Landmark-06
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「聞いたかい? シークは魔法より僕を選んだのさ! 僕との共同作業に魔法は不要だ、ついに僕は魔法に勝ったんだ!」
「はいはい、少し落ち着けよ。お前が勝ったのはウォータードラゴンだ」
「バルドル、そんな大げさな……」
「あんなにも頑なに魔法使いだと言い張っていた君が、魔法剣という妥協点を超え、ついに僕だけで強敵に打ち勝ったんだ! これが喜ばずにいられると思うかい? いや、いられないね!」
「俺は魔法使いだよ。魔法剣士っていう登録職はない」
管理所のロビーに、バルドルの大きな声が響いている。
「そんな書類上の話じゃなくて、僕は実態の話をしているのさ。シークが僕のために戦うなんて、とても清々しい気分だった! 僕の剣生でも『屈斬』の出来事だよ」
「この大荒れの天気で清々しいとはよく言うわね。それにしても……バルドルほんと嬉しそう」
管理所に戻り、皆がバンガ支部の管理所から礼を言われ、各役割ごとに報酬を受け取った。
サハギン討伐に参加したバスター達、戦えずとも町中に避難を呼びかけた者達、それにまさかのウォータードラゴン襲来から町を救ったシーク達。報酬を受け取った者達は、臨時収入を喜びながら宿や自身の家などに帰っていく。
「みんな金と共に去りぬってやつだね」
「……それ、お金じゃなくて鐘だよ。夕方の鐘が辺りに響き渡って、バスターが一斉に町へと帰っていく姿を揶揄した言葉」
「へえ、お金を貰ったらさっさと帰っていく姿を揶揄しているのかと思っていたよ。間違いを正してくれてどうもね」
「結局揶揄したのかよ」
シークがバルドルを軽くポンッと叩いて叱る。
そんな様子を笑いつつ、一部のバスター達はびしょ濡れでくしゃみをしながらもまだ帰ろうとしない。シーク達を取り囲んだまま、目をキラキラと輝かせているのだ。
特にシークは戦いの動きの良さ、技の威力、バリエーション、それらを散々褒めちぎられた。シークはだんだんと「そんなことないです」と「有難うございます」の2つの言葉を繰り返すだけになる。
その代わりにバルドルが自信満々に受け答えしていく。殆どがシークの自慢だ。
「懐きまくった犬と変わんねーぞバルドル。おめーちょっと落ち着け」
「犬の名を持つ君に言われたくないのだけれど」
「犬って言うな、ケルベロスは狼の名だ!」
シークへの忠誠と信頼も混ぜたバルドルの話は、遮ろうものなら許さないと言わんばかりに熱が入る。
その横ではシークが時折「もうやめてくれ」と言いつつ、恥ずかしそうに顔を手で覆っていた。
「なるほど。褒め殺しってこういう事なんだね」
「死にそうって分かってて助けてくれないのは酷いよ、バルドル」
このまま喋らせていれば、最後の1人が帰ってもなお、バルドルは話を終えないだろう。
「あ、あの! 俺じゃなくて、凄いのはバルドルなんです、俺の未熟さを補ってくれているから、こうして戦えるわけでして!」
「未熟ならあんな動きは出来ないさ。それに傲慢の欠片もない。こうして同じ戦いに身を置けたことが光栄ですよ」
「う~……違うのに、何を言っても謙虚とか謙遜とか……もう心が折れそう」
シークは自信に満ちあふれているタイプではない。もはやこれ以上は称賛ではなく攻撃だ。
「そちらの……獣人の少年は、もしやこれから交易がはじまるという、ムゲン自治区の? いやあ、バスター顔負けの才能だ! おまけに伝説の炎剣アレスの使い手とは」
「そうでしょう! 『我が主となるイヴァンさん』は、類稀なる才能を持っているんです。バスターとなり活躍しますので、是非お見知りおきを!」
一方のアレスも、ここぞとばかりにイヴァンを売り込み、イヴァンのバスター道を急ピッチで整備していく。
「そろそろ……シークは褒められ過ぎて落ち込む頃ね」
「ああ、そうだな。多分心の中は拷問を受けている最中だ」
ビアンカが半ば強引にシークの手を引き、ゼスタがイヴァンの手を引いて頭を下げる。
「あ、あの! シークもイヴァンも疲れていますので!」
「この辺で失礼します! 皆さんお疲れ様でしたー!」
4人はその場から逃げるように立ち去る。
戦闘よりもドッと疲れたシークは、宿に着くと装備を脱いで、濡れた髪や下着もそのままに、ベッドへと俯せに倒れた。
「シーク、風邪ひくぞ」
「私お風呂に入って来るけど、3人ともまだ入らないなら鍵持って行かないから。戻ってくるまで待っててね」
「おう、俺は心が潰れかけたシークが持ち直してから一緒に行くわ」
「ぼくも、ゼスタさんとシークさんと一緒に行きます」
ビアンカがグングニルに「少し待っててね」と声を掛け、廊下へと出て行く。木製の扉がギイっと音を立て、カチャッと閉まると、ゼスタはシークへとタオルを投げた。
「おいシーク、髪だけでも拭けって。シャツもパンツも濡れてんだろ」
「……あんな寄ってたかって褒めてくれなくてもいいのに。全部やったのバルドルなのに……騙したみたいですっごい罪悪感」
「ぼくも、アレスと共鳴をした間の記憶がなくて、何を言われても全くピンと来ませんでした。凄いと言われても戸惑いしかありません」
「あーイヴァン。シークの場合は褒められる事自体に慣れてねえの」
イヴァンは水が滴る尻尾を丁寧に拭きながら、こんなにも強い人なのにと首を傾げる。
「……これからはヒッソリ戦いたい。誰にも見つからないようにこっそり、アークドラゴン退治も皆に内緒でやりたい」
「そんな意図的にコッソリ世界を救う英雄がいてたまるかよ」
「いいじゃん、1人くらいそういうバスターがいても。あんな期待されて、まだ倒せる実力はありませんって言えないよ……。あれは新手の脅しかな、嫌がらせ? 俺達を追い詰めて潰すつもりなんじゃ」
褒められて落ち込むシークに対し、武器達はあまり納得がいかない。このまま自信を持ち、更に強いモンスターを倒す旅に出よう! くらいの事を言って欲しいのだ。
もっとも、バスターであれば名声は喉から手が出る程欲しいものだ。この場合、シークの方が少し変わっている。
「シーク坊や、あんたがシャキッとせんと、誰もアークドラゴンは倒されんとよ? 褒められて、よし! 俺がこの調子で倒しちゃる! くらい言わんかね!」
「コッソリ倒すと報酬も貰えないと思うのだけれど」
「……いい」
「おっと、僕はとうとうシークが大好きなお金にも勝ってしまったようだ」
「シークよりゼスタの方がまだ野心があるぜ。自信はねえけど、絶対に強くなるとか、アークドラゴンを倒して町に帰ったら、綺麗なおねえさ……」
「お、おいケルベロス! 少し黙ろうか! さあ拭いてやるぞ、さあ!」
ゼスタが半袖のシャツを脱ぎ、着替えようとしていた所で慌ててケルベロスを手に取る。「いいか、それ以上言うんじゃねえぞ」と囁く声がいつもより低い。何か言われてはまずい事でもあったのだろう。
「あの……シーク? そろそろ僕も拭いて貰えると嬉しいのだけれど」
「先に俺の心にヒールを下さい。ケアでもいい、心のケアを下さい。俺の心の涙を拭いて下さい」
「僕の柄の巻紐が切れているんだ、落ち込んだ振りして上手い事言ってないで、ちょっと見ておくれよ」
シークはのそのそと起き上がり、とても不満そうな顔でバルドルを持ち上げる。
「僕の事は持ち上げてくれるのに、自分が持ち上げられると嫌がるなんて、君は変わっているよ、シーク。高所恐怖症かい」
「……バルドルの頓珍漢な言動で脱力したら、難しく考えているのが馬鹿らしく思えてきた」
「あ、雨が止んでますね。風も随分治まったみたいです」
「本当ですね。イヴァンさん、あちらの家、家族で周囲の片付けを始めていますよ」
「お? 向こうの空、雲が切れて青空が覗いてるぞ」
3日間の嵐は過ぎ去った。17時を告げる鐘が鳴り響き、バンガの町はようやく日常を取り戻しつつある。
小競り合いをしているシークとバルドルに小さく笑いながら、イヴァンは明日は晴れて船が出るといいなと呟き、ムゲンの地に心を馳せた。