【chit-chat】encore 01 魔法使いは聖剣と共に春を迎える……モンスターの平原にて。
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春。
比較的高緯度にあるギリングの町の外は雪解けも随分と進んだ。冬眠から目覚めたり、温かい南で越冬していた鳥や動物達が、新芽を啄みに戻ってくる季節だ。
澄んだ空気のおかげで遥か遠くのシュトレイ山脈を眺めることもでき、肌寒さも歩くにはちょうどいい。
人々の往来は増し、動植物も増える。となれば、当然モンスターにとっても喜ばしい季節となる。
けれどそんな中、一番喜んでいるものは何か。今この場においては間違いなくこれだと断言できるものがある。
「ああ、春って素晴らしい! 年中春だったらいいのに!」
「そんな事言ってたら頭の中お花畑だって言われるよ、バルドル」
「花畑なんて興味はないから、どうせならモンスター牧場に変えてくれるかい」
「無いよそんな牧場」
ギリングの北西の平原で、1人の青年がモンスターと戦っている。
彼の手が握っているのは聖剣バルドル。ロングソードながら片刃という特殊な構造の、自称「半分は優しさで出来ている」武器だ。
そう、この春を誰よりも喜び、謳歌しているのはその聖剣バルドルだ。
「ん~、クエストを受けに行く間、モンスターが自ら斬られるために寄って来てくれる! クエストの目的地ではモンスターに囲まれる! ああ、最高の季節だね!」
「純粋に喜んでるから怒れないんだけど、君を操っている俺はちょっと疲れた。休憩したいよ」
「まったく人間って生き物は面倒だね、僕を見習って欲しいものだ。疲れたなんて泣き言は一度も言った事がない」
「じゃあ俺だけ休むから、疲れないバルドルさんだけご自由にどうぞ」
「む、酷いよシーク。君が疲れなければいいんだよ」
「鬼か」
モンスターの動きが活発になり、斬っても斬ってもモンスターが湧いてくる。シークは無限におかわりをねだるバルドルを手に戦い続け、もう既に2時間。
とうとうバルドルのおねだりを無視し、その場に腰を下ろした。
青空には白い雲が流れている。すぐ近くを流れる大河は、雪解けと共に運んできた倒木を浮かべながらも、水面をキラキラと輝やかせている。
モンスターが出没する平原において、バスターでなければこんな長閑な午後休みを取る事など出来ない。これは1人でも余裕で戦える強さを手に入れたバスターの特権だ。
「ねえ、シーク」
「なんだいバルドル。休憩が長すぎるって苦情は受け付けないよ」
「違うよ、僕にとてもいい案があるんだ」
「……君にとっていい案って事だろうなという予感がするけど、とりあえず聞こうか」
シークは土の上を避け、平たい岩の上に腰掛けている。そんなのんびりな主とは対照的に、バルドルは暇を持て余していた。次のモンスターがあわよくば襲い掛かって来ないかなどと考えていたくらいだ。
そこで、自身にとっての良い案をシークへと説明し始める。
「春の間、モンスター退治に明け暮れていると、いずれ夏になる。夏になると人間は暑いだの汗を掻くだのと不平不満を言う」
「いや、不平不満というか、実際装備を着て動くって結構暑いんだよ。ビアンカとゼスタがどれだけブリザードブリザード煩いか、君も知ってるはずだ。こればかりはどうにもならない」
「そんな君に朗報だ! 僕達は春を追って北上すればいいのさ! このままシュトレイ山脈を越えてエバン特別自治区に向かえば、いつまでも春だ」
「つまり、俺にひたすら戦え、モンスターを斬れと」
なんと人に厳しい聖剣だと、シークはため息をついてその場に寝そべる。疲れたのならヒールを掛けてみたらどうだい、と言いたいところだが、バルドルはグッと堪えた。流石にこれ以上戦いを要求すれば、町に帰ると言われかねない。
「ねえバルドル」
「なんだい、シーク」
「来年の今頃も、こうやってこの景色を見ることが出来るかな」
「君にその気があるのならね」
「そうだね、確かに……その気がなければ可能でも来ないかもしれない」
綺麗な空を眺めながら、シークは仰向けで深呼吸をした後、バッと上半身を起こす。バルドルを簡単に革のクロスで拭いた後、鞘に戻して背に担ぎ、そしてゆっくりと鞄から何かを取り出した。
「さてクエストはちゃんとやらなきゃね」
「もっといいクエストはいっぱいあったし、もっと受けたら良かったと思うのだけれど。君はもうちょっと欲深くなるべきだね」
「欲深い君に言われるんだからそうだろうね、努力するよ」
冗談のような返事をしながら、シークは真新しい写真機のレンズカバーを外す。
遠くの山々や大河、その両方が入るアングルを確認し、時にはしゃがんだり背伸びしたり、ギリギリまで高く手を上げたりしてシャッターを切る。1枚1枚出てくる写真を岩の上に置き、またシャッターを切る。
「風景の写真を撮るだけなんて、なんでそんなつまらないクエストを選んだのさ」
「つまらなくはないだろ。ちゃんとモンスターも斬れたし、君と俺とで一石二鳥じゃないか」
「僕はつまりたい。二鳥とも欲しい」
「欲深いんだから」
シークは少しずつ場所を変え、そして合計20枚程の写真を撮り終わると、最後にバルドルを鞘から抜いた。
「おっと、モンスターかい? 退屈過ぎて周囲を全然見ていなかったよ」
「残念ながら違うよ。画家さんからの依頼で、戦場の跡のような雰囲気で1枚欲しいらしくてね。君をこうして……」
そう言ってシークは躊躇いなくバルドルを土に突き立てた。
「ああっ! 駄目なんだよ剣をこんな風に使うなんて! 酷いじゃないか! ただの剣ならともかく、聖剣なんだよ!」
「芸術のためだ、ちょっと我慢をしてくれよ」
「幾ら芸術のためでも、剣権の侵害なんて許されないよシーク!」
「ごめんごめん。お詫びとして帰りがけに、武器屋マークでバルドルが欲しいものを何でも1つ」
「む、それは良い償いだね。君の誠実さに免じて許すよ」
シークはそのままバルドルを中心にした写真を2枚撮り、地面から引き抜いて綺麗に革のクロスで土を拭き取った。これでクエストは終わりなのか、シークは帰ろうと告げてギリングへと引き返していく。
「撮った写真を画家に渡して、それでどうするんだい?」
「この写真を元に、360度見渡したような絵を描くんだってさ。流石にここで描き続けるのは危ないからね、護衛しても描き終えるのに何日かかることやら」
「成程ね。という事は、シークは来年ここに来なくてもこの風景を見る事が出来る」
「……あ、そうか。それもそうだね、出来上がった作品を見ればいいんだ。来年は危険な平原を歩かなくてもいい」
シークがニヤリと笑うと、バルドルは余計な事を言ってしまったと悔しがる。
「じゃ、じゃあ色んな場所……危険でモンスターが沢山出る場所を旅して、撮った写真を売るというのはどうだい?」
「危険って言葉いる? でも商売か……いいね。来年の話は出来ないけど、暫く目撃情報がないブラックドラゴンや、ブルードラゴン探しの旅もいいかもしれない」
「悪くはないけれど探すだけかい? 写真を撮るだけ? もし宜しければ……」
「道中のモンスターは倒す、ドラゴンは……危害がありそうなら倒す」
「そうでなくっちゃ! 気概なら負けないよ、さあ行こう、すぐ行こう! 僕はなんだか歌いたくなってきたよ!」
「ちょ、声でモンスターが集まってくるだろ! 歌止めないと土に突き刺して置いていくからな」
しかしバルドルの調子の外れた歌が余程苦手なのか、不思議とモンスターが襲って来ない。
「きらりぃとぉ、光るぅ~う、朝露のぉぉ~中にぃぃ~~」
「うわぁ、きっつ……」
歌われ続ける事とモンスターを退治する事、どっちがマシか。
「……君が歌ってくれると、モンスターが襲ってこないね」
「世のぉ~全てぇぇええ~がぁぁあ~……え、何だって!?」
シークはどちらにしても『バルドルの1本勝ち』だとため息をつき、バルドルの歌を止めさせた。
【chit-chat】魔法使いは聖剣と共に春を迎える……モンスターの平原にて。 end.