Volcanic island-14
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シーク達は1軒の大きな平屋の民家に辿り着いた。
藁葺きの屋根に黄土色の壁、ガラスの填められていない高い窓、木製の扉。どう考えてもアークドラゴンは入らないし、魔王教の礼拝堂にも見えない。
「アダム6世、お客です。魔王教に大変な関心があるようで、是非有難いお話を聞きたいと」
「アダム6世!?」
男はシーク達の驚きに構うことなく扉をノックし、中にいる者に声を掛けた。この町でアダムと言えば、魔法の祖であるアダム・マジックだ。これでアダムは魔王教に関わっていると証明されてしまった。
「誰も有難い話を聞くとは言ってないぞ。本当に訳が分からない、これじゃあただの宗教勧誘だ」
「中に入れば洗脳されたりして」
「んな訳あるか。観光客だって来る村だぜ」
「バルドル、何か魔力を感じたりする?」
「確かにアダムが掛けたであろう魔法の痕跡はあるのだけれど……さっき売っていた魔法の水とか」
「えっ!? うっそどうしよう、買って帰ろうかな」
アダム・マジックがたとえ敵であったとしても、魔法使いとしてはあやかりたい存在だ。シークは思わず振り向き、露店に並んでいた水の瓶を思い出す。
そんなやり取りから10秒も経たないうちに扉が外に開き、薄暗い室内からは1人の老人が現れた。
「……ほう、とうとうここまで来たか、お入り。おぬしはもういい、案内ご苦労だった。そなたが人を導いたように、そなたが導かれんことを」
「はい、魔王様!」
男はアダムに深々とお辞儀をした。シーク達に手を振ると、先程出会った場所へと戻っていく。
「魔王、様?」
「さあ、お入りなさい」
「……ここで話せないか」
ゴウンがあからさまに怪しんで、家の中に入る事を拒否する。先程の男が「魔王様」と呼んだからだろう。
アダムはゴウンが拒否した理由が分かっているようだ。笑顔のまま、ここで聞かれてはまずいのだと言って首を横に振る。
「中に誰が待ち伏せている訳でもない。心配なら代表だけでもいいし、全員で入ってもいい。家の中は私の術によって盗み聞きが出来ない。家の中でなければ、何も言う事は出来ない」
魔王と呼ばれたにしてはとても穏やかで、シーク達への不信感も、恐怖も、そして威圧感もない。ゴウンは振り返り、皆にどうするかを尋ねる。
「入りましょう。俺達はそのために来た、そうだろう」
「そうね、そうだわ。私も入る」
ゼスタとビアンカが頷き、ディズ達やイヴァンも頷く。シークも覚悟は出来ていた。
「聖剣である僕が保証する、ここは安全だ。アダム6世は……アダム・マジックだ」
「いや、それだと魔王教のボスがアダムって事だよ?」
「シーク、僕の保証は役に立たないかい」
「そうじゃないけど……状況に頭がついていかないよ」
シークが老人に続いて中に入る。家の中は薄暗く、小さな窓から漏れる明かりは頼りない。
アダムがランプに火を灯すと、ようやく部屋の中の様子がハッキリと分かるようになった。シーク達は壁に掛けられた幾つもの魔法陣に驚く。
「皆入ったなら扉を閉めてくれ。窓には板を填める」
アダムは窓のはね上げ板を全ておろし、怪しい魔具が置かれているテーブル近くの椅子に座った。
長い白髪、白い髭、白い麻の服……悪の親玉らしからぬ見た目だ。アダムは床に皆を座らせて微笑んだ。
「聖剣バルドル、冥剣ケルベロス、魔槍グングニル、炎剣アレス、炎弓アルジュナ。久しいな」
「どうもね」
「やっぱりアダム・マジックか! じじいこんな所で何してやがる!」
「300年経ったっち話は嘘なんね? でも、最後に会うた時と姿が全然違うばい」
「はっは、確かに300年経っているとも。グングニル、お前とキマイラ封じで会話を交わしてから300と4年、178日経っている」
アダムはグングニルの持ち主であるビアンカをじっと見つめ、イヴァンに視線を移す。次にレイダー、そしてゼスタを確認し、最後にシークと目を合わせて静かに頷いた。
「ようやく現れたか。時間が掛かったな、バルドルよ。バスターは弱くなり、もうこれ以上は無理だと思っていた」
「……アダム、僕は役目をきちんと果たした。君はこんな所で何をしているんだい」
「ちょっと待ってくれ、最初からきちんと話してくれ! 昔話に花を咲かせている中悪いけど、俺達はアダム・マジックを討つ覚悟で来たんだぞ」
「バルドル、それとその……アダム・マジック、偉大なる魔法の祖。これがどのような状況なのか説明をお願いできますか」
アダムはこのまま戦いに入る雰囲気ではなく、魔王教徒の応援を呼ぶ素振りもない。果たして目の前にいる老人は敵なのか、味方なのか。
「まず、私は確かにアダム・マジックだ。体を乗り換えてはいるが、アダムだ」
「体を乗り換える? その証拠は」
「それはもう武器達が証明しているだろう。話を聞きなさい」
アダムは椅子に座ったままゆっくりと話し始めた。
アークドラゴンの封印に自身の体を魔具として使った事。その前に完成させていた借体術によって、亡くなったばかりの他人の体に意識を移した事。
アークドラゴンを倒せる者達が現れるのを、ひたすら待ち続けていた事。
バルドルに掛けていた魔力が解放されたのは、次の英雄が現れた時にそうなるよう、仕組んでいたという事。
その後次々と4魔の封印が解けていった時、いよいよ世界が終わるのか、それとも勇者が現れたのか、どちらかだと悟った事。
そして、自分が魔王と呼ばれているのは、魔法の祖の子孫を名乗っているからにすぎない事まで、全てを語った。
「魔王教は、魔法を崇める集団の事だ。魔法の力を信仰のよりどころにし、魔法が人々の生活を豊かにする、そう信じているのが魔王教徒だ」
「ちょっと待ってくれ! 魔王教徒はアークドラゴンを信仰し、この世を浄化しようとしている凶悪集団だ! イヴァンの背中を見ろ! お前ら魔王教徒が何をした!」
「……シロ村を襲わせたのは魔王教徒じゃないのか? ゴーレムを引き連れてギリングの町を襲ったのは魔王教徒だ、違うとは言わせないぞ」
「この隣のムゲン特別自治区は、魔王教徒の襲撃を受けたわ。私達はその場にいなかったけど、ゴウンさん達がいなければムゲンの皆は生きていなかったはず」
「エインダー島では確かにあんたの力を宿した男が現れた。俺らのよく知っている魔王教徒と一緒にな」
皆がアダムの主張を真正面から否定する。
「アダム・マジック。君が恐ろしい人間だとは思っていない。けれど、魔王教徒と戦った日々が君の言葉を邪魔している。僕達武器も魔王教徒は悪だと考えているよ」
「……そうだろうな、だが先に断っておく。ここにいる魔王教徒は魔法教徒と言ってもいい。誓って彼らとは違う存在だ」
「じゃあ何であんたは繋がっている! 何が真実だ!」
声を荒げるゴウンを宥めるように、シークがバルドルを持ったままアダムに近づく。
「嘘はバルドルが全てお見通し、よく御存じだと思います。けれど、俺達はあなたの口から聞きたい。俺らを襲った魔王教徒とは何ですか」
アダムがゆっくり頷く。再度彼らとは違うと前置きをし、彼ら魔王教徒の事を語り始めた。
「彼らが何の関係もないとは言わない。元々は彼らも魔法教徒だった。だが……彼らは私と、借体、その過程で生まれた死霊術を知ってしまった」
「知ってしまった?」
「かつて私の力を魔法だけでは説明できないと感じた信者に、詰め寄られた事がある。その時、幾つかの書物を内緒で持ち出された。それが……」
「死霊術、そして借体の方法、って事ですね。そして、あなたの体がアークドラゴンの封印に使われていることを突き止めた」
アダムがゆっくりと頷く。
シークの推理は概ね当たっていた。ランプの灯りが不気味な魔法陣を照らし出す空間で、皆が落胆のため息を漏らし、アダムの次の言葉を待っていた。