Volcanic island-15
「借体の詳しいやり方を教えろ、魔力を分けろと言われ拷問もされた。だが私は借体術を使えば死ぬことはない。私が譲らず、加護も与えないと分かった彼らは、離反して死霊術にのみに特化した異端派集団になった」
アンデッド化は借体術の失敗から生まれたものだった。それを悪用された結果がシーク達の知る魔王教徒だ。
アダムが目指したものではなかったのだ。
「俺達を襲った時にいたアンデッドは、あなたの魔力をもっていたんだが」
「……私が操っていた。彼らは私の魔力を持ったアンデッドを作り上げたと信じている。私の死体を掘り起こすように仕向け、私の意識を少しだけ込め、私が死霊術で操っていた」
シーク達は魔王教徒を討つつもりで来た事などすっかり忘れ、ただ聞き入っていた。
そんな中、アダム・マジックや封印の知識がないディズ達は首を傾げる。
「あの、それだと、あなたが魔王教徒を殺した事になりますよね。ああ、悪い方の」
「大昔に死んだはずの超有名魔法使いが、実は生きていた! なんて訳が分からないけど、エインダー島に現れたのはあなたの操るアンデッドでしょう?」
2人の質問に対し、アダムは答え辛そうに俯く。暫くの沈黙の後、その通りだと告白した。
「じゃああなたは皆を殺したってことですか? 私達、いくら悪人でも裁くのは法だと言い聞かせて今まで……」
「そうだ。俺やレイダーさんの狙撃も、絶対に命を落とさないトコだけを狙った。そりゃ、ギリングを襲いに来た奴は憎いけどよ……憎い奴を殺すってんなら、あいつらと同類じゃねえの?」
「お若い2人、名は何という」
「……ミラ・ケーティーよ」
「クレスタ・ブラックアイだ」
アダムはミラとクレスタの名を尋ねた後、静かに目を瞑り、項垂れたまま理由を語った。
「私は死霊術で私の第二の体を蘇らせた。その体は魔王教徒が壁材や塗料で補修して維持していた。彼らが何をしてきたのか、勿論、私が彼らに操られたフリをして行った事も把握している」
「何で野放しにしていたんですか? 加担する必要なんてないでしょ?」
「彼らが操っていると思わせておかなければ諜報は失敗し、誰も行動を把握できなくなる。元を正せば私のせいだ」
「確実に殲滅できる時を待っていた、と」
「ああ。捕えられる人々を見殺しにし、少年の背に術式を刻み……それでも確実に奴らを追い詰めなければならなかった。奴らのアジトが残り2つになり、君達が現れ、やっと終わると思った。だから私が手を下した」
アダムは最初から魔王教徒を自分の手で始末するつもりだったのだ。
「捕えるだけじゃ駄目だったのか? 火山で全部一掃するなんて必要がどこに」
「魔王教の資料も持ち物も、死霊術を会得した者の遺体も、全てが次なる異端者の糧になる。そして苦しむのは罪なき人々だ。悪人の権利を思うがあまり、罪なき人々の救済が遅れてよいのか」
「そう、言われると……」
ミラもクレスタも的確な反論が出来ず、それ以上の言葉を飲み込んだ。自分達は守るべきものを間違っていたのではないか、そう思ってしまったからだ。
「あなたは内通者を使い、ある程度異端派を統制していますよね。例えば自分を掘り起こさせるとか。何か別の誘導は出来なかったのですか? もっと平和的な活動だったり、全く効果がない事を信じ込ませたり」
「君は」
「テディです。テディ・スート」
「アンデッド化という禁忌を知られた時点で、制御はもう無理だった。邪悪な者が目的を持って強い力を得た時、他人が欲望や目的を変えさせられると思うか」
人は力に溺れる。だからこそバスターは協会の定めたルールの中で動いている。異端派にはそんなルールがない。
「とうとうアークドラゴンの封印地も知られ、彼らは鍵の製作に取り掛かり始めた。エインダー島に運ばれていた者達は、その鍵にされるはずだった」
「……アダム、あなたの反乱である事を隠し、計画を妨害し、かつ人質を助ける……それには自然災害に見せかけて、自らの傀儡と一緒に始末するしかなかった。つまりはそういう事ですか」
「そうだ。アークドラゴンは私の本当の体と魔力で封印している。私が死ねば封印が解ける。それだけは知られてはならなかった。幸いなことに、異端派は私を殺せば復活の方法が分からなくなると思い、私を生かした」
アダムの告白でシーク達はようやく気がついた。何故アダムは借体という術を編み出し、現在まで生き続けたのか。
アダムは長生きがしたくて借体術を使っていた訳ではなかった。ただ魔王教徒を監視するためだけでもなかった。
「……それは、俺達がバルドル達を手に入れたことと、関係があるんですね」
「そうだ。君の名は届いていたよ、シーク・イグニスタくん。ここ数ヶ月、魔王教という名を警戒もされたが、それも君達の活躍の結果だ。君達こそ伝説の武器の持ち主に相応しい。バルドル達に意思を持たせたのは、邪悪な者に強力な武器を持たせぬため」
「おっと聞きづてならないね。相応しいかどうかは僕達が決める事だ。僕達に『物心』をつけてくれた恩はあるけれど、そこは譲れない」
「ああ、バルドルがそう判断してくれる事こそ私の願いだ」
アダムはバルドルやケルベロス達を順番に見つめ、満足そうに微笑んだ。
「あなたは、封印を安全に解くために生きてきたんですね。勇者ディーゴ達ではアークドラゴンを倒せないと分かっていたから」
「そうだ。勿論、共鳴が不完全でも倒せるのではないかと、最後の最後まで期待はしていたがね」
シーク達はアダムの長く壮大な計画に、見事なまでに乗せられていたのだ。
アダムが生き続けたくとも、体はいずれ朽ちる。魔王教の長として、体に限界が来ればこの村の信者から事前に同意を取り、使える遺体であればその体を貰って生きてきた。
バルドル達が新たな強者を連れて来る日を待ちながら。
「アークドラゴンが封印されている場所は口外していないが、バルドル、お前は知っているだろう」
シーク達は思わずバルドルに視線を向けた。バルドルはどこに封印されているのか分からないと言っていたからだ。
「ちょっと待っておくれ、僕は知らない。場所の情報は聞かされていなかったんだ。シュトレイ大陸のどこかだってのは分かるけれど」
「あいつ、少々抜けておったが……ディーゴめ、お前に地図を見せなかったのだな。私が解かなければ意味がないから、突き止めた所でどうすることもできんが」
「それで、そこはどこなんですか? 最後の魔王教徒のアジトはどこに?」
アダムは優しくニッコリと笑い、シークに手招きをした。シークが動くと室内の空気も動き、ランプの灯がゆらゆらと揺れる。
「その前に、バルドル、グングニル、アレス、ケルベロス、アルジュナ……テュールはどうした」
「テュールは発見された後、その性質を利用するために削られて戦意を失いました。今は俺の弟の……農作業用の鎌になってます」
「なんと……! まあ、いい。武器達だけに話がある。伝説の武器に選ばれた戦士達、そしてその者達に賛同し、力を貸し与える者達。今晩だけお引き取り願いたい。明日の朝また訪ねてくれ、昔話がしたい」
シーク達は戸惑っていたが、バルドル達はアダムの悪意も敵意も感じ取っていない。渋々了承し、武器達を預ける。
「明日の朝、陽が昇る頃に伺います」
「そうしてくれ。宿に泊まるのなら来た道を引き返せ。右手にバスター向けの宿がある」
「大丈夫だよシーク」
「うん。じゃあね、また明日。君と離れて一晩過ごすのは初めてかも」
持ち主達はそういえばそうだなと言い、これまでの旅を振り返る。
バルドルは心配しないでくれと念押すつもりで、扉を開いて外に出ようとするシークに声を掛けた。
「シーク、僕が同じベッドで寝るのは君だけだ。僕は簡単に主を変えるような浮気『物』ではないからね」