Interference-14
シークとバルドルは普段町を歩く時よりも、幾分堂々と会話を続けていた。
管理所では情報が公開され、きっと連鎖的に覗かれている頃だ。そうなればバルドルが喋る事を隠す必要はない。
聖剣が見つかったらしいという噂に、新人のバスターが持っているという話も加わる。しかも魔法使いが操っていて、そしてその聖剣は喋る。となればバスターの中で話が広まらないはずがない。
数日の間にその情報は他の国にまで行き渡り、世界中のバスターが仰天することだろう。
「君が堂々と聖剣を名乗れるようになったからって、道行く人に自分から声掛けたりはしないでよ、驚かれるから」
「共通の話題もない他人に『ご機嫌はいかが?』なんて、興味もないのに僕が訊くと思うかい」
「うん、それを聞いて安心したよ」
バスターの間で認知されつつあると言っても、今の時点ですれ違う通行人はまだ何も知らない。
シークの姿は黒い鞘に入ったロングソードを背負い、夕暮れの中を表情豊かに独り言を呟きながら歩く、不審なバスターの少年として映っているかもしれない。
「宿についたら本当にすぐに手入れをしてくれるかい」
「ああ、真っ先に」
「約束だからね、あの機械を当てられた感触を忘れ去りたいんだ」
「へえ、モンスターを斬って、感触を上書きしたいとは言わないんだ」
「……あっ」
「今からは行かないよ」
シークは10分ほど歩き、3階建てのレンガ造りの宿へと帰りついた。1階にあるフロントで鍵を受け取り、階段を上って数日前から宿泊している3階の部屋の扉を開ける。
やや木の床が軋むのにも慣れ、何事もないかのように入ると、防具を脱いで棚に綺麗に置いた。目を輝かせる事が出来るなら輝かせているであろうバルドルをチラリと見て、シークは部屋の洗面台でまず手を洗う。
「シーク、早く!」
「分かってるって」
シークは窓辺の手摺で乾かしていたナイトカモシカ革クロスを手に取り、少しだけ水で濡らして柔らかくすると、バルドルを鞘から抜いて根元から拭き始めた。
時々折り返してクロスの綺麗な面をあてながら、バルドルの言う場所を丁寧に拭き上げる。
「そこ、うん、そこに針が」
「針を怖がる聖剣って、おかしくない? 猫の爪が怖いとか、検査液が怖いとか」
「君は無抵抗な状態で同じ目に遭って、それでも怖くないと言えるかい」
「全力で抵抗してたじゃん」
会話を続けながらも、バルドルはどんどん綺麗になっていく。どこに触覚や痛覚があるのか分からないが、とても気持ちよさそうだ。
「はぁ~、ミノタウロス臭も取れていくし、ひと拭きごとに力が漲るね。シークはロングソードを拭くのが本当に上手だよ」
「それはどうも。洗浄液も使うかい?」
「そうしてもらえると嬉しい。拷問を受けた僕を労わってくれてどうもね」
「あれが拷問ねえ。斬るのはいいけど触られるのは嫌ってことかな?」
「多分そう。ああ、君に触られるのは嫌じゃないよ、シークはロングソードの扱いの才能がある、バスターとしてはこの上ないスキルだ」
「戦いの最中ずっと叫ばれちゃ、たまったもんじゃないからね。って、俺が魔法使いだって事も一応覚えておいてよ」
約束通り真っ先に拭いてくれるシークの事を、バルドルはとても誇らしく思っていた。シークはまだ半袖のシャツのまま、自分の体も洗っていない。夕飯も済ませていない。
シークは鞘も丁寧に拭いて、鞘の中まで丁寧に濯ぎ、更には自分が食事をして入浴を済ませるまでの間、窓を開けて風を当て、しっかり乾かしてくれる。
バルドルはこんなに大事にしてもらえるロングソードなど、この世の何処を探しても絶対にないと考えていた。
バルドルは鞘が乾くまでの間、ふかふかと言うには安っぽいベッドに置かれている。「床に直置きではせっかく拭いたのが台無しだ」という気遣いも嬉しかった。
シークがこれからも大事にしてくれるという自信はある。けれど、不安が全くない訳ではない。
バルドルは、天は二物を与えずという言葉の意味を少し捉え間違っていた。才能や長所の事だとは思わずに、物理的な物だとして覚えてしまっているのだ。
すなわちとても優秀なロングソード(つまりはバルドル)を手にしたシークは、他の何かを追い求めても手に入らない。それを手に入れるためには自分が手放され、犠牲になってしまうと思っているのだ。
その何かとは、今日も秤に掛けられた「お金」だとバルドルは想定している。
全くの杞憂なのだが、バルドルの悩みは真剣だ。
シークが寝息を立てている間、バルドルは自分を唯一脅かすライバルである(と思い込んでいる)「お金」より、どうやって自分を優位に立たせるかをひたすら考えて過ごしていた。