Volcanic island-02
ゼスタがキラキラした表情で手のひらをポンと打つ。
ご褒美に一番初めにケルピーを斬らせてやると言われ、ケルベロスもまたゼスタと同じくらいにキラキラした声で喜ぶ。似たもの同士はシークとバルドルだけではないらしい。
だが、作戦を思いついても喜ぶのはまだ早い。飼い慣らされていなければ、馬であってもモンスターだ。群れが人間に向かってくれば、ケルピーの判別は難易度が跳ね上がる。
そこで一度シークがアクアを放って注意を惹き付け、その後で干し肉の束を放り投げる事に決めた。肉食のケルピーだけが反応すると考えたのだ。
「俺より多分ゼスタの方が遠くまで投げられると思うんだけど」
「あれ、どれくらい距離あるんだろうな。100メーテくらいか? 確かに魔法専攻だったシークより肩も腕も自信はあるけど、そんなに遠くまで投げられるかな……」
馬の群れまでは目測でおおよそ80~100メーテといったところか。普通のバスターなら余裕で届く距離だ。
ただ、目標に向かってコントロールして投げられるかと言われると話は別である。
干し肉を丸めて紐で縛りながら、ゼスタは不安そうに狙いを定める。と、そこでビアンカがひょいっと干し肉を奪い、そして思いきり遠くへとぶん投げた。
「そんな事考えずにただ投げればいいのよ! 女だからってランスの肩を甘く見ないでね!」
「ちょ、お前……おお、すげえ」
「すっごく飛んだ、しかも速い!」
低めの山を描き、干し肉の塊は彼方へと飛んでいく。
……のだが。
「あっ!」
「馬鹿! 遠くまで投げ過ぎだ!」
「あー湖に……落ちた」
干し肉の塊は、湖の際で水を飲んでいる馬達の頭上を越え、湖へと落ちてしまった。
直前のアクアで警戒心が高まっていた馬達は、ドボンと鈍く響いた水の音に驚いて騒ぎ始めてしまった。
馬とケルピーを見分けるつもりが、これでは何の意味もない。
「ごめん! こんなに遠くまで投げたつもりなかったの!」
「もう一回肉を投げるっていっても、もうこっちを警戒するだろうなあ」
「それ以前に、そんなに持ってきてねえよ、俺の昼飯だぞ」
「せっかく干された肉なのに、ふやけて台なしだね」
「いやバルドル、そういうことじゃなくて」
肉を拾いに行くなど自殺行為だ。3人が考え込む中、グングニルが湖の方を見るようにと指示する。
「見てん、2頭が水の中に入っていきよる」
「え? 本当だ、馬って……泳ぐんだっけ」
「馬はモンスターのくせに臆病やけね。ワニや肉食魚がおるのに、恐れずに入って行くような馬はおらん」
「つうことは、ケルピーか! あの潜った馬が水から上がったら、まず左の1体から倒すぞ」
「了解!」
数分もせずに水面に頭を出したケルピーは、また馬の群れに紛れようとしていた。
餌を巡って争っていたのか、後ろ足で立ち上がって頭突きをしたり、前足で互いを蹴り上げるような動作を見せる。
「チャンスだ、2頭とも始末出来る!」
シーク達はケルピーが争う所めがけて駆け出し、それぞれ武器達を構える。馬はその足音に気付き、シーク達へと顔を向けるとすぐさま逃げ出す。
「俺っちが一番最初って言ったよな!」
「ああ、剣閃いくぜ!」
ゼスタが両腕を脇に交差させて引き付け、溜めた気力を解放しながら一気に水平に振り切る。
「剣閃!」
「ヒヒィィィ!」
「よっしゃ両断!」
ゼスタが放った剣閃は、ケルピーを2体同時に斬り裂いた。鋭く肉を断ち切る音が響き、しぶきが飛び散る。
だが、そのしぶきには色がない。
「グルルル……」
「おいゼスタ、こいつはまずい。こいつの体……斬り裂く瞬間水に変化したぞ」
「斬撃が効かねえってのか!」
「ゼスタ! 下がれ! ビアンカ、遠距離攻撃に切り替えだ」
「くっ……蹴りの時は実体化かよ、痛ぇ」
「蹴りは危ない、足が剥がせなくなるかも! 水棲モンスターならこれで一撃よ! 破ァァァ……牙嵐無双!」
ビアンカが頭上でグングニルを水平に回転させ、大気中の静電気を気力で巻き取っていく。グングニルの矛先ケルピーへ向けると、ビアンカは一気にその気力と雷を放った。
牙嵐無双がケルピー2体に直撃し、ケルピーから水蒸気が立ち昇る。ビアンカは感電して倒れるはずだと呟き、小さくガッツポーズをした。
「この威力なら、ウォータードラゴンくらいの強敵でない限り、水棲モンスターは一撃で倒せるは……ず」
ケルピーはまだシュウウと音を立て、水蒸気を発している。ビアンカが何かおかしいと気付いた直後、シークが叫んだ。
「ゼスタ! 避けろ! みんな下がれ、危ない!」
「うおぉ!? ビアンカ、お前余計な事を!」
「ブルルル、ブルルル……」
ケルピーは鼻を鳴らし、こちらへと向いて前足で地を掻いている。目で見て分かる程の帯電にも全く動じていない。
「まずい、近寄ると感電するぞ、帯電してる……あいつ、何で出来てんだ」
「ケルピーで出来ているかな」
「こんな時に冗談はいらないよ、バルドル」
「いっかい『横剣』でも入れたら落ち着いて貰えるかと思って」
シークはバルドルを睨み、返事をせずに何が有効かを必死に考える。
バルドルを使って倒すにはどうすればいいか、魔法を使うとすればどれが有効か。いずれにしても、ただの斬撃ではすぐ元に戻ってしまう。
「物理攻撃が効かない上に、お決まりの雷も駄目……体が水……ファイアボールで蒸発させる? いや、湖に逃げ込まれたら終わりだ」
「こんな帯電したケルピーを放置して町に帰れないわ……あ~もう、ごめん! 今日は私失敗し過ぎ!」
「お嬢、とにかくあんたはどこかに弱点がないか、魔槍と流星槍を撃ち込み!」
「分かった! ゼスタ、危ないけどガード役をやってもらえる?」
「やるしかねえか。いざとなりゃケルベロス、雷も魔石の成分で吸い込んでくれ!」
ケルピー達は土を蹴る仕草をしながら並んで鼻を鳴らす。そして口を大きく開いて後ろ足で立ち上がり、天を仰ぎ見た。
「……何か来るぞ、構えて! テュールのお守りは持ったね!?」
「ああ、ヒュドラよりは弱いんだ、どんな衝撃でも死にはしないさ!」
「まずい、水よ! 水砲が来る!」
ケルピーが口を開けたままシーク達の方を向き、巨大な水の塊を放った。その直径はシーク達の背丈ほどもあり、散り散りに逃げる3人を何度も執拗に襲ってくる。
「これ、近寄れねえどころの話じゃねえぞ! おっと!? しかも見ろ、放たれた水の弾がそこらじゅうで消えずに残ってる! 帯電してないのが救いだけど……っと!」
「シーク、僕はこれによく似たものを見た事がある。ゼリースパイダーっていうモンスターを知っているかい」
「分からない、どんなモンスタ……おっと!」
「糸を張る代わりに地面を掘って、大きな体液の玉を仕掛ける。上から土を被せて落とし穴にするんだ。運悪く上を通った動物や人間は、そこに落ちて溺れ死ぬ」
「うわ……これも同じかもしれないってことか。2人とも、絶対に触れるな! 水の弾の中で溺れるぞ! ストーン置くから危なくなったら避難して!」
シークがストーンを放ち、2人に注意を促した瞬間、すぐ傍にいたはずのゼスタの声が聞こえなくなった。
「シーク、大変! ゼスタが水に捕らわれたわ!」
「ええ!? ああぁゼスタぁ!」
ゼスタは大きな水の弾の中で懸命にもがいている。だがその場から動く事も、浮かぶ事も出来ない。
「このままじゃ窒息しちゃう!」
「あああ……どうしよう、まずい、斬れないし焼けないし……」
手を差し出せば、自分まで中に捕らわれかねない。考えている間にもゼスタはもがき、苦しそうに首元を抑え始める。
「まずいまずい……ストーン!」
シークがケルピーからゼスタを隠すように、巨大なストーンを唱えて置く。
「グングニルをゼスタに差し出して! 引きずり出すんだ!」
「ゼスタ、聞こえる? グングニルを掴んで!」
「俺はケルピーを惹きつけるから! 救出頼む!」