New World-03
「呪い? 『剣聞きの悪い』事を言わないでおくれよ。とにかく、僕を置き去りにして自分だけ楽しむなんて許さない」
「それこそ人聞きが悪いんだけど……」
シークがバルドルの鞘をポンポンと優しくたたく。勿論、留守番させるつもりなど最初からない。町長は安心したようにシーク達に頭を下げた。
「大森林にはどうせ向かうつもりだったし、そんな面白い目的が出来たら楽しみになるよな。シークがその石を触ったら何色になるんだろうな。魔力と物理攻撃力、どっちに反応するんだろう」
「あー、確かに。魔力があって武器を使うとどうなるんだろうね」
「力……というか気力かなあ? 力がある人は赤、魔力がある人は黒。という事は赤黒くなるのかしら」
「えー、なんか俺だけ汚い色なのは嫌なんだけど」
「熱を加える前のアダマンタイトは赤黒いんだよ。熱で組織が変化して、ミスリルと化学反応を起こした結果が僕の色なのさ」
バルドルはバルドルなりにシークをフォローしたつもりだった。が、どうにも伝わっていないようだ。シークは首を傾げ、やや眉をひそめて「つまり?」と尋ねる。
「アダマンタイトの色と一緒だから、僕とお揃いだねって、お似合いだよって言いたかったんだ。自分で説明するのは恥ずかしいから察してくれると嬉しい」
「あ、そうだったのか、ごめんよ。汚い色は嫌だけど、気持ちだけ受け取っておく」
「そういえば、私達以外にも依頼を受けて向かったバスターはいるのですか?」
「2組依頼し、2組とも断られました。そしてその後……エバンに立ち寄って、消息が分からない、と」
「自分達のものにしようと思ったんだね」
シーク達は大森林で行方不明になった者達のリストを手渡された。その中にはオレンジ等級のバスターなども含まれている。その数は過去3年で100名を超えていた。しかもリベラ出身でない者は含まれていない。
「とにかく、今日はゆっくりとお休み下さい。お部屋はご用意しております」
「えっ、いいんですか!?」
シーク達は町長の厚意で、会食場の上にあるホテルも用意して貰うことになった。実家が裕福なビアンカや中流家庭のゼスタはともかく、一流のホテルはシークにとって夢のまた夢だ。
そもそもバスターは一般客向けのホテルでは歓迎されない。装備をどこかに預けでもしない限り、基本的にはお金を持っていてもホテルに泊まる事などない。7人(1本はシークと相部屋だ)は嬉しさを隠せない笑顔を浮かべ、それぞれに用意された部屋へと消えていく。
「じゃあな、シーク、ビアンカ。おやすみ」
「おやすみゼスタ、ビアンカ。ゴウンさん達もおやすみなさい」
「ああ、おやすみ。ゆっくり休めるといいね」
シークも部屋の扉を押し開けて中へと入る。ランプのスイッチに手を伸ばし、室内が照らされる。シークは室内の様子に一瞬動きが止まった。
床には白く毛の長い絨毯が敷かれ、壁はクリーム色の壁紙、絵画と花が飾られ、大きなソファーも置かれている。3人程なら一緒に寝られるのではないかというベッドが2つ、深紅のシーツを掛けられて用意されていた。
「凄い部屋……うわぁ、このお風呂凄いよ! 見てよバルドル、つるつるの石!」
「大理石だね」
「大理石! へえ、凄いや!」
壁にも大理石のパネルが張られた上品な浴室は、蛇口をひねると適温のお湯が出て湯船を満たしていく。シークにとっては豪華過ぎて、もはやどれ程豪華なのかが分からない。
「これ、1人で1室?」
「そのようだね。これはきっと新手の詐欺だ。明日の朝、旅立とうとしたら会計を要求されて、払えないなら代金分のモンスターを倒してこいと言われるんだ」
「え、そんなことはない、と思うけど。というより、それはバルドルにとってご褒美だよね……」
「君はお人好しだからね。もしそうなっても怒らないで、外のモンスターを倒しに行く気がするよ」
「その時は『お剣好し』なバルドルも一緒に来てくれるんだろう? 先に言っておくよ、有難う」
シークは風呂の湯が溜まるまでの間でバルドルを丁寧に拭き、鞘を濯ぎ、そして服を脱ぎながら風呂場へと向かった。裸にはなったが、手にはバルドルを持っている。
「君も入ってみるかい? 成分に不安があるならやめておくけど」
「聖剣を風呂に入れようとするバスターは君くらいなものだろうね。ん~このお湯は大丈夫そうだ、鞘はふやけるから外して、あと僕で体を切らないようにね」
「うん、一度入れば君もお風呂が好きになるよ」
シークは自分がまず湯に浸かり、バルドルをゆっくりとお湯の中へ沈める。きっとこの為にわざわざバルドルを先に綺麗に拭いたのだろう。バルドルが気に入るなら、今度から先にお湯の中で汚れを落とし、後で拭き上げる事も出来る。
「どうだい?」
「ブブブ、ブブブブ……」
「あ、もしかして息が出来ない? そもそもバルドルって息するのか?」
「ブブブブ、ブブブブブブ!」
「え? 何?」
お湯の中で声が振動し、よく聞き取ることが出来ない。シークはバルドルをお湯の中から持ち上げ、何を言っていたのかと訊ねた。バルドルは特に荒い息をする様子はない。
「お湯の上から声を掛けられても何を言ってるか分からないから、『何をゴニョゴニョ言ってるんだい』って言ったんだよ」
「……同じフィールドに立たなきゃ、会話って成り立たないものなんだね」
* * * * * * * * *
翌朝、シーク達は町長と町の職員に見送られ、リベラ駅から汽車に乗るためにホームの椅子に座っていた。
町長がいるというだけで目立つのに、誰かが「あ、シーク! シーク・イグニスタだ!」と叫んだ事で、シークを知るバスターまで集まって来る。
町長の周りには何故見送りをしているのかと詰め寄る者もいる。が、レインボーストーンを取って来て貰いますとは言えない。「クエストをお願いしたんです!」と繰り返すだけで既に疲れて見える。
もっと有名なはずのゴウン達よりも、今が旬のルーキーの方が注目を浴びやすいようだ。
汽車が来るとシーク達は町長へ頭を下げ、そして詰め寄るバスターから逃げるように客車へと乗り込んだ。
大森林で行方不明者のバスター証を回収し、更にはレインボーストーンを持ち帰る事が任務。成功すれば町長は報酬だけでなく、バスター管理所への推薦をしてくれるのだという。
そんな事を周りに知られたら、間違いなく付いてくるか、町長に依頼を寄越せと迫るバスターが現れる。
汽車の中にも他の乗客がいる。迂闊に目的を口に出せない。シーク達はこれからの予定を打ち合わせる事も、大森林についての情報交換をする事も出来ない。
結局世間話くらいしか出来ず、シーク達は汽車に揺られて国境を目指していた。
「鉄道って凄いや、あり得ない速さで木や動物やモンスターが窓の外を流れていくよ」
「これをもし歩こうって言うんなら何週間かかることか。多分こうやって2、3分話してる時間でも、歩いたらきっと1時間以上だぜ」
「うえー、楽を覚えると後が怖いね」
シークは地図をなぞり、距離を知って愕然とする。
「前に言ったじゃないか。楽をするために頑張る、楽をするためにお金で解決! 先に楽をしたらあとで頑張る事になるって。君は今、頑張りを借金しているんだ」
「そういえばそんな話もしたね、てか、その言い方はなんだか嫌なんだけど」
「シークは僕の為に、楽より苦労を優先してくれると信じているよ」
「え、でもそうすると『楽』が貯まっていくじゃないか」
「それは僕が貰っておくとするよ。一石二鳥だね」
「……君がどっちも取っていくのはずるくない?」
シークとバルドルのやり取りに、ゴウン達がたまらず吹きだす。ゼスタとビアンカは微笑みながら「いつもの事なので」と言い、周囲にも「うるさくてすみません」と頭を下げた。