Top Secret-07
イヴァンは人間の知り合いが少ない。必然的にその人物は獣人という事になる。
「イヴァンの知り合いってこと?」
「はい! ぼく達は、大きな武器を扱うような経験は殆どありません。でも弓や短剣はみんなが使うんです。父さまは村一番の狩人で、弓の扱いなら誰にも負けません」
「えっ、もしかしてパーティーに入ってくれそうな人って、イヴァンのお父さん!?」
「いえいえ、父はアルカの峰に身を捧げる気高き狩人です。ムゲンの大地を離れる訳にはいきません」
イヴァンはまさかと笑う。とすれば一体イヴァンは誰を思い浮かべているのか。母親か、それとも兄や姉かと尋ねるがそれも違うという。
そんな中、アレスはイヴァンの心をコッソリ覗いていたようだ。イヴァンと一緒に適任だと大喜びしている。
一方のシーク達は全く思いつかない。イヴァンはヒントを出した。
「回復魔法が使える方がいいんですよね。ピッタリの方がいると思うんですけど」
「え、誰? リディカさんに弓を使ってもらう? でも弓は筋力がないと……」
「伝説の武器5つで5人だと、回復術を使える奴が加入できないな」
「協会にお願いして、特例で6人パーティーを認めてもらう? でもそうすると回復術士の負担が大きいよね。それに他の人達からはずるいと思われそう」
強敵に挑むのなら、回復術士の加入は必須だ。アルジュナの使い手を募集するなら、討伐は他のパーティーの力を借りるしかない。
イヴァンはニッと笑顔を作り、該当者の名前を口にした。
「えっと……シャルナク姉ちゃんにお願いしたらいいんじゃないかと」
「えっ、シャルナク!? でもシャルナクがバスターになれるかというと」
シャルナクは確かに回復魔法が使え、イヴァンの言う通りであれば弓の扱いにも長けている。3人にとっても接しやすく、歓迎しない理由はない。
シークはマスターに、獣人をパーティーに入れたい場合はどうなるのかと尋ねた。
「協会本部に相談してみましょう。通常であれば特例は認められませんが……事情が事情ですからね。イヴァンさんが良くて、その方は駄目というのもおかしな話です」
「じゃあ……」
「バスターの身分までは与えられないでしょう。ただし同行と、制限に該当しない武器の所持は、そもそも3つ星のシークさん達が許可を出せばいい話です」
「なんだか……特権って、ズルしてるような気分になるわね」
「警備艇出してもらう時点でもう特権だ。今は有難く使わせて貰おうぜ」
「じゃあ……ギリングに戻ります。カインズまでの船を出していただけませんか?」
「ええ勿論ですとも。国王も町長も、皆が応援しております。航路を決めますので、2時間後、港にお越し下さい」
「有難うございます!」
カインズはドドムの北東に位置する。カインズから汽車に乗れば、リベラまで数日だ。
「あ~あ、また潮風か。潮風が好きな武器なんてねえんだからな、手入れ欠かすなよゼスタ」
「お嬢、船に乗り込んだらすぐ船室に入れちゃりね。あたし波しぶきはホント好かんと」
「シーク、この鞘はとても気に入っているから、潮風に晒さないでおくれよ。そうだ、この鞘にカバーなんてどうだい」
「鞘がカバーなのに、カバーにカバーつけろってどういうことだよ」
武器達は船の旅が苦手だ。鞘やカバーがあるバルドルとケルベロスはまだいいが、グングニル、アレス、アルジュナは全体を覆うものがない。
「そうだ! シークがブリザードやアイスバーンで波しぶきを全て凍らせてくれたらいいんだ! そうすれば僕達に細かなしぶきも飛んでこない。魔法使いを名乗るなら、存分に魔法を使うといいよ」
「お、バルドルいい事思いつくじゃねえか、俺っちも賛成!」
「……あまりにも恐ろしい提案に、俺の背筋が凍ったよ」
* * * * * * * * *
ドドムを出てからおよそ1週間。
警備艇は途中の港で補給を繰り返しつつ、カインズに到着した。イヴァンは整然と並ぶレンガとコンクリートの街並みに圧倒され、不安なのか思わずシークの軽鎧を掴む。
「シークも初めてこの先のヴィエスに降りた時、1人で歩くの不安そうだったよな。見てるこっちも不安だった」
「だって、俺が知ってる町なんてギリングだけだったんだから。イヴァンは気持ち分かるよね?」
同じ田舎者だからと同志扱いするシークに、純粋なイヴァンがよく分かりますと頷く。これでシャルナクがパーティーに加入すれば、3対2で田舎者チームの勝利だ。
カインズの管理所で記帳を済ませ、シーク達は管理所に頼んでシャワーを使わせてもうらうことにした。
普段でも申し出れば使わせてもらえる。バスターが不衛生な状態……例えばモンスターの返り血で真っ赤なまま動き回るのはまずいからだ。
「海水のベタベタも綺麗にしておくれよ」
「もちろん。サハギンを何体か斬ったもんね」
「君達は好きな時にお風呂やシャワーを使えて羨ましいよ。僕なんて君にお願いするしかない」
「俺達は自分達で自分を洗うしかないんだから、バルドルの方がいいだろ。どうせ俺が体洗う時は君の事も洗うんだし」
「そう言われると、まるで僕が『怠け物』に聞こえるのだけれど」
カインズまで戻れば、シーク達の知名度は抜群に上がる。
シーク達を見ようと人が集まる中、当事者は堂々とした姿など微塵も見せない。ドドムの時のようにペコペコと頭を下げながら「ちょっと通して下さい」と言って皆の前から去って行く。
体を綺麗にした後、皆は久しぶりのしっかりした食事を摂るため、大通りに向かった。旅で色々な食べ物を知ったイヴァンは、立ち並ぶ食事処に目移りするようだ。
文字を覚えた彼は、看板を見つけては肉、魚、鳥……と呟いている。
「イヴァンが食いたいもんでいいぜ。ビアンカ、シーク、いいよな」
「そうね。旅費にも余裕があるし、食べたいものがあれば好きなものを言っていいから」
「このくらいなら遠慮しないで、イヴァンも戦いで活躍してくれるんだからね」
「本当ですか!? うわぁ、どうしよう……」
イヴァンの目は輝き、尻尾が大きく揺れる。イヴァンはいくつかの店のショーウィンドウを見比べた後、満面の笑みで魚料理の店を選んだ。
* * * * * * * * *
「はぁー久しぶりのギリング!」
「ホッとしてる場合じゃないぜ。シャルナクに早いとこ話しに行かないと」
「分かってるもん! アルジュナ、もうちょっと我慢してね」
「ボクの事を気に入ってくれるかな……戦いたくないって、言わないかな」
「アルジュナを気に入らないなら、他に何を渡しても気に入る事はねえよ」
「でも、弓なんて嫌だって言われたら……」
リベラから半日歩き、4人はようやくギリングに辿り着いた。管理所に寄ったがシャルナクはおらず、そのまま武器屋マークへと向かう。
「イヴァンさんはシャルナクさんに会えるのが嬉しいんですね。ボクも……1回くらいテュールに会いに行きたいです」
「シークさん、その、今日はお家に帰るんですか?」
「そうだね、みんな久しぶりに家を顔を出そうよ。イヴァンは俺のうちにおいで、チッキーも喜ぶ」
武器屋マークは店内の雰囲気が随分と変わっていた。装備の置き場も等級別、武器種別に分けられ、装備それぞれにどこか統一感がある。
「おお、帰って来たか英雄共。さあお入り、シャルナク! 皆が帰って来たぞ!」
「おかえりなさい。さあ、荷物はこっちに置いてていいから、どうぞ」
「お邪魔します!」
ビエルゴの声が届き、裏の倉庫からシャルナクが出てくる。棚卸をしていたシャルナクは、額の汗をぬぐいながら嬉しそうに目を細めた。
「やあ、みんな心配していたんだ。管理所で話は聞いていたんだが……イヴァンも頑張ったね、ムゲンの民の誇りだ」
「うん!」
久しぶりの再会で話したい事は山ほどあるが、ビアンカは早速本題を切り出した。
「ねえ、シャルナクにちょっと相談があるの。少し話せないかしら」