emergency-04
イヴァンとシャルナクがアークドラゴンを惹き付けている。全速力で向かったものの、シーク達はその勢いのまま攻撃を仕掛けることは出来なかった。
「でかい……」
「ヒュドラの倍はあるわ、あの大きさ……」
漆黒の翼が大きく開かれ、緋色の瞳が光っている。首も長く、爪先から頭までの高さは7、8メーテ程あるだろうか。全長も尻尾の先まで20メーテは超えている。
アークドラゴンは赤黒い腹部を見せながら、首でイヴァンの動きを追っている。イヴァンは上手く惹き付ける事に成功していた。
「ウオォォォ……地走り!」
「イヴァン! 腹の下に入るな! 潰されてしまう!」
「イヴァンさん、狙いは翼です! 飛べなくなれば後はトカゲと一緒ですよ!」
「シャルナク姉ちゃんは麻痺させるパラライズアローを! シークさん達が楽になる!」
イヴァンがアレスの刃先を地面すれすれに保ちながら、土埃を舞い上がらせる。それに隠れるようにして跳び上がり、アレスの切っ先で首元を下から斬り上げた。
銀色の鱗が数枚キラキラと剥がれ落ち、怒り狂うアークドラゴンが地響きを立てながらイヴァンを追う。衝撃で走る足が浮きそうになる中、シャルナクの痺れ矢はイヴァンが鱗を剥した場所に命中した。
「よし! 俺様が気力引き出してやるから光の矢でもっと怒らせろ! 頭のてっぺんを掠めるように放ちやがれ!」
「ブリリアント……アロー!」
アルジュナが的確に狙いを指示し、矢はアークドラゴンの頭の固い鱗を掠めて飛んでいく。シャルナクはすぐにプロテクトを唱え、発動と共に振り向いた。
「ビアンカ! 今なら撃てるだろう!」
「シャルナク……私が牙嵐無双を撃てるように準備したって訳ね。恐れ入ったわ」
イヴァンとシャルナクがアークドラゴンから飛び退く。ビアンカがそのタイミングを見計らい、グングニルを頭上で大きく回転させる。
静電気が集まり、紫色の禍々しい電気の帯が矛先に集まっていく。
「牙嵐無双!」
雷の帯が一気に天高く撃ち上がり、空の手前からアークドラゴンの体へと降り注ぐ。
「グオォォォォ!」
アークドラゴンが恐ろしい咆哮を上げた。雷の出所を探すように尻尾を振り、首をぐるりと回転させる。赤い口内と鋭く大きな牙を見せつけ、走り寄るビアンカに睨みを利かせた。
「アークドラゴン戦を知ってるのはバルドルだけだ! 何かの攻撃が来ると分かったら教えてくれ! いくぞケルベロス!」
「おうよ! 顔の前で暴れようぜ!」
「双竜斬!」
ゼスタがアークドラゴン正面に立つ。髭を執拗に狙われる事が余程嫌なのか、アークドラゴンの注意は完全にゼスタだけに向けられていた。
ケルベロスの剣先が2本の白い残像を描く。が、鱗が硬過ぎて斬り裂くまでには至らない。
「全力のつもりだったんだけどな。また鱗を剥す作業から開始か?」
アークドラゴンは体を回し、鋭い棘が付いた釘バッドも真っ青の尻尾を左右に振る。ゼスタと隙を窺うイヴァンを寄せ付けないようにするためだ。常に牙をむき出しにして吠え、威嚇している。
その大きな口と牙で噛まれでもすれば、もう逃れる事はできない。
「クアァァァ……!」
「くっそ、いつか口の中狙うぞコラ!」
「プロテクトを掛け直す! わたしがパラライズアローを撃つ間は注意してくれ! 切り替えられない!」
ゼスタが両手の短剣を交差させ、脇に引き寄せる。剣閃を放とうとした瞬間、バルドルがアークドラゴンの口の開け方の違いを見分け、5人に警告を放つ。
「シーク! みんなもあの口の開け方に注意するんだ。炎を吐く」
「炎!? みんな! ゼスタも前に立つな! 炎のブレスが来るぞ!」
「パララ……くっ、避けてくれ! 魔法障壁、マジック・ウォール!」
「間に合わないわ! 顔の向き逸らす! 破ァァァ……魔槍!」
それぞれがバルドルの警告を聞き、ブレスの阻止や回避を試みる。だがビアンカのスマウグを浴びつつも、アークドラゴンはブレスを放つ事を止めなかった。
「ブリザードォォ!」
アークドラゴンの口から炎が溢れた瞬間、シャルナクの術が間に合った。同時にシークが炎に対抗するブリザードを発動させる。ブリザードはケルベロスにも掛かり、ゼスタは3重の障壁に守られた。
ゼスタの頭上から流れ落ちる炎は、大きく勢いのある滝のようだ。それが数秒続き、シークは2回目のブリザードを唱え直す。
「くっそ熱い! いったん下がる! ヒュドラの炎とは比べ物になんねえ! シャルナク、シーク、助かった!」
「氷盾テュールがないと厳しいのかも!」
「お嬢! 距離を取りながらとにかく翼を狙い! イヴァンちゃんと手分けするばい!」
「分かったわ! イヴァンはそのまま右をお願い!」
アークドラゴンが飛ばないよう、イヴァンとビアンカが左右の翼へと攻撃を始める。翼は鱗がないものの硬く、簡単には破れそうにない。イヴァンやビアンカの攻撃は弾かれ、金属音が響く。
アークドラゴンは翼を使い、叩くように反撃する。硬い翼による攻撃は相応に痛く、2人は防ぎきれずに弾き飛ばされる。
「痛っ、プロテクトが効いてなかったら折れてたわ……」
「来るぞ、炎のブレスだ! ケルベロス耐えてくれ……クロスガード!」
「マジック・ウォール! 振り向きに注意して!」
「ブリザードォォ! ビアンカ、ブレスが終わったら攻撃再開してくれ! 俺とイヴァンで先に右翼から使えなくする!」
ゼスタがケルベロスを顔の前で構えて防御の姿勢を取り、シークがブリザードを合わせる。
ブレスを避けようと動き回れば周囲に炎が広がる。避けた方向によっては他のメンバーの攻撃の邪魔になってしまう。ゼスタは敢えて動かずにいた。
健気に根と葉を伸ばしていた草は真っ黒だ。言われなければ植物だった事すら分からない。
周囲の低木や草花を全て丸焼きにすれば、広範囲が煙に巻かれる。アークドラゴンより目線の低い5人は、圧倒的に不利となる。出来るだけ炎の向きは限定しておきたいところだ。
こうして炎を吐くから冷気に弱いかと言われると、一概にそうとは言えないのがモンスターだ。弱点となるものも思いつかず、どの属性魔法を使えば攻撃の足しになるのかが分からない。
「ゼスタ! プロテクトの更新だ!」
「ケルベロス、またブリザードを掛けとく!」
シークの魔法もシャルナクの魔法も、どちらも盾役を務めるゼスタを守るためのものになっていた。
シークはゼスタが耐えられたことを確認すると、イヴァンと共に翼を攻撃し始める。翼の動きを読み、付け根を全力で攻撃すれば、黒銀の鱗が陽の光を反射しながら剥ぎ飛ばされる。
「アレス! どうしたらいい!?」
「スイングダウンを! 翼の攻撃に合わせて押し戻すように!」
イヴァンがアレスの側面を使い、翼での攻撃を撃ち返すように打ち付ける。これはシークの攻撃を楽にするためのガードの意味を持っていた。
「風車・フレア斬!」
灼熱の溶岩を呼び出す魔法、フレアを唱えるには時間が掛かる。その時間をイヴァンに稼いでもらうことが出来た。魔法はバルドルに十分な威力を授ける。
シークがアークドラゴンの体に近づき、高温で黄色く光るバルドルを左から右へと大きく振り切る。それから翼を抉ろうと斬り上げていく。
ドラゴンの鱗は武器防具の材料として最上級とも言われる。アークドラゴンの鱗となれば、アダマンタイトでさえ簡単には通らない。それでも翼の付け根の鱗を引っぺがすことは可能だ。
硬い鱗で体を覆っているのは、その下の肉を守っているからだ。つまり鱗よりは攻撃が通用する可能性が高いという事になる。
シークとイヴァンは攻撃が通用する部位を作り出そうと、必死に武器を振り続けた。