Will-06
告げ口はしないと言うロングソードに対し、カイトスターはまず非礼を詫び、そしてシークの口から訊くことを約束した。
「これは単なる世間話と思って欲しいんだけど、君から見てあの少年はこれから先、ちゃんと育っていけそうか?」
カイトスターの声色は、どこか不安や心配を感じさせるものだった。バルドルは少し考えてから自身の素直な見解を伝える。
「そうだね、シークの剣の腕は未熟だよ。ボアやオークなら難なく倒せるけれど、それ以上になると物理攻撃の知識からして乏しい。ただ、実戦2週間で判断できるくらいに、剣術の才能はある」
「経験不足は仕方がないな。うーん、生粋のソードの俺が使わせてもらえたらと思うけど、きっと彼は譲らないだろうね」
「僕も譲られるつもりはない。シークは僕の事をとても大切にしてくれるんだ。自分は100ゴールドのパン2つで昼食を済ませるのに、僕のために何千ゴールドもする手入れ用品を買ってくれた」
「そうか、優しい持ち主と主人思いの聖剣……いいコンビなんだな。君も彼のことが大事かい?」
「そうだね」
カイトスターはやや細い目をいっそう細め、優しい笑顔を浮かべる。きっと剣を寄越せというつもりではなく、本当にシークが扱って大丈夫な剣なのか、シーク達は安全なのかが知りたかったのだろう。
しばらくすると、シークとゼスタが体から湯気を立てながら部屋へと戻って来た。温まり過ぎたのか、着ている長袖シャツの首元まで真っ赤に火照っている。
「あ~、のぼせそうだった」
「あいつ、俺達の事好き放題言い出してさ、明日顔合わせるの気まずいぜ」
「女同士の会話ってえげつないよね。いいじゃん、ゼスタは顔も背も性格も概ね褒められてたし」
「お前は『顔も性格もいい……けど付き合うと物足りなさそう』だっけか」
「『意外と小さそう』って言われるより全然マシ」
「うるせーよ、小さくないだろ」
シークとゼスタが笑いながら話をしていると、バルドルが「おかえり」と言う。それに対してシークも「ただいま」と何気なく返事をしてベッドの縁に腰掛けた。
そして数秒経ってから立ち上がり、バルドルへと目をまん丸にして驚く。
「駄目じゃん! 喋ったらどうなる……か」
シークとゼスタが恐る恐る振り返ると、カイトスターが続きをどうぞ、と促している。
「あの、もしかしなくても、もう気付いてます?」
「まあ、ね。少し話をしていたところだよ。義理堅くて良い剣だ」
「過分なお褒めに与り、どうもね」
「ああ、喋っちゃったんだ……あの、これには色々と訳があって」
シークが動揺しながら説明を始めようとした時、風呂ではなく酒で赤くなったゴウンとレイダーも食事から戻って来た。大丈夫なのかと心配するシークとゼスタに対し、カイトスターはいつもの事だと笑う。
「バルドル、とりあえず俺から説明させてもらうけど、いいかい?」
「僕と出会えて人生が変わったとか、僕のおかげで強くなれたとか、そういう話なら何度でもどうぞ」
「え、バルドルと言ったか?」
カイトスターはバルドルという呼び名に反応した。ソード使いとして、勇者ディーゴの聖剣の名くらい知っていて当然だろう。
「バルドル、そういう嘘で客寄せする悪徳商売があるんだよ、知ってる?」
「僕は『本当つき』だから問題ないでしょ。嘘とは心外だね」
「嘘ではないけど、誰かみたいに自分で『私は可愛いはず』って言っちゃうのと同じになりたい?」
「うん、それはまずいね。聞かなかったことにしてくれると嬉しい」
「話が分かる『愛剣』でよかったよ、バルドル」
「ちょっと待った、バルドルって……まさか」
カイトスターの驚きに頷き、シークはバルドルを元勇者ディーゴの聖剣だと紹介した。
ゴウンとレイダーは酒に酔っているとはいえ、真面目な話はしっかり聞ける状態らしい。相槌を打ったり、シークが拾ったという場所についてもある程度の検討がつくような仕草をしている。
「つまり、ソードのように戦いながら、魔法を補助的に使っている、と。確かに魔術書を買えないのなら、物理攻撃をするしかないな」
「魔術書を買える算段もなく、物理攻撃職の経験もないまま、よくバスターとして出発したもんだ。普通なら仕事始めが1年延びていてもおかしくない」
「魔術書と剣術のスキル不足を補うため、アダマンタイト製の剣を杖の代わりにしているんだな。更に魔法を斬撃と組み合わせるとは、よく考えたものだ」
シークの説明を聞いたゴウン達は、シークがロングソードを持って旅をしている事や、ホワイト等級になった事などにおおよそ納得したようだった。
決して3人が無謀な旅をしているわけでもないと分かり、安心しているようでもあった。
しかし、それはあくまでも今までの話であって、この先それが通用するとは限らない。半分運に任せたような旅の仕方では、いつか絶対に行き詰る時が来る。
「君達、一度戦う所を見せてくれないか。面倒だと思うかもしれないが、アドバイスできる部分もあると思うんだ」
「俺達は君達がどの程度のレベルに達しているか、判断できるだけの実力はあるつもりだ。バルドルくん以外の意見も聞いて損はないだろう?」
「バルドルくんだなんて、そんな『他剣行儀』な言い方しなくても結構だよ、ゴウンくん」
「ははは、では俺もバルドルと呼ばせて貰うとするよ。お節介なんて若い子には迷惑かもしれないけれど、心配で仕方がない」
「どうする? 俺は誰かに一度戦い方を指導してもらいたいって思ってたんだけど」
「そうだな、出来ているかいないか、自分達では分かんねえもんな……。よし、お願いします!」
シークとゼスタが頭を下げると、ゴウン達は同時に頷いた。
「リディカから魔法についても聞けると思うから、知りたい事、分からない事は何でも聞いてくれ」
「はい!」
「ダブルソードとランスの指導もお願いできますか?」
「任せておけ、伊達にシルバーまで上がってきた訳じゃないからな」
ゴウンが酒臭い息を吐きながら笑い、カイトスターに「水を飲んでから風呂に入って来い」と促される。
シーク達は戦闘を重ねながら歩き続け、やっとの思いで辿り着いた。美味しい食事、寛げる風呂、清潔なシーツとベッドとくれば、どうしたって睡魔は襲ってくる。
眠い目をこすり、あくびをしながら、シークが行儀よく「お先に休ませて頂きます」と声を掛ける。その返事を聞くのも待てないまま、シークもゼスタも1分と経たないうちに寝息を立てはじめた。
ゴウン達は「寝つきが早過ぎるだろう」と、声を押し殺して笑う。そして有望な2人のバスターの寝顔をしばらく眺めていた。
「出来れば……こいつらが一人前になる頃には片が付いていて欲しいもんだ」
「そうだな、もうこれ以上先延ばしにする訳にもいかないだろう。苦しむのは俺達の代まででいい」
「メデューサ、ヒュドラ、キマイラ、ゴーレム……復活と考える以外にないからな」
3人の顔は険しく、そして何かを心配しているようだった。
メデューサ、ヒュドラ……それは数百年もの間、被害を受けたという話も、姿を見たという話も出ていなかった凶悪なモンスターだ。それがこの数年で幾度か目撃されている。
ヒュドラの目撃情報に至っては、ここから歩いて3,4日の場所だ。
カイトスターはバルドルへと視線を向け、そしてシーク達を起こさないようにと抑えた声で尋ねる。
「俺達は今まで可能性を考えていた。君は知っているのだろう?」
「……やっぱり、駄目だったんだね。僕は300年近く時代の流れから取り残されていたから、今の事は詳しく知らないけれど」
バルドルは何かを知っているような口ぶりだ。ゴウン達は「やっぱり」と口を揃え、レイダーがバルドルへと1つの見解を述べる。
「勇者ディーゴは『魔王アークドラゴン』を倒したのではなく、封印したんだよな」