Top Secret-15
シークはバルドルの柄を持ったまま、共鳴を終えたバルドルに問いかける。
だが返事がない。
暫く沈黙が続き、シークはまさかと思ってバルドルを軽く起こすように数回叩く。
ランプの灯りがかすかに揺れ、皆の影を動かす。室内には何とも言えない緊張感が漂う。
「え、うそ、もしかして失敗!?」
「そんな、え、マジか? おいおい、お前らが失敗したら洒落になんねえぞ! おいバルドル!」
「えー……どうしよう、まさかバルドルの奴、俺の名前間違えた?」
「いや、わしが見とった。間違えてはおらん」
バルドルからの反応が一切ない。シークは何の冗談だ言いながらも、バルドルが消えてしまったのだと思って焦り始めていた。
「おい、こらバルドル」
シークがバルドルの柄を握り、起きてくれ、返事をしてくれと念じていると、ふとどこからかバルドルの声が聞こえた気がした。
「バルドル? え、バルドルどこから声だしてんの?」
「どうしたの?」
「いや、今バルドルの声がしなかった?」
「え、してないけど……」
おかしいと思い、シークはもう一度バルドルの柄を握ったまま呼びかける。すると、確かにシークにはバルドルの声が聞こえた。
「ほら、今!」
「何も聞こえないぜ?」
「そんな、でも今……」
(僕の声が聞こえるだろう? だとしたら大成功だ)
「ほら! 僕の声が聞こえるだろう? って、だとしたら大成功だって」
「聞こえねえよ、お前とバルドルの共鳴でお互い何かおかしくなったんじゃねえの? 大成功どころか大失敗じゃ……」
「ちょっと待って!」
ゼスタが耳を澄ましても何も聞こえない。皆が不安と焦りで失敗を覚悟した時、シークがゼスタの声を遮った。今この瞬間にも、シークにはバルドルの声が聞こえていたからだ。
「バルドル、ちょっとどういう事だよ、ちゃんと喋ってくれってば」
(ん~、僕だって声を出したいのだけれど、まずは試みが成功した事にホッとしているよ。ちょっと君の気力と魔力を交互に込めてくれないかい?)
「あ、良かった、失敗したかと思ったよ」
(僕が失敗? やり方をきちんと聞いて皆に教えたのは僕だというのに、『心鉄外』だね)
「ああ、やっぱりバルドルだ」
元々武器と喋っている事だって、他人から見れば大きな独り言のようなものだ。加えて今のシークは、皆に聞こえないバルドルの声と会話している。
目に見えない妖精さんとお喋りしている子供と何ら変わらない。その様子は皆をいっそう不安にさせる。
「シーク、バルドルを失った事を受け入れ難いのか? もしそうなら少し休むといい。わたし達で方法を探すから」
「そうよ、まだ完全に失敗したって決まったわけじゃないわ、方法を考えましょ?」
シャルナクとビアンカは、シークが悲しみとショックで幻聴と喋っているのだと勘違いする。
シークはバルドルの声を信じ、まず最初に魔力を込めた。そして次にあまり上手くなっていない気力の注入を試みた。
上手くないせいか、全身から無駄な気力が溢れている。それでもバルドル本体が気力を纏っているなら問題はない。
魔力と気力を交互に込め終わった後、シークはまだ柄に何も巻かれていない状態のバルドルを机の上に置く。そこでイヴァンはようやくシークが今、バルドルに言われた通りの事をやっているのだと気付いた。
シーク以外の者……と物には何がなんだか分からない状況であっても、シークの顔からは不安の色が消えている。悪い事は起きてないという事だけは分かったようだ。
「……どうだい、バルドル」
「うん、どうもね。気力だけか、魔力だけか、それともどちらともか、統一しなくっちゃいけなかったみたいだ。僕が半分しか出来上がっていなくてね、意思表示が出来なかったよ」
「ハァ、どうなる事かと思ったよ。それにしても……今のは何だったの? 君が声に出して喋っていたような、いなかったような」
「それは内緒だよ。アークドラゴン討伐で、もしもの事があった時の秘策なのさ」
バルドルは一体何をしたのか。
まるで心の声を聞いているような感覚だったが、シークは今までと何が違うのか分からなかった。秘策と言われ、ゼスタやビアンカ達も首を傾げている。どうやら他の武器も分かっていないらしい。
(……君だけには伝えておく。声に出さないで僕に語りかけておくれ)
シークの頭の中に、耳には聞こえないバルドルの声が入ってくる。シークは試しにそっと心の中で語りかけた。
(これで出来ているかな? それで、秘策ってどういうこと?)
(聞こえているよ、シーク。簡単な事さ。さっき僕の本体側に、共鳴した君をほんの少しだけ潜り込ませたのさ)
(俺と君が、君の本体で共鳴!?)
(そう。君のほんの僅かだけが僕の中に残っているんだ。安心しておくれ、僕の方は常に君の気力や魔力に触れている状態だ。君の中に入る必要はない)
(何で、そんな事を……)
(皆に内緒でお喋りし放題だと楽しいだろう? 夜こっそり外でヒソヒソする必要もない)
バルドルの秘策とは、バルドル側でも共鳴出来るようにすることだった。万が一の際にシークが自分の体を封印に使ったとしても、バルドル本体の中でシークを留めることが出来るからだ。
バルドルはまだそれをシークに伝えるつもりはなかった。
「最後に誰か、僕の刀身をシークの背中に当ててくれないかい? シーク、服の背中を捲っておくれ」
「俺が当ててやる」
ゼスタがバルドルを受け取り、シークが装備を外して服を捲し上げる。随分と魔法使いらしくなくなった背中に、ひんやりとするバルドルの刀身が当てられた。すると一瞬でその部分に転写された術式が現れた。
「うわっ!? なんか、イヴァンの背中みたいになったぞ? これ何だ?」
「本当は付けたくなかったのだけれど、アークドラゴン封印の術式だよ。シークの覚悟の証だと思っておくれ」
「え、見たい!」
「シーク、はしゃぐなって。割と重大な事なの分かってんのか」
特に痛みがなかったせいか、シークは自分の身に何が起こったのかあまり理解できていない。背中が見たいと言って鏡を探す姿に、たまらず皆が笑い出す。
「と、とりあえずこれで全員終わりね! これから死ぬ気で特訓!」
「おう!」
「装備に困ったらすぐに帰って来い。お前さん達の命、他人には任せられん」
「アクセサリーも今は間に合わせだろう? 防具はビエルゴ伯父さんに任せるけど、アクセサリーは俺が最高の品を仕上げて見せる。俺、学校時代の専門は細工の方だったんだ」
ビエルゴとクルーニャが自信満々で腕組みをする。5人は1年後の討伐で着たい装備のイメージなどを伝え、今日はもう遅いからと宿へと引き上げた。
明日からはいよいよ後がない特訓が始まる。
宿の外の馬車のコツコツ、ゴトゴトと鳴る音を子守唄代わりにしながら、5人の若者は自分が1年後になっていたい姿を想像する。
5つの武器は、生まれ変わった自分達の威力を早く試したいと願う。
そうやって明日からの自分達に期待しながら、それぞれがぐっすりと眠りについた。