【chit-chat】encore 04 武器たちが繰り広げる秋のとある1日……モンスターも狩らずに。
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「僕から言わせてもらうと、やっぱり5人の中でシークが1番素質あるバスターだね」
「俺っちから言わせてもらえば、臨機応変な戦い、正確さで敵う奴はいねえ。ゼスタが1番の天才だぜ」
「なんがね、あんたら見とらんと? お嬢の槍さばき、あの破壊力! 全バスターでピカイチたい」
初秋。
そろそろ実り多く馬肥ゆる季節だ。モンスターも冬を前に少しでも食い溜めをしようと活発になり、実は人里の被害が一番多くなる季節でもある。
そんな時期に差し掛かれば、武器たちもモンスターを斬りたい、突きたい、射貫きたい……と騒ぐのかと思いきや、そんな事はどうでもいいらしい。
少なくとも今は。
「思いきりの良さと身体能力。ボクは断然イヴァンさんを推しますよ」
「ぼ、ボクはやっぱり……しゃ、シャルナクの命中率と、正確さを生み出すあの腕力は1番って思ってる……その、優しいし」
「あんたモゴモゴ言わんでシャキっと話し! お嬢の腕力見とらんけ、そげん言うんよ」
「何を言おうとシークが1番さ。みんな悔しいだろうけれどね」
聖剣バルドル、冥剣ケルベロス、魔槍グングニル、炎剣アレス、炎弓アルジュナ。5つの武器の会話から推測するに、どうやら「どれ」の持ち主が1番優秀なバスターかを張り合っているらしい。
武器ではないものも1つだけ話し合いに参加している。それは元氷盾のテュール。今は農作業用の鎌であり、意見もモンスター退治の視点ではない。
武器と農具が主張し合っているのは、武器屋マークの狭いリビングだ。今日はテュールの状態を確認するためのメンテナンス日。シーク達が滞在している間にと、村からチッキーを呼び寄せたのだ。
チッキーも職業校に通える歳になった。もうチッキーは馬車に乗れば1人でギリングまで通うことが出来る。
チッキーはシークの仕送りなどもあり、来週から職業校に中途入学するのだという。
そんな彼らは今、昼ご飯を食べに行っている。武器たちは連れて行けと煩かったが、留守番を強いられていた。
「ロングソードと魔法を同時に扱うシーク様、ダブルソードで攻守を完璧にこなせるゼスタ様、遠近共に抜群の破壊力を持つビアンカ様。身体能力が高く一撃が重いイヴァン様、そして正確な攻撃と癒しを担うシャルナク様。皆様それぞれですよ」
「いや、そうなんだけどよ。そうなんだけど……じゃあ1番誰が強いのかって話だよ! 5人を戦わせる訳にもいかねえしなあ」
「こ、攻撃も、治癒も出来るシャルナクがやっぱり1番……」
「シークは物理と魔法で2重攻撃が出来るし、ヒールだって出来ないわけじゃない。うん、自分で言って分かってしまったよ。やっぱりシークが1番だ」
「いえ、譲れませんね。皆さんよりも少ない経験で互角に渡り歩くイヴァンさんが、どれだけ凄いのか。分かっているはずです」
「今! 誰が! 1番強いのか! それを言ってんだろ? 来年の1番を決めてんじゃねえんだよ」
それぞれ1ミリも意見を譲ることが出来ない。おそらく1年ずっと話し合っていたとしても平行線を辿っているだろう。
「誰が1番強いかっち話はしとらんちゃ。素質の話やろうもん。強さっち話ならあたしらの威力込みの話になるけん、ややこしかろうもん」
「シークの優しさをみんな知っているだろう? 僕のために、お湯の方がいいかなと考えてくれたり、自分のごはんを粗末にしてまで手入れ道具を買ってくれた。お風呂にも入れてくれる」
「それはみんなそうだろ。俺だって……ああ、ゼスタは俺っちを洗面台で適当に洗おうとしたな。しかも風呂場では腰に巻いたタオルで拭こうとした」
バルドルがケルベロスには勝ったと確信する。表情を手に入れていたとしたら、見ていて腹が立つほど勝ち誇った笑顔を浮かべているだろう。
「あーほら、素質と優しさは関係ないですよ! そんなエピソード込みならみんなにだってあります!」
「そ、そうだよ。シャルナクだってボクの弦の点検とか、手入れとか……」
「いいかい? ケルベロスはともかく、アレスを見つけ出したのはシークだ」
「うっ……で、でもそれを言うならアルジュナをシャルナクさんに勧めたのはイヴァンさんですよ!」
「あたしはあんたらの持ち主に拾われた訳やないけんね。知らんばい」
ああ言えばこう言うはバルドルだけではないらしい。自分から折れるという選択肢がないせいで、話し合いなどそもそも無理なのだ。
では武器ではない立場ならどうかと言われると、やはりたとえ農具であっても、持ち主自慢ならば譲れない。
「チッキー様は小麦を育て、皆さんの持ち主がお腹一杯食べられるように願っている素晴らしい方なのですよ。誰かを生かす。それこそが人として持つべき素質、素養、豊かさです」
「……そ、そんな詭弁には惑わされ……ない」
「あ、あたしだって狩りとかその……」
テュールが攻撃ではない面から意見を言うと、武器たちは途端に言いよどみ始める。守ることならまだ分かるが、武器は生かすという方面にはめっぽう弱い。
「という事で、1番はチッキー様です。宜しいですね?」
「……よ、宜しくない、まったくもって宜しくない! 僕は誰が何を言おうとシークが1番だという考えを曲げる気はないね!」
「俺っちも譲れねえ。モンスターを退治して平和を……そう、平和! ゼスタは平和を守ってんだからな!」
「そうですよ! いくらイヴァンさんとチッキーさんが仲良しでも、ボクだって譲れませんね!」
重ねて言うが、武器は自分から折れたりはしない。農具も恐らく折られるまでは折れない。一体この話に終わりは訪れるのだろうか。
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「それでね、テュールが最後に少しだけ手首を回せば、より刃を長く当てられるって!」
「テュールも農具として張り切ってそうだね」
「ケルベロスがテュールと会えるって楽しみにしていたし、そういう知識でも披露して今頃わいわい盛り上がってんのかな」
「アルジュナも楽しみにしていた。テュールは穏やかだからね、わたしが思うに元気過ぎるバルドル達よりも話しやすいようだ」
武器と農具が激論を戦わせていた頃、持ち主達は呑気に外食をしていた。まさか自分たちが話のネタになっているとは思ってもいない。
チッキーは兄の奢りで嬉しそうにハンバーグを頬張り、親には内緒ということで食事中のジュース、更には生クリームのケーキまで食べている。テーブルを囲んで向かい側では、イヴァンが同じように食事とデザートを並べていた。
「ギリングのあっさりとした味付けのシチューがやっぱり一番いいわ。野菜が中心で体にも優しいし、何処ででも食べられたらいいのに」
「わたしは欲を言えば海の魚を入れた魚介仕立てが欲しいところだが、やはりそうなるとカインズまで行かなければならないかな」
「はいはい! ぼくはアークドラゴン退治でまた移動する時、カインズでサーモンのシチューを食べると決めています! ああ、いつかサーモンを釣ってみたいですね」
「そう言えば最近ケルベロスの奴が、モンスター以外も色々斬りたいと言い出してさ。カインズに着いたらサーモンでも与えてやるか」
「バルドルなんて、斬った事がないものがこの世に存在していて、悔しくないのって聞いたら、俺の老後にでも考えるだってさ」
シーク達は数日もすれば、アークドラゴン退治のための修行が始まる。
和やかに食事を楽しむことが出来るのも、暫くはまたお預けだ。チッキーにはモンスター除けの魔具を与え、いざという時のためにテュールを使った簡単な戦い方もレクチャーしている。
「武器たちに、討伐以外の趣味を持ってもらうのは重要だと思うの。グングニルって何が好きなのかしら」
「アルジュナは戦闘中はあの性格だから強引に思われがちだが、案外繊細な分析をしている。読書には向いているのかも……ページを捲ってあげれば、だが」
「アレスはこの前コッソリ歌ってましたよ。バルドル達みたいに堂々とは無理みたいですけど、歌うのは好きみたいです」
「バルドルとケルベロスは堂々とし過ぎなんだよ。その、下手な自覚は全くないみたいだし」
「むしろちょっと上手いとさえ思ってやがるよな」
朝、目覚めるのが遅くなると歌いだすことを思い出して苦笑いし、ゼスタはそろそろ戻ろうぜと告げる。
「ごちそうさま。そうだね、暇だからと歌い出したら、ビエルゴさんに追い出されかねない」
「あ、兄ちゃん。お父さんとお母さんにお土産でケーキ買ってあげようよ!」
「チッキーの分もってことだな。分かったよ」
会計を済ませ、一行は来た道をまた戻る。10分ほどで武器屋マークに帰ってくると、ビエルゴとマーシャが苦笑いして奥を指差した。クルーニャはうんざりした顔でため息をつく。
「熾烈な争いしてるぜ、さっさと迎えに行ってやってくれ」
「えっ?」
「見りゃ分かる……いや、見ても分かんねえか」
クルーニャに促され、シーク達はカウンターの奥の住居スペースに向かう。そこには綺麗に手入れされたバルドル達が机の上に並べられていた。
「ただいまー……えっと、何か争ってるって聞いたけど」
「ほらやっぱりシークが1番だった」
「くっそ! 結局バルドルの勝ちか」
「あの、何? 何の話?」
「ご覧の通りさ」
「いや、見ても分かんないよ……どういう状況だよ」
武器たちのくだらない意地の張り合いは、結局誰が1番に迎えに来るかで勝敗が決まったようだ。
「きっと僕の事を気にしてくれていたんだ。僕の話題で食事中も盛り上がった、そうだろう?」
「えっ、あ、うん……」
食事中の詳しい内容は伏せた方が良さそうだと、シークは後ろの面々にアイコンタクトを取る。
予想出来る事だが、この後数日、バルドルが勝者の余裕でケルベロスらを悔しがらせていたという。そう、シークの心の中をコッソリ覗くまでは。
【chit-chat】encore 04 武器たちが繰り広げる秋のとある1日……モンスターも狩らずに。