Top Secret-04
「あなたなら出来るわ。大丈夫、その日は私も駆けつける」
「あ、有難うございますぅ……うえぇぇ……」
シーク達も思わずもらい泣きしそうになり、各自深呼吸などして耐えている。
「さ、しめっぽい旅立ちは縁起が悪いぞ!」
「ほら、早く行け。早く行って心配が無用だったと思わせる成長を見せてくれ。元気でな!」
ゴウンとカイトスターの明るい声に、ビアンカがリディカから離れ、涙を指で拭う。
「はい! 皆さんもお元気で!」
ビアンカがまだ止まっていない涙を止めないまま笑顔を作り、元気良く村の出口へと歩き出す。他の者もゴウン達に一礼し、ビアンカを追うようにその場を後にした。
アダムはその様子を家の窓から見つつ、若いバスター達の健闘を祈っていた。同時に、シークの背に担がれたバルドルを気にかけていた。
バルドルはシークに肝心な話をしなかった。
* * * * * * * * *
アダムの家を勇ましく出てから1時間。彼らはまだテーブルマウンテンを下っていなかった。
シークとミラが「魔法の水」「魔法まんじゅう」「魔王印エリクサ―」「アダム6世の手形キーホルダー」「魔法教経典」などを買い込むのをひたすら待っていたのだ。
「おい、まだかよ」
「あ、うん……でももう一度ここに来られるかと考えたら」
「これ以上お菓子を買っても仕方ないし……でも」
「ミラ、お前自分で持つんだよな、ん?」
2人はまだ何かを買いたそうだったが、ゼスタとクレスタが強引に店から引き剥がす。どれだけ買い込むつもりか分かったものではない。
斜面の道に沿って下るにつれ、次第に暑さが増してくる。ようやく下りきった麓には、警備の者に守られた馬車が停まっていた。
「あ、この馬車空きなんだ。街道を歩いて東のドドム港に向かうとすると1週間は掛かるし、乗れるなら乗った方がいいわ」
「でも、馬車は1パーティー分だぜ? 荷物込みで8人乗るなんて無理だ」
「あの、ぼく達ここで次の馬車を待ってもいいです。シークさん達は急がないと」
ディズが譲ろうとするも、シークは首を横に振った。この辺りのモンスターは、森にさえ入らなければディズ達でも対処できる。だがその危険な森までの距離は歩いて僅か数分。
そんな土地で馬車を譲ってもらい、新米バスターを置いていくという考えはなかった。
「ディズ、先に町の管理所に事情を話してくれると助かる。俺達は道中のモンスターを相手に修行を開始する」
「そんな……こんな所でお別れなんて」
「そうですよ。それなら俺達も馬車に乗らずにドドムまで御一緒します!」
「みんな何かあればギリングで集まろう。その、イヴァンもギリングには縁があることだし、また会えるさ。武器屋マークをご贔屓に」
「俺達はこれから自分達の事だけで精一杯になるからな。楽しい旅は終わりだ」
シークは御者に運賃を支払い、アンナとミラを馬車に押し込んでいく。
辺境の馬車を担う御者は、大抵が元バスターだ。その地で馬車の運航を任されても平気なくらいの手練れが多い。強いモンスターが現れようと、ディズ達は安心だろう。
「ほらほら乗ったら座る! どうしても俺達の事を心配してくれるなら、1年後俺達がアークドラゴンを倒す所を見に来てくれ。写真もいっぱい撮ってくれよな」
「分かりました。私達が行く前に倒さないで下さいよ?」
「ミラの写真機、すっごく写りいいもんね。ちゃんとポーズ取って下さいね」
馬達は早く歩きたいのか、土を掻く仕草をしている。シークは残念がるディズ達に再度「また会おう!」と大きな声を掛け、手を振る。
これ以上別れを惜しむような挨拶を交わせば、今度こそビアンカのように涙が込み上げると思ったからだ。
「有難うございました! イヴァン、楽しかったよ、また会おう!」
「はい! ディズさん、クレスタさん、アンナさん、ミラさん、お元気で!」
「お世話になりました! ビアンカさん、今度お家にお邪魔させて下さいね!」
「ええ、勿論よ! じゃあね!」
馬車が進み始め、窓から顔を出す4人の姿が小さくなっていく。ゼスタ、シーク、ビアンカの順で手を振るのをやめ、イヴァンが最後に大きな声で「さようなら!」と呼びかけた後、大きく振っていた両手を下ろした。
「イヴァンに何も言わずに決めちゃったけど」
「構いません。ぼくはとにかくアレスに教わりながら、剣の扱いを上達させなければなりませんし」
「そうです、そうですとも! お任せ下さい、イヴァンさん! 斬りますよ、もう、それはもう!」
「俺達も身体能力の向上は必須だからな。共鳴した時の能力の天井は高い方がいい」
「私もそうね。女にしては強いなんて言葉に甘えていたけど、バスターとして強くないと意味がないんだわ」
意気込みだけはまずまずだ。4人は馬車の後を追うように歩き出す。
それからモンスターめ、来るなら来い! などと強気な発言をしながら歩いて2時間。
街道の脇には、出発時の意気込みを忘れて座り込む4人の姿があった。
「……あ~もう! 無理よ! 帰りたい! この暑さの中を移動ですって? 暑過ぎてモンスターも出ないし、これ意味あるのかしら!」
「怒るな、暑くなる。体力は付くんじゃねえの? 俺はアルジュナも背負ってんだからな。いや、実はめちゃくちゃ軽くて何の負担にもなってねえけど」
「ボク、邪魔かな? 迷惑かけちゃってごめん……」
「全然迷惑になんかなってねえよ。あいつの暑がりの方がよっぽど迷惑だぜ」
北側には鬱蒼と生い茂る深い森、テーブルマウンテンの崖。右手には草木もまばらな荒野。森からは窒息しそうな湿気が流れ、地面は照り返しが強い最悪の環境だ。
「アクアとアイスバーンでどれだけ氷を作って貰っても、どれだけ首や頭を冷やしても、すぐ熱でお湯になっちゃう。そうするとただじめじめするだけ……」
「どうだい? 森の中に入って涼むとしよう、それがいい! 名案だと思うのだけれど」
「トレントと戦わせようとしてるんだろ、回復魔法使える人が誰もいないんだからな、今は無理」
この時期の気温は40℃を軽く超えている。陽が最も高い時間はシークがストーンで陰を作り、直射日光から皆を守る。昼間に休み、夜に移動する方が効率もいいと判断したようだ。
そうしてきっちり1週間を掛けてドドムに辿り着いたシーク達は、管理所に寄る気力もなく宿屋へと向かった。
すぐに装備を脱ぎ、手入れを懇願する武器達に向かって「先に風呂に入らせてくれ」と土下座で頼み込む。昼間にも関わらず風呂から上がってそのまま力尽き、陽が沈んだ頃にようやく息を吹き返した。
「ゼスタ、ゼスタ! 俺っちそろそろ拭かれたいんだけどな! なっ!」
「ああ、わりい……若干気温も下がったみたいだな」
「グングニルもごめんね、もう大丈夫。ご飯前に手入れしちゃおう」
「ようやくばい。あんまり戦ってないけん、柄はそげん拭かんでええけね」
ゼスタとビアンカが手入れを始めると、イヴァンも慌てて手入れ用のクロスを取り出す。ふわふわを取り戻したイヴァンの尻尾が揺れ、バルドルが「大丈夫、猫じゃない」と繰り返し呟く。
先に手入れが終わったゼスタは、続いてアルジュナも拭き始める。だが、そんな中でただ1つ、バルドルだけはまだ手入れが始まってもいない。
「あーあ、君達があんなにもブリザードを連発させるから。まったく、シークも魔法使いなんて名乗るからいいように使われるんだ」
シークはまだ爆睡中だ。悲しそうに呟くバルドルを見かねて、イヴァンが手入れを申し出る。
「ぼくが代わりに手入れしましょうか?」
「シークに申し訳ないから遠慮しておくよ。魔法なんかに疲れさせられていなければ、今頃僕をピカピカに拭くことが出来ただろうに。はぁ、可哀想なシーク。起きたらすぐに僕を拭かせてあげたいね」