Will-05
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一方その頃、ビアンカはリディカと同じ部屋で、やはり色々と旅の事やバスターの事を相談していた。
ずっとシークやゼスタと一緒だった事もあり、ビアンカにとって女の人とこうしてゆっくり話をするのは久しぶりだ。
「ビアンカちゃんは槍を扱うのね。女の子で槍を扱うのって珍しいけれど、私のような魔法使いか、飛び道具を勧められなかった?」
「勧められました。でも、一番槍がしっくりきたんです。魔法は才能がなかったし、どうしてもランスになりたくて」
「確かに第一印象って重要ね。きっとあなたは槍に選ばれたんだわ。これから北の街道を歩くのかしら」
「はい、いつまでも同じ場所で、実家から通ってゴブリンやボアやオークばかりを倒していても成長出来ないと思って」
「ん~お勧めはできないわね。山の中はモンスターも強いから」
同じように若い頃には一生懸命に悩んでいたというリディカは、ビアンカの話をとても真剣に聞いてくれた。
男が圧倒的に多いバスターの中で、リディカはずっと第一線で活躍してきた。彼女にとって嫉妬や妬みなどがない程に歳が離れ、ランクも全く異なる女の子は新鮮なのだろう。
しかし、北に向かいたいという話だけは首を振った。
「私達も北に向かう所なの。このイサラ村から北にある山道に、ヒュドラという首が9つもあるモンスターが巣食っているって話。シュトレイ山の火口跡の湖に棲みついているという噂があってね」
「そんなに危ないモンスターがいるんですか……」
「ええ。毒耐性も解除術も持たないあなた達が、もし道にでも迷ってヒュドラに出くわしたら、必ず死ぬことになる。引き返せない事情もないのなら、無理はしないで欲しいの」
リディカは駄目だと強く言わず、意思を尊重しつつ思いを伝える。ベテランに相談したいと思う事も、忠告に余計なお世話だと思う事も、かつての自分が体験した事の1つに過ぎない。
反発やプライドだけで行動した結果も、納得できる話し方も、分かっているのだ。
「私達ね、そろそろ一度パーティーを解散して、それぞれの道を歩こうって話をしているの」
「え、バスターを辞めちゃうんですか?」
「ええ。沢山稼いだし、シルバーまで昇格出来たし、歳にも勝てない。私もゴウンも、子供が欲しいから。ふふっ、私とゴウンは結婚しているの。カイトスターとレイダーも、故郷に奥さんがいるわ」
「そっか、子連れだと旅なんて出来ないですよね。ゴウンさん、良い人そうですよね。幸せな家庭を築けそう」
「ありがとう。私ね、辞める前に私の分かる事、私の知識、それを誰かに受け継いで欲しいって思っていたの。武器は扱えないけれど、モンスターを自分なりに研究したノートや、薬草の知識もある」
リディカは1冊の深紅のカバーが掛けられた手帳を取り出す。使い込まれ、継ぎ足されたその手帳にはぎっしりと文字が書かれていた。
「こうして会ったのも何かの縁。それをあなたに預けたい。そこにはこの北に出るモンスターの事も書いてあるの。それを読んで、それでも大丈夫だと思えるか、確認してみて」
「え、いいんですか? バスターにとって知識は何よりの武器なのに」
「誰にも使われない知識なんて、無いのと一緒だから」
「リディカさん……」
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夕食の後、シークとゼスタは、ゆっくりと宿の大風呂に浸かっていた。
奢りだから何でも食えと言われても、許容量を超えるとどうしようもない。羊肉のステーキや川魚の塩焼き、野菜のスープ、鶏のから揚げなどをなんとか胃に押し込め、酒盛りが始まったゴウン達に礼を言って逃げてきたのだ。
岩をくりぬいたような大きな湯船は、体を預けるのにちょうどいい。本当ならば一番リラックスできる瞬間……なのだが。
白く殺風景な壁に囲まれた男湯の隣からは、リディカとビアンカの声が響いてくる。その様子を見ることはできなくとも、健全な青少年なら思う所もある。
「そういえばさ……ビアンカに胸がついてるなんて事すっかり忘れてたけどよ」
「うん、あるって分かると気になっちゃうよね」
「女の子かあ、バスターやってる限り我慢なんだよなあ、きっと」
彼女が欲しい、恋愛をしたいと思う年頃だ。カッコイイと言われたくてバスターになる者も少なくない。
ただ恋人のために拠点を移さずにいれば、強くもなれず、武勇伝も作れず、カッコイイバスターにはなれない。
「リディカさんはゴウンさんの奥さんだし、カイトスターさんとレイダーさんも故郷に奥さんがいるっていうから、強くなってからだと世界中飛び回ったって彼女に捨てられないかも」
「そうだった。つうことはチャンスはあるよな」
ゼスタがシークに何かを揉むような手つきを見せる。
「ビアンカに頼んでみたら? 俺は遠慮するけど」
「馬鹿、あんな勝気な女に言ったら平手打ちじゃ済まねえよ」
女湯からは、シークとゼスタになどお構いなしの会話が聞こえている。隣に聞こえていると分かっていないのか、胸の大きさだの、腰の細さだの、遠慮がない。
シークとゼスタは自然と前かがみになって足を閉じる。
「……俺、もうちょっとここに居ようかな」
そうやってシークとゼスタが女2人に対し、早く風呂から出て行って欲しいと願っている頃、部屋には一足早くカイトスターが戻って来ていた。
あまり酒に強くないせいか、彼も早々に退散したようだ。
真っ赤な顔を手で仰ぎながら、カイトスターは自分のベッドに腰掛けた。入り口側を向くと、視線の先にはちょうど壁に立てかけられたバルドルが見える。
ホワイト等級にはどう見ても似つかわしくなく、黒い鞘には目立たなくとも繊細な模様が浮かび上がっている。それに柄の装飾や精巧な造りは、模造刀と言われてもそうだとは思えない。
ミスリル以上の剣ではないかと思い、彼はそっと立ち上がると、食事前にシークが綺麗に拭き上げたそのロングソード、つまりはバルドルをよく見る為に鞘に手をかけた。
「……あれ、抜けないぞ? 留め具でもあるのか?」
引き抜こうとしたカイトスターは、鞘に張り付くように抜けず、動かすこともできないロングソードに首を傾げる。鞘を調べ、そして柄の部分も調べてみたものの、鞘と剣を繋ぐものは何も見当たらない。
「この鞘は……鉄ではなく木製? まさか、バルンストック? 空想上の木とまで言われている貴重な、いや、何度か見かけたバルンストック製の鞘に似ているが……まさか。しかし何で持ち上がらないんだ?」
カイトスターはただの剣ではないと察し、念入りに調べようとする。あまりにもベタベタと触られて不快だったのか、耐えかねたバルドルはとうとう喋ってしまった。
「……持ち主の許可無く僕に触らないで欲しいのだけれど」
「へっ!? だ、誰だ?」
「全く、僕がおとなしく我慢していると思っていれば酒臭い顔を近づけて、おまけにせっかくシークが綺麗に拭いてくれたというのに手垢まみれ。酷いと思わないかい」
「まさか……お前が、喋っているのか」
「喋るなと言われているのだけれど、僕にも我慢の限界はある。ただの興味なのは分かったから、シークの許可は取ってくれないかい。こっちは動くことは出来ないんだ、無抵抗なロングソードへの『剣権』の侵害だよ」
カイトスターは驚き、そして慌てて目の前ロングソードから手を放す。
「喋る……まるで伝説の聖剣のようだ。『伝説の勇者ディーゴのパーティーは、人の言葉を理解する武器と共に、竜の魔王を退治した』……まさか」
「おっと、その先の事はシークに聞いておくれよ。僕は持ち主の言う事を聞かない『裏切り物』と言われたくないからね。たとえシークが僕を模造品呼ばわりしたとしても」