑えられないゴウンにこれ以上は言わせられないと、その先はリディカが続けた。
「あの子達はそんな身勝手な人を守る為に戦った。まだ17歳の子が脳震盪、脱臼に意識喪失、骨折。今もまだ目覚めていない。なんで……なんで? どうして平気な顔で喜べるの!」
リディカは目に涙を浮かべて食堂を出ていく。ゴウンもそれに続いた。
「外ではまだ船員達が、航海を無事に終わらせようと必死に補修を行っている。人の心があるのなら、もう少し周囲に目を向け、感謝する事だ。せめて助けるに値するくらいには」
レイダーはそう告げるとカイトスターの肩を叩く。一体何人が刺激され、心を入れ替えてくれるだろうか。カイトスターはすっかりおとなしくなった者達に1つだけと口を開いた。
「エバンに着いたら治療を受けさせないといけない。ロングソードの子は病院で治癒術専門の魔法使いを10人雇って足りるかってところだ。見舞いついでにカンパでもしてやれ、彼らのようなバスターはそう多くない」
カイトスターは客室を出ると真っ直ぐに医務室へと向かった。白く塗られ、赤い十字が書かれた扉を開くと、刺すような薬品の匂いが廊下へと漏れてくる。
5床のベッドのうち、3つは手前からビアンカ、ゼスタ、シークの順で使用されており、シークのベッドの周囲だけはカーテンで覆われていた。
船医が1人机に向かって何かを書き記していて、見舞いのゴウン、リディカ、レイダーは空いたベッドに腰掛けていた。
「ビアンカちゃん、肩の違和感は消えたかい。ゼスタくんは出血が止まったようだね」
「あ、はい。もう肩は動かしても大丈夫そうです。打撲は時間が立てば治るそうなので」
「色々と助けて貰って感謝しています、俺達だけだったら船ごと沈められていました」
「君達だけで戦う必要はないんだ。時間稼ぎをしてくれたおかげでみんな無事だよ。こちらこそ有難う」
ビアンカもゼスタも、誰も戦いを手伝ってくれなかったと恨む気持ちは少しもない。それどころか、自分達が力不足なせいで、ゴウン達に迷惑をかけたとすら思っていた。普通はそこで自分達の手柄や他人への不満を口にしてもおかしくない。
「……そんな君達だから、俺達は力になりたいと思ったんだ」
「えっ?」
「いや、何でもない。それより……」
ゴウンは、ベッドを囲むカーテンを開けた。防具を脱がされて上半身に包帯をぐるぐると巻かれ、仰向けに寝かせられているシークに顔をしかめる。
「まだ起きないか」
「ああ。エバンに着いても大森林の調査なんて無理だろう。骨の位置だけは船医が戻してくれた。リディカが『ヒール』と『ケア』を交互に掛け、応急処置はしている」
ヒールは体力回復魔法であり、ケアは怪我治療や毒素の浄化などに使用される治癒魔法だ。
シークは骨折や頭部の強打で継続的に体力にダメージがある。そのため定期的にヒールを掛ける事が有効だ。骨については船医によって折れた部分を元の位置に固定、リディカのケアによって繋ぎ目の修復がなされている。
しかし、万能な魔法を用いたとしても、臓器の異常、精神の治療など、複雑なものは対応出来ない。それ以上の治療には外科手術が必要となる。
また、治癒魔法の効果は「老化」や損傷によるものには及ばない。あくまでもその人の本来の状態に戻すだけだ。ヒールやケアで肌のシワが消える事もなければ、失った四肢が復活する事もない。症状が固定した怪我が消える訳でもない。
「ウォータードラゴンを、バスター1ヶ月で相手したんだよな。俺はエバンに着いたら真っ先に管理所で3人の昇格を推薦するね」
「倒した時の写真なら船員の方が撮ってくれているわ。倒れているとはいえ3人も入っていたから証明にはなるはず」
「船医さんよ、シークくんは完治しそうかい」
「町に着いてから、優秀な治癒術士をどれだけ確保できるか次第です」
治癒術士はヒールやケア、その他にダメージを防ぐ効果がある魔法や、身体強化の魔法を重ね掛けする。自己回復力を高めると同時に、ダメージを上回る速度で体を修復させるのだ。
そのためには昼夜を問わず、常に複数の種類の魔法がかかった状態に置くのがベストだ。しかし完璧を求めようとすると、それだけ術者の数を増やす必要がある。