New World-02
「お願い……?」
シークはベーコンを咥えたまま、町長の言葉に耳を傾ける。
「はい、その……この町は鉄道のおかげで人の往来も多く、天候も安定してとても栄えております。東の首都に比べれば見劣りしますが、周囲の平原は強力な魔物も殆ど出ず、とても住み易い土地なのです」
「それは知っている、俺達は何度もここを訪れた事があるんでね」
ゴウンはカイトスターと何度訪れたかを指折りで数えている。20年近くバスターとして活躍していれば、おおよその主要な町には行ったことがあるだろう。
「ではご存知かもしれませんが、その……この町は人口に比べるとバスターの数が非常に少ないのです。活躍の場がないせいで、バスターが留まってくれないもので」
「まあ、そうだろうな。俺達も物資の調達だけして通過するつもりだった」
カイトスターが苦笑いをし、申し訳なさそうに頭を掻く。リベラから鉄道に乗れば一気に隣国まで行ける。移動の護衛も必要ない。
「やはりそうでしたか。それならばご覧になられたでしょう、バスター管理所の閑散とした様子を」
「え、俺はリベラはバスターも多いって聞いたんですけど。ゼスタ達とも、クエストの争奪戦が熾烈だろうなって話をしていたところです」
「だって、ボアやゴブリンなんかは出るんですよね? 俺達みたいな駆け出しが経験を積むのに困る訳ではないと思うんですけど」
人口で言えばはるかにギリングより多く、バスターになりたい者の絶対数も違う。職業校の数も、ギリングより2校多い。
「確かに、日銭を稼げる程度のクエストはあります。ですが、殆どの若者はバスターになるとすぐにこの町を出てしまうのです」
「この町を……出ていく?」
「はい。バスターにとっての醍醐味は、やはり強いモンスターとの戦闘、未踏の地への到達でしょう。同じ経験を積むのなら、さっさと新しい土地に行く、それがこの町の新人の傾向です」
もし装備や金に余裕があれば、シーク達だって行ったことのない土地へ行きたいところだ。大きな町なら中流家庭でもある程度の余裕があり、バスターを目指す若者も旅立ち段階で躓くことはないだろう。
そうなれば、早々に新しい土地に向かうのは仕方がない事だ。ギリング出身者は大抵リベラに立ち寄るが、わざわざ物価の高いリベラを拠点にする必要がない。
この町のバスター管理所は、いつ訪れてもクエストが一定数残っている。かといって滞在しようとすると割に合わない。
ギリングで3000ゴールド食事つきの宿があるとして、この町の同等クラスの宿は5000ゴールド食事なしが最低ライン。外食の飯代なども高い。
クエストの報酬も多少高いとはいえ、目論見ほど金が貯まらないのだ。
「……お願いというのは、この町の外のモンスターを一掃して欲しい、という事ですか?」
「1日くらいならいいけど……ずっとって訳にもいかないわ。私達はエンリケ公国まで行って、カインズの港から大森林を目指すんです」
「大森林ですか! それならば尚更お願いしたい」
「えっと、何をすればいいんでしょうか」
シークは困った表情のままの町長へと尋ねる。高圧的な態度を一切取らず、低姿勢を保って頼ってくる町長を放っておけないようだ。
「実は先程の理由により、大多数の新人が町を離れるのですが、1年以内に安否不明となるバスターが2割を超えるのです」
「2割? 随分と多いな」
「ある程度はその後消息確認が取れるのですが、北方のエバンに向かい、大森林に入ってそのまま戻らない者がそのうちの3割を占めます」
エバンはこれからシーク達が向かう町だ。大森林周辺にはエバン以外に町がない。
「未経験のバスターが訪れるような場所ではないと聞きますが、なぜ大森林に行くんでしょうか」
「それは、勇者ディーゴが大森林で能力を開花させた、という伝説のお話が原因なのです」
「え、そんな伝説あるの? バルドル、知ってた?」
シークがバルドルに尋ねるも、バルドルは首を横に振る代わりに「知らない」と言う。
「もしかして、自分の能力に反応して色が変わるという魔石の事じゃないかな」
「え、何それ」
「僕とディーゴ達は、確かに戦い難い森ならちょうどいいと思って特訓をした事がある。その時に山肌の洞窟で不思議な石が転がる場所を見つけた。その石をディーゴが持つと赤色に、でも他の人間だと緑や黄色になったりした」
「石が生きてるってこと? 石の色が変わるなんて、なんか気持ち悪い」
シークは身震いをし、まるで怪談でも聞いたように体を両手でさする。ゼスタとビアンカはあまり信じていないようだ。ただ、ゴウン達はその話を知っていた。リディカが代表してバルドルの話を補足する。
「その魔石はね、レインボーストーンと呼ばれているの。私達も過去に占い屋で一度だけ本物を見たことがある。持った者の力を測る事が出来ると言われている石よ。バスター等級の色を思い出して」
「あ、はい。グレー、ホワイト、ブルー、オレンジ、パープル、シルバー、ゴールド……」
「そう。レインボーストーンが元になっているの。石の色が7種類あって、グレーのレインボーストーンが変化しない者は、バスター適性がない。ホワイトが変化すればその人はホワイト等級相当、ブルーの石の色が変わればブルー相当」
「俺達はブルーの時にその石を見せてもらった。ゴウンが赤、リディカは黒に、カイトスターと俺は黄色に変化した」
「変化する色で何が分かるんでしょうか」
リディカの話に続いたレイダーは、その変化の意味を教えてくれる。
「能力の高低だけではなく、力の強さや伸びしろを表していると推測される。試しに他の奴で試させると、ソードやアックス、ランスは赤や黄色、ダブルソードやボウは黄色か緑、魔法使いは全員が黒になった」
「黒くなるのは魔力を感じ取ったからじゃないかと」
「そんな物があるんですね。等級の色の決め方にそんな意味があったなんて知らなかったわ」
バスター制度の基礎となる等級制の由来を知り、シーク達も興味を示す。これなら実力を知りたい新人が向かいたくなるのも無理はない。
「えっと、それはつまり大森林に向かった新人が、魔石を探そうとして遭難したりモンスターにやられてるって事ですか?」
ゼスタが町長に確認をすると、町長は申し訳なさそうに頷いた。
「帰還できた者によればその通りです。しかし、その石がどこにあるのかないのかもはっきりしません。石を探しに大森林に行ってはいけません! などと言えば、煽るだけです」
「まあ、そうだな」
「結局探しに行こうって思っちゃうよね」
町長はシーク達の会話に大きく頷く。
「ですから、それならばいっそこの町にその石を置き、自身の実力を調べたいのなら自由に調べられるようにすればいいと考えたのです」
「新人が危険な場所に赴くのを止めないなら、赴く理由を1つ減らせばいい、ということだな」
レインボーストーンがありふれているなら、冒険に向かう理由もなくなる。カイトスターが現実的な対策だと言って頷く。
「問題は……誰にその石を持って帰るように頼むかです。そこで私は考えました。町民を救って下さったイグニスタさん達と、名声が各地に轟くスタイナーさん達が一緒に行動している今、是非最も信頼できそうなあなた方に縋りたい、と」
「あらら。シーク、『タダより高いメシはない』になっちゃったね。僕は食べていないけれど」
「じゃあ君だけ留守番するかい」
「そんな気遣いはまったく有難うございませんってやつだよ、シーク。僕はもれなく1本無料でついてくる。絶対に、絶対に置いて行かせない」
「そんな、呪いみたいな聖剣やだよ……」