Top Secret-14
ケルベロスの考えを聞き、ゼスタはそれに賛成した。大切な仲間を確実に守ろうとする、その心意気を汲んでやりたいと思ったのだ。
ケルベロスとゼスタの性格は良く似ている。皆が悩んでいたら「しょうがねえな」と言いながらも自分が進み出る。俺に続けと先頭を走って鼓舞しながらも、手柄を自分のものにはしない。
「分かった、じゃあ先に俺から。確かに今回の魔力の上書きはシーク達が一番重要だ。物語で言えばアークドラゴン退治に関してはシークが主人公ってところか」
「あの、『主剣公』である僕の事にも言及してくれても?」
「おう、主剣公さんにも道を示してやるから、最後の最後でしくじるなよ。共鳴に入る、みんな離れてくれ」
ゼスタとケルベロスの共鳴の邪魔になってはまずい。皆は壁際に一列になって並ぶ。
「ケルベロス、任せたぞ」
「おう、まあ気楽にしといてくれ」
ゼスタが目を閉じてふうっと一息つく。気力が薄い靄のように立ち込めた後、ゼスタの口から聞こえた声はケルベロスのものだった。
「よっし、共鳴成功だ。この柄の革布、気に入ってたんだけどな。中の木材もいつかバルンストックに替えたいぜ」
「ケルベロス、大丈夫? 間違えないようにね?」
「おう! 俺っちの事は俺っちが一番良く分かってらあ! わりいビエルゴのおっちゃん、ゼスタの名を刻む道具を貸してくれ」
ゼスタ(ケルベロス)はビエルゴから道具を借り、まずは右手用の剣の柄の革を剥ぎ、中の木材も剥ぎ取った。するとそこには片方の面にしっかりと刻まれた術式、その裏の面には薄く引っ掻くように刻まれたアダムの名があった。
「みんな見てくれ。こっちの名の方を消して、これより少し強めに引っ掻くように名を刻むんだ」
「カンカン打ってしっかり彫らなくてもいいのね、安心したわ」
「そうだな、これなら普通に字を書く要領で少しずつ刻むことが出来る」
「ぼく、まだ覚えたてで字なんて綺麗に書けないんですけど……」
「お手本を見ながらなら、ボクが書けるから大丈夫です。イヴァンさん」
ゼスタ(ケルベロス)はまず術式の部分をアルコールで綺麗に拭く。そして裏返しにして、今度はアダムの名が刻まれた部分をやすりで辛抱強くこすり、表皮を薄く薄く削り取って消した。
温かい風が工房の天井にぶつかり、そして消えた。右手剣からアダムの魔力が抜けたようだ。
ゼスタ(ケルベロス)はそれを確認した後で丁寧に、少しずつゼスタの名を刻んでいく。ケルベロスが操るゼスタの表情はとても嬉しそうだった。
「へへっ、なんかこのむず痒いようなワクワク感がいいな。これから俺っちにゼスタの気力が吹き込まれるんだぜ」
「あんた自慢しとかんでさっさとし! 2本もあるんやけタッタッとせな後がつかえとるんばい」
「分かってるよ! ったくちっとは感激とか情緒っつうもんがねえのかよ」
作業は続き、10分程かけてゼスタの名前が刻まれると、ゼスタ(ケルベロス)はその右手剣で指を僅かに切った。
じわりと玉のように湧き出てくる血を刻んだ名に塗り、そして次は裏返して再び白い靄のように気力を溢れさせ、血を術式へと垂らす。
すると、さっきまではただの剣だったケルベロスの右手剣が青白く光り、気力を湛えはじめた。
「成功、俺っちの半分がちゃんと入り込めた。よっしゃ、左手剣もやるぜ!」
「い、いいなあ……ボク達もやりましょう! イヴァンさん、向こうの壁際で共鳴を!」
「しゃ、シャルナク……その、こわくない? こわくないなら、その」
「ああ、わたし達もやろう。共鳴を初めて知った時は恐ろしく思ったが……今は恐れてなどいない。気力の制御は任せた」
ゼスタとケルベロスが成功した事で、皆も待ちきれなくなる。それぞれが共鳴を始め、アダムの魔力を解放し、それぞれの名を丁寧に刻み始めた。グングニルとアルジュナには少々刻む難易度が高いようにも見える。
「共鳴して書き換えるって案は大成功だ」
「そうだね、なかなか面白い方法だ。これで僕達は僕達のままで、真の主との結びつきを手にする事が出来るんだ」
「シャルナクもちゃんと出来ているみたいだし、ホッとした」
「僕達はまだなのだけれど」
そうだったと笑うシークの心の内を、バルドルはチラリとのぞき見て、すぐにやめた。
シークの心の中には期待しかなかったからだ。
「みんなが終わったら、俺達の番だ。任せたよ」
「僕の事だからね、僕がきちんとやるよ。失敗したら君の体を暫く間借りしても?」
「失敗しないだろ。ほら、ゼスタが終わった」
シークとバルドルの視線の先では、ゼスタが共鳴を解き、静かに目を開いた所だった。ゼスタは工房の中をキョロキョロと見回し、ケルベロスへと声を掛ける。
「……ケルベロス、成功したのか?」
「おう! やっぱり俺っちには気力の方が合ってるぜ、それにこの漲る感じ! やっぱり俺っちが選んだ持ち主だ、良く馴染んでやがる。覚悟決めてくれて有難うな!」
喜ぶケルベロスにホッとし、指先の痛みに気付いたゼスタは自分の血が使われた事を聞いて納得している。
何はともあれ、ゼスタとケルベロスは成功だ。本人と本剣達が分かっているのかは不明だが、その共鳴の強さも変わっている事だろう。
「……終わったばい。あたしらは一発勝負やけど、大丈夫。絶対上手くいっとる」
次に作業を終えたのはグングニルとビアンカだった。それに引き続き、アレスとイヴァン、アルジュナとシャルナクも共鳴を終える。皆がそっと武器達に話しかけ、返ってきた反応に大喜びだ。
皆の視線はシークとバルドルに向けられる。ビエルゴとクルーニャは各武器を押さえたりと、書き易いように手伝っていたが、今はじっと見守っていた。
「俺達の番、だね。緊張して力込め過ぎないようにね、バルドル」
「自分で自分に耐久試験する気はないよ、どうもね」
「それだけ減らず口を叩けるなら安心だ。バルドル、頼んだよ」
シークがバルドルをそっと台の上に置く。他の皆は共鳴と書き換えを終え、余裕の表情を見せている。失敗しないと分かっていても、バルドルは共鳴の前にシークへと声を掛けた。
「じゃあ一応、お別れでも?」
「そうだね。今まで楽しかったよ、バルドル。また後で」
「君が再び意識を取り戻した後の僕によろしく、シーク」
シークはいつも通りの会話の後で目を閉じ、バルドルとの共鳴を受け入れる。ゼスタや他の者のように周囲に少しだけ気力が漏れ、バルドルはシークの体内に取り込まれていく。
共鳴を成功させてゆっくりと目を開いた時、それはもうシークではない。バルドル本体の柄に巻かれた革を綺麗に外し、木製の板も取り払うと、そこには刀身よりもやや太い柄の芯が現れた。
その片面には術式があり、裏側にはやはりアダムの名が書かれている。術式の部分をアルコールを含ませた布で綺麗に拭いたのは、アダムの血を拭き取ったという事だ。
「君の魔力を借りるよ、シーク」
シーク(バルドル)はアダムの名を削って消す間も、シークの名を刻む間もずっと魔力を帯びたままだった。
次に、他の皆と同じように指先を少しだけ傷つけ、血を垂らした。裏返し、術式にも血を垂らして塗り込んでいく。アークドラゴンを封印する術式は複雑で、バルドルの柄の芯に彫られた術式は他の武器より少々長い。
その封印の術式には魔力を、そして少し考え込んだ後、バルドル自身ともなる術式には気力と魔力を同時に込めた。
「終わった。上手くいっているはずだ」
シーク(バルドル)はふうっとため息をつく。バルドルは密かに思いついた「いいこと」を実践していた。
次の瞬間目を開いたのは紛れもないシーク自身。シークはそこにあるバルドルへとゆっくり口を開き、声を掛けた。
「バルドル、それとも元バルドルかな? いずれにしてもおはよう。生まれ変わった気分はどうだい」