Landmark-15
「勇者ディーゴの故郷なら、観光に行きたい人も多いはず。それなのに入っちゃ駄目なんですか?」
「ラスカ火山は40年以上噴火を繰り返していて、噴煙が上がらない日はありません。溶岩の流れも読めず、噴石被害もありますから」
「船は出ていないんですか? じゃあ、魔王教徒は乗り込んでないかも」
「自分達の船で行き来している可能性はあるぜ」
全島民が北に浮かぶアマナ島に避難し、エインダー島は当時アマナ島唯一の町だった「ミスラ」と合わせて、2島を有するアマナ共和国になった。だが、元々人口が少なかった事もあり、エインダー島を監視する人的余裕がない。
この島には誰にも知られずに潜伏できる状況にある、という事だ。
「魔王教徒の手掛かりがあるかもしれないんです。島に入る事は出来ませんか?」
「エインダー島に? アマナ島にあるミスラ町の管理所を通じて、国に申請をすれば行けるかもしれませんが……危険ですから許可が下りるかどうか」
シーク達は職員に頭を下げ、それでも掛け合って欲しいと頼み込む。職員は驚いてそれを制止した。シーク達は、立場の自覚も使い方も分かっていないようだ。
「わ、私に頭を下げられると困ります! 協会の名誉職でもある皆さんの要請であれば、そう無下にされる事はないでしょう」
「そうですか?」
「勿論です! バスターにおける最高位の武勲であり、士爵なのですから。騎士やバスター協会幹部が駄目となれば、実質アマナの大統領くらいしか立ち入れない事になります」
「あっ……」
シーク達の船や鉄道の利用料は、バスター協会の経費として計上できる。それだけの地位にいるという事なのだが、シーク達は特権を使っていなかった。ずるいと思われたくないのだ。
船賃を払わなかった事はないし、バスターお断りのホテルにだって泊まっていない。自分達の行動が時にバスター全体の行動として受け取られる……と聞いて以来、少々臆病になっている。
それを裏付けるかのように、シーク達から騎士である事を名乗られたり、命令された経験がある者はまだいない。
その姿勢が評価されているとも言えるが、身分を正当に利用するという気が全くないというのも少々問題だ。
身分には相応の威厳も求められる。協会としては、もう少しバスターの箔付けにシーク達を利用したいところだ。職員は苦笑いしながらミスラ管理所への連絡を約束してくれた。
「じゃあ、調査に行ける事を期待して、もう少し調べ物をしてみます」
アークドラゴンの封印はシュトレイ大陸にある。一方、エインダ―島ははるか南東。遠回りだがヒントが転がり込んでくる見込みもない。今出来る事は、エインダ―島の確認くらいだ。
「襲われた町の遺跡や墓地は、ジルダにもエンリケ公国の南にもあるみたいね。どこが一番最後に狙われたのか分からないとなると、やっぱりエインダー島で手掛かりを得るのが先よね」
確実な方を選ぼうと決め、3人は調べた事を整理して地図を畳む。
「あの……そろそろ静かにしていた僕達を、素敵な店に連れて行ってくれても?」
「昨日はあんなにいかがわしいって言ってたのに」
「言ったのはケルベロスだ、僕じゃないからそれには及ばない」
「いかがわしい事しなけりゃいいんだよ、さあ行こうぜ!」
はいはい、と返事をしながらシーク達は席を立ち、やはり丁寧に「失礼しました」と頭を下げてから執務室を後にする。
職員達の事を試したり査定をしている訳ではない。分かっていても皆が緊張してしまう。「良い子過ぎて困る、もう少し堂々としてくれたらいいのに」と職員から苦笑いが出ていた事を、彼らは恐らく知らない。
「無駄使いはしないからな。船賃はちゃんと払うし、アマナの物価も分からないんだ」
「全く、君達は口を開けばいつもお金の事ばかりだね。たまには僕達の話でもしておくれよ」
「えっと……たとえば?」
「もちろん、僕達に何を買ってあげたいとか!」
「お金の話じゃん」
ご機嫌なバルドル達との会話は店に着くまで続いた。戦いがないのなら物欲で紛らわせようということなのだろう。
「装備屋……武器屋、ここだな」
「おい、20%割引だってよ! ゼスタ、買えるよな?」
「無駄遣いはしないって言っただろ、見るだけだよ」
「あたしは無理は言わんけ、好きごと見なさい……でも、あっ、いや何でもない」
武器達が明らかにソワソワしている事に笑いながら、シーク達は1軒の店に入った。
石造りの飾り気がない街並みの中、看板がなければ全く何の店か分からない。しかし中に入ると雰囲気は変わる。木の床と壁に、背の低いショーケースが並び、なかなかお洒落だ。
「いらっしゃい……こりゃあたまげた、最年少騎士の一行がお出ましとは」
「あ、えっと……お構いなく」
年配の店主が椅子をガタッと鳴らして立ち上がり、ベレー帽を取って短い髪を撫でつける。店の壁にはどこかで見たような「最年少騎士誕生」の記事が貼られていた。
店内には手入れ道具も多く揃っていて、シーク達は武器達に心なしか引っ張られるように売り場に向かう。
「シーク、シーク!」
「なんだい」
「手入れ用の油だ! 初めて見たよ、鉱物性の防錆油だって……」
「えっ? バルドル、錆びないっていつも自慢してるじゃないか」
「錆びないよ、錆びないけれど!」
シークの目の前に並んでいるのは、手入れ用のオイルだ。アイアンソードなどは手入れを怠ると錆びてしまう。大抵は拭いても取れない血や油を、砥石で磨いてオリーブオイルなどを塗る必要がある。
他にも打ち粉など、ギリングでは見かけないものがある。武器達は興味津々だ。
「輝きが段違い、刀身を保護、永遠の輝きをあなたの愛刀も……」
バルドルはあからさまにシークに聞かせるように、目の前にある商品説明を音読する。
「塗られてみたい、ってこと?」
「もちろん! それに君も試してみたいかなと」
「え、俺は肌に油を塗るのは嫌だな」
「君に試すんじゃない、僕に試すんだ」
シークはバルドルの「その言葉を待っていました!」と言わんばかりの返事に笑い、ビアンカとゼスタを探す。2人の状況はシークとあまり変わらない。ビアンカはグングニルから説明を受けつつ、グリップに使えるゴム製の保護具を手に取っている。
ゼスタとケルベロスはああでもない、こうでもないと言い合っている。ケルベロスは、詰まったカスなどを取り除くブラシをごり押ししているようだ。
「ねえバルドル」
「ん? なんだいシーク、他にも何か買ってくれるのかい? あ、あのブラシも欲しいのだけれど……20%引きだと書いてあるよ」
バルドルはもう買って貰えるものだと信じている。声がいつもより明るい。
「……20%引きなんて掲げて、いかがわしい……だっけ?」
「それを言ったのはケルベロスだ」
「どんな誘いを受けて、間違いが起きるか分からない……だったっけ」
「それはグングニルの言葉だね、僕じゃない。輝きが段違い、刀身を保護、永遠の輝き……ああ、いいなあ、いいなあ」
バルドルはまるで『他物事』のように言ってみせる。シークはそんなバルドルのウキウキとした声にため息をつき、降参だと告げた。
「分かった分かった、防錆油とブラシだね。君が好きなのを選んでよ、バルドル」
「やった! どうもね、シーク。ケルベロス! グングニル! 僕は買って貰えるよ!」
武器屋の中に、バルドルのそれはそれは嬉しそうな声が響く。
「良かったねえ、あたしはお嬢と一緒にグリップば選んだばい」
「あーずるいぞ! なあ、俺っちは? いいよな?」
「もう分かった、分かったって。ホント俺達、武器に甘いよなあ」
武器に振り回されているうちは、威厳を持って行動など出来ない。この調子ではシーク達の低姿勢な旅も、もうしばらく続きそうだ。