Volcanic island-05
ひび割れた溶岩の地表を歩く度、皆の装備の踵がコツコツと鳴る。島の中心にある火山の裾野は海まで続いており、肥沃な土や砂浜は一切ない。
何かあるかと言われると、シダやコケなどの他、申し訳程度に草が生えているだけだ。
全体的に見通しがよく、何かが潜んでいるようには見えない。魔王教徒がいたような痕跡も見当たらなかった。
「ああ、こんなに壊滅状態なのか……魔王教徒がわざわざ町の跡だからって利用する場所じゃないな」
程なくして見えてきた勇者ディーゴの故郷「ビズン」の跡地も、溶岩に覆いつくされていた。一部の外壁を除き、町だったと分かるものは殆ど消えている。
「モンスターもいないですね。海鳥以外に生き物の姿がありません。あの鳥はよく港でミャーミャー鳴いているのと一緒ですか?」
「うん、ウミネコって名前の鳥だね。イヴァンがバンガの港で、丸々太って美味しそうだから、捕まえてお土産にしようと言ってたやつ」
「ネコと名がついていても、あいつらは平気だね。斬ると言うなら『お柄伝い』するけれど」
「ボクもウミネコは平気です。爪研ぎしませんからね」
「俺っちはヤマネコは嫌いだ」
「ヤマネコはネコそのものやけんね。あー怖い、考えるだけで怖かね」
バルドル達は呑気な会話を続けているが、それも仕方がない。動くものはウミネコだけで、モンスターを斬る事などとうに諦めているからだ。
何かあればと思って散策するも、僅かながらにコンクリートや石壁が残っているだけに過ぎず、生活痕などは見当たらない。
皆が魔王教徒やアークドラゴンの手掛かりはない、と思い始めていた。
「魔王教徒と対決する可能性があると分かってはいるんだが、正直なところ、ちょっと観光気分でもある」
「そうね、もう二度とエインダー島に入れる機会なんてないでしょうし、有名なラスカ火山をこんな間近で見られるなんて興奮しちゃう」
ゴウンとリディカまでもが緊張感を失っている。テディはスケッチに夢中で、これは調査や討伐ではなく、もはや散策だ。ビアンカ、アンナ、ミラの3人は写真機で風景を撮り始め、ゼスタは剣術の動きの確認をしている。
カイトスターはぼんやりと足元の瓦礫を探しているが、見つかるとは思っていなさそうだ。レイダーは遠距離攻撃職同士という事で、クレスタに遠くのモンスターの見つけ方と狙うべき場所の話をしている。
シークはイヴァンとディズを連れてなんとなく歩いているが、探しているのは魔王教徒の痕跡ではなく、バルドルが置かれていたという記念館の跡だった。
「それらしいもの、何か分かる?」
「もう少し海側だったと思うのだけれど、全く分からない。ここまで面影がないと懐かしむ事も出来ないね」
「いい思い出だった?」
「ただ置かれているだけの拷問のような日々だよ? 自我がまだハッキリしていなかったとはいえ、僕は拷問をいい思い出と言うような変剣じゃない」
広範囲を2時間ほど探し回ったが、結局手掛かりは何もなかった。皆は再び集合し、島を一周しようと歩き始める。
「魔王教徒がいるなんて情報、そもそもなかったんだよなあ。いるかもしれないってだけで来て、島を一周しましたじゃ格好つかねえ」
「でも他の地域ってある程度もうバスターが探し回ってるし、ここくらいしか……」
「あれ?」
クレスタが立ち止まり、双眼鏡を鞄から取り出した。覗き込んだまま火山ではなく海を指し示す。
「船……」
「商船か何か?」
「いや、俺達が乗ってきた漁船とあんまり変わらないように見えますね」
「見せて見せて!」
アンナがクレスタから双眼鏡を借り、それらしき船を確認する。ゴウン達のパーティーではテディが確認し、やはり船の姿を確認していた。
「黒っぽい船体で、船籍を現す国旗が船体に描かれていません。この海域って、こんなに近くを航行していいのかな」
「テディ、見せてくれ。……普通の船に見えるが、この島に用があるのか? 速度も出ていないし、密漁者かもしれん。皆、一応姿勢を低く」
ゴウンの指示で、皆が姿勢を低くして身を潜める。向こうから双眼鏡でこちらを覗いているようではなかったが、念のために船が離れるまでじっと待つ。
やがて双眼鏡でも確認出来なくなると再び立ち上がり、歩く事を再開した。
* * * * * * * * *
夕方になり西の空が真っ赤に染まる。水平線には大きな太陽が沈んでいく。
皆は野営のため荷物を降ろし、座り込んでいた。生憎薪のようなものがなく、燃やすのは瓶に入れた油くらいだ。
各自が今日は料理ができないとため息をついて、持ってきた非常食を口にする。
「明日は枯れ枝とか、乾いた流木とか、そういうのを探さなきゃね」
「非常食だけっつうのも味気ない」
「あ、私のファイアーボール、威力が弱いから火を起こすのに結構使えるんですよ」
「ミラ、それって自慢?」
モンスターがいなければ夜警も最低限でいい。ただ、火山は活動しているため、安全とも言えない。そろそろ星が瞬き始めるという時、噴煙の向きを確認していたシークが一筋の煙の帯を見つけた。
「あそこ、火山の煙じゃないよね」
「どこ? ああ、確かに煙……暗いけど、火口が別に出来てんのかも」
「警戒しておこう。野営は中止だ、近くまで行く」
ゴウンが荷物を纏めるように指示し、皆は再び歩き始めた。近づくにつれ、それが裾野で何かを燃やしているものであって、明らかに噴煙とは異なる煙だと分かった。
暗闇に身を潜め、高台からその場所を見下ろす。シーク達は、その正体をしっかりと捉えた。
「人だ……」
「魔王教徒かどうかは分からないが、禁止区域にいるという時点でならず者だな」
「密猟とか、他の町や村の跡地の盗掘かも」
「奴らが寝静まったら、1人捕まえて事情を吐かせるというのはどうだ。痺れ薬もある」
レイダーが小瓶をチラリと見せる。皆の視線の先にはシュトレイ山で見かけたようなテントが幾つも並んでいた。
「見かけた船は、こいつらのだったのかも」
「ああ、恐らくそうだろうな」
暫く身を潜めていると、1人の見張り役と思われる人間がこちらへと歩いてきた。
シーク達には気付いていないらしく、火山の方を見ながら鼻歌交じりでご機嫌だ。
「ふんー、ふーん……んぐっ!?」
「声を出せば無事では返さないぞ」
すぐ傍まで来た男をカイトスターが取り押さえ、口を塞ぐ。普段着のような格好で武器らしきものを持っていない。念のためにとゼスタが魔具を取り出し、その腕に嵌めた。
魔王教徒がすなわち死霊術士という訳ではないが、この暗闇で影移動を使われると厄介だ。
「いったん離れる。こいつに叫ばれたら俺達の存在が知られてしまう」
「ちょっと待って下さい、何か聞こえます」
その場を離れようというゴウンをイヴァンが引き留め、大きな猫耳を澄ませる。イヴァンの耳は、かすかな会話をしっかりと聞き取っていた。
「……研究に必要な材料が揃った、攫った人間は明日上陸させようって言ってます」
「攫った!?」
「アークドラゴンの、封印を解く鍵を揃えなければ……施設機能は全て移した……って間違いない、魔王教徒です!」
「ついに、か」
「施設という事は、ここが魔王教徒の本部かもしれんな。こいつから訊き出すか」
魔王教徒である事がほぼ間違いないと思われる会話に、シーク達はいよいよだと頷く。
「お前達、魔王教徒だな」
「くっ……敵襲だ……むぐっ!」
「魔王教徒かと聞いている」
「……」
「レイダー、痺れ薬を。苦しみが最小限になるよう、よく考えるんだな」
「待って下さい」
カイトスターが尋問を始めようとするも、シークがそれを止めた。勿論、尋問を批判するためではない。
「バルドルは他人の心が読めるんです」
「自慢ではあるけれど、他剣の心も少々」
「……人と意思を持つ武器の心が読めるんです。口を塞いだままでも質問するだけで、情報は引き出せます」