Top Secret-10
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「それでね、いちばん小さい畑はぼくが好きなもの植えていいって! でも収穫でテュールを使うのが一番楽しそうなのはやっぱり小麦だから、まずはすっごく丈夫に育つ品種を作る! 刈る時にザクってなるやつ!」
「お気持ちは有難いのですが、実が沢山なることを優先しなければお小遣いを頂けませんよ、チッキー様」
「チッキー、早く食べてしまって。シーク、あなた顔がほっそりしたけどちゃんと食べてるの? イヴァンくん、味はどうかしら。育ち盛りはちゃんと食べなきゃ駄目よ」
「兄ちゃんも後で畑見る? 少し隅っこなら入ってもいいよ! イヴァンくんも見ていい!」
アスタ村に帰り着き、シークはよく喋る母親と弟の聞き手に回りながら食事をしていた。口を挟む隙もない会話には、イヴァンも圧倒されている。
ギリングでお土産にと食材を買い込んだおかげで、今日のイグニスタ家の夕食は近年見た事がないほど豪華だ。
チッキーの機嫌は天井知らず。食事も喋る事もどっちも譲らない。
「はいはい、お魚がまた焼けましたよ。まあイヴァンくん、綺麗に食べるのね、本当に作り甲斐があるわ。ほらシークもチッキーも見習って」
イヴァンは毎度の事ながら、魚を本当に美味しそうに食べる。今は喋るどころではなさそうだ。今日は鱈の塩焼きと、ソーセージを焼いたものが特に気に入ったらしい。
「お……い、シーク。これは……どういうお金だ?」
「どういうって、ちゃんと稼いだお金だよ」
「ま、まさか怪しい誘いに乗って、他人様に言えないような仕事を」
「してないってば」
シークの父親は稼ぎのいくらかを渡され、その金額に驚いていた。命がけの仕事とはいえ、シークが受注出来るクエストは、1つこなすだけでこの村での平均月収を超えることもある。
寡黙であまり喋らない父親、喋り過ぎてシーク達に話を振らない母親と弟。シークは自身の話をするタイミングがまったくもって掴めない。
「そういえば兄ちゃん、これからどうするの? 休み?」
しばらくして、チッキーは自分の話を満足いくまで全て終えた。
シークはようやく今までの旅の事、伝説の武器の事などを話し始める。これはテュールにも伝えなければならない事だった。
魔力を持たない彼は気力を使って共鳴し、テュールに名を刻む事になるが……共鳴の説明は難しく、チッキーはまだよく理解出来ていないようだ。
「ねえ、テュールって削られた後、更に作り直されたよね? 術式はどうしたの?」
「術式というものは、何も形として残っている必要はないのです。一度刻まれて発動してしまえば、魔力を解放するまで効果は残ります」
「ああ、そうか。魔法を魔術書なしで唱えるようなもので、発動そのものが重要なのか」
「そういう事です。チッキー様の忠実なる鎌として、願わくばわたくしもその方法にすがりたいのですが」
「やり方は教えるから、農作業で疲れ果てた時にでも共鳴を試してみて。出来なかったら暫定で俺の魔力を込めるよ」
シークの両親にとっては理解不能な会話だ。興味深そうに聞いてはいるが頭には全く入っていない。
「シークさん、明日にでもみんなでやってみませんか?」
「そうだね、やってみようか。共鳴できるくらいに気力を使って、たくさんモンスターを倒さないといけないけど」
「イヴァンさん、シークさん、ボクは賛成です。早い方がいいと思いますし、モンスター狩りは最近心ゆくまで楽しめていませんからね」
アレスは明日が待ち遠しいと言って上機嫌だ。しかしもう一振りの反応が芳しくない。シークは街を出る頃から極端に喋らなくなったバルドルへ、心配そうに声を掛けた。
「バルドル、どうかした? とても静かでなんだか怖いんだけど」
「怖い? 勇者も恐れる伝説の聖剣、そう考えるととても気分がいいね」
「ああ良かった、いつものバルドルだ。明日早速魔力の入替をしよう、聞いてたとは思うけど」
「そうだね、『一刀身同体』で戦えると思うと鍔が鳴るよ」
言葉は相変わらず軽いのに、バルドルのテンションはあまり高くない。
シークは何かあったのだろうと悟った。もしかしたら失敗の可能性があるのか、それともこの話はシーク達を安心させるための嘘なのか。
だが、そうであればアレスやケルベロス達が賛成している事に疑問が残る。
バルドルを心配していたのはシークだけではなかった。食事が終わると、テュールとアレスがバルドルに「たまには3本で昔話でも」と持ちかける。
シークもイヴァンもそうしなよと賛成し、武器達は会話が皆の邪魔にならないよう、納屋の藁の上に置かれることになった。
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その日の夜、23時。
田舎の朝は早いが、夜も早い。村の殆どの者が21時には就寝する中、23時に起きているのは見張りの番か、酒場で飲んでいる者か、トイレに起きた者くらいだ。
シークはレンベリンガ村の夜と同じように、珍しく1人だけで寝ていた。ベッドはイヴァンに貸し、自身は床の上にマットを敷いている。
バルドルのことが心配で、盗み聞きをしに行こうかと思っていたのも束の間、襲い掛かる睡魔に負けてしまい、今はすっかり寝息を立てている。
その部屋の床がギシっと鳴る。正体はイヴァンだ。イヴァンはそっと窓から部屋を抜け出し、納屋へと向かった。
「……アレス」
「ああイヴァンさん、来てくれたんですね」
「うん。それで大切な話って何?」
「バルドルがシークさんに言い出せないとの事なので、まだ秘密にしていて欲しいのですが……ボクはイヴァンさんに伝えたいと思って」
イヴァンは藁の上に座り、武器達の会話に混ざる。
イヴァンはアークドラゴンを倒せなかった時、シークがアダム・マジックの後を継ぐ事になると知って言葉を失った。
アダム・マジックは自身を鍵にして封印している。封印を施している者が死ねば、封印は解けてしまう。喋れなくなるという点にばかり気が向いて、皆はバルドルで封印した時の事までは深く考えていなかった。
「わたくしも話を聞いて躊躇いました。バルドルはシークさんを犠牲にしたくないため、言い出せなかったのです」
「シークさんの事が本当に大切なんだね。でも、ぼくだったらアレスからこんな風にちゃんと話を聞きたいって思う。大切な人とはちゃんと話をするべきだよ」
「ボクもイヴァンさんに賛成です。バルドル、全幅の信頼がない共鳴なんて、どんなに特訓したって無意味です。ちゃんと分かり合わないと」
テュールとアレス、それにイヴァンの意見が正しいことはバルドルも分かっていた。きっとあの気弱なアルジュナでさえも同じ事を言っただろう。
これはバルドルの感情の問題だ。伝えない方が正しいと思っているわけではなかった。
「僕は……シークの武器として役目を果たせる事を光栄に思っている。僕なりにシークの事はとても大切に思っているんだ。明日になれば僕は完全にシークの物になるし、それはとても楽しみだ。でも……」
「でも?」
「倒せなかった時はシークは絶対に自分が封印の鍵になる事を選ぶ。シークはそういう人間さ、君達も分かっているはず。僕は……どうしたらいいのだろう」
「そうか、バルドルはもう後戻りが出来なくなるって言いたいんだね」
珍しく自信なさげなバルドルに少々驚きながら、イヴァンは自身の体験と気持ちをバルドルに伝えた。
魔王教徒に捕まり実験台にされていた時、イヴァンは両親や友人にあんな事を言っていればよかった、こんな事を伝えたかったと毎日後悔していた。
こうして無事でいられるからこそ後悔だけで済んだものの、もし殺されていたなら、イヴァンの考えを両親や友人は知る由もない。
バルドルはイヴァンの言いたい事を理解し、共感もしていた。けれどどうしてもシークには倒せなかった時の覚悟を決めさせたくはなかった。