CROSS OVER-11
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「なんとか形になっているから、あとは正式に帯剣を許可されるかどうか、だね」
「ああ。シャルナクが回復魔法をもっと使いこなせたら、イヴァンと2人だけでもナンに帰れるぞ」
「わ、わたしには荷が重い話だな、他人の命を預かるなど」
「ムゲンでは狩りもしていたんでしょ? シャルナクのひたむきさがあれば使いこなすのも時間の問題よ」
イヴァンとシャルナクの練習戦闘を終え、皆は確かな手ごたえを感じていた。シークは手入れ用品一式をイヴァンに渡す。
以前、管理所で貰ったグリムホース革クロスだ。
「はぁ、シークはこうして僕以外にもお人好しするんだから。僕の事だけ『聖剣可愛がり』してくれてもいいと思うのだけれど」
「……バルドル、もしかして猫の部分を聖剣に変えた?」
「猫より聖剣の方が可愛がり甲斐があるね」
バルドルは心底本気でそう思っている。自分には可愛がられるだけの価値があると信じているのだ。
もっとも、聖剣を名乗るのであれば、それくらいの自信はあっていい。けれどバルドルは最近、どうにもシークにとっての特別である事に拘りが強い。
「バルドル、『猫可愛がり』ってのは、恩返しを期待できない相手を可愛がるって事だよ」
「僕は聖剣だよ? 猫なんかと一緒にしないでおくれ。こんなにもシーク想いの『忠剣』だというのに」
「……そうですか」
イヴァンはシークの実家に泊まっている。アレスがテュールとどうしても会いたいというので、イヴァンを連れて帰省したのだ。イヴァンは大きな町が落ち着かず、結局そのままアスタ村から町に通っている。
「来週には特注の魔術書が出来上がるんでしょ? 効果を試したらノースエジン連邦に行って、その後はアークドラゴンを封印した場所を確認して……」
「アダム・マジックの墓の事もあるからな。先にアークドラゴンって訳にもいかねえよな」
「うん、予想通りの結果だったとはいえ、ちょっとショックだね」
悪い予感は的中していた。アダム・マジックの棺は墓の下には埋まっていなかったのだ。
誰かが掘り起した事になるが、それが何年、それとも何十年前なのか分かっていない。
唯一分かるのは2年程前、イヴァンの背にアンデッドとなったアダム・マジックが術式を刻んだという事だけ。その場所は地理に疎いイヴァンが説明できるものではなかった。
手がかりは全くない。現在、世界中で魔王教徒の拠点探しが行われている。
「そういえば、イヴァンがバスター相当の身分を得られる事を見越して、わたしが防具を作っているんだ。まだホワイト等級相当もやっとなんだが、グレー等級であればビエルゴおじさまの代わりに作れる」
「凄いな……」
「クルーニャさんのやる気に負けたくないからね。わたしも一足先に弟子になった以上、先を行かなければならない」
クルーニャの父であるゴブニュは、シーク達が町を出て間もなく息を引き取っていた。クルーニャはダンジー工房を畳み、武器屋マークで修行中だ。
マーク夫妻はいずれシャルナクに店を継がせたいと考えていたが、シャルナクは弟子以上の立場を固辞した。独立できる程の腕になればナンに戻り、その技術を獣人に伝授したいと思っている。
鍛冶師であっても時には材料確保のため、危険な場所に行かなければならない。イヴァンと共に戦闘訓練をしているのは、イヴァンの保護者代わりと同時に、シャルナク自身の将来のためでもあった。
「明日は俺っちもモンスターを斬りたいんだけど。ゼスタ、明日は何かクエスト受けるよな?」
「分かった分かった、でも新人の邪魔にならないモンスターだけだぞ。格下を乱狩りして妨害しているなんて言われたくねえ」
「お嬢、その……」
「分かってる。ゼスタ、明日8時に管理所前ね。オレンジ以上のクエストがあれば1つ受けましょ」
持ち主達は「武器に操られている」と笑いながら、それぞれの家路につく。もうじき夕暮れだ。シークとイヴァンがアスタ村に着く頃には、もう真っ暗になっているだろう。
「馬車の時間を過ぎてしまった、歩きになるけどいいかい?」
「大丈夫です。今日はチッキーがぼくのために、幼年学校の時の本で勉強を教えてくれるそうです。楽しみですよ」
獣人は勉強熱心なのか、試しに文字や計算を教えると目を輝かせた。イヴァンは何度も反芻したり、分からないことを質問したりして、簡単なものであればすぐに理解する。
チッキーとしても、自分の復習や理解度の向上に役立って、一緒に勉強するのは良いらしい。
「……あ」
「どうかされましたか」
シークが夕暮れの町の中、大剣を背負った少年の姿に気付く。大剣にしてはやや幅が狭いそのデザインには見覚えがあった。シャルナクが仕上げ、駆け出しの少年に渡したものとそっくりだ。
「ディズ!」
名前を呼ばれた少年は、辺りをキョロキョロした後、シークへと振り向く。
「シークさん! それに聖剣バルドルも、お久しぶりです」
「ディズくん、どうもね」
「クエストの帰りかい? ああ、こっちはイヴァン。獣人の村から勉強に来ているんだ」
「そうですか! 管理所のシャルナクさんともお知り合いなのでしょうか? ディズと言います、宜しく」
「狩人ランガの息子、イヴァンです。宜しくお願いします」
イヴァンがぺこりと頭を下げると、腰の低いディズも同じくらいに頭を下げる。
装備はまだ出会った当時の物と一緒だったが、経験はしっかり積んでいるようだ。勲章とも言える擦り傷や、補修の跡が窺える。
「……お家の人に許しは貰ったのかい」
「はい、とても怒られました。好きに生きるのなら、親としてこれ以上何かをするつもりはないと言われちゃいました。でも二度と帰って来るなとまでは言われてないし、時々顔を見せに帰ってます」
「そっか。他の子達も元気?」
「はい。アンナとクレスタは宿屋に。クレスタは下宿を出たし、アンナもぼくも実家通いのバスターじゃカッコ悪いから。ミラは……」
ディズは少し言い難そうに眉尻を下げ、少ししてから顔を上げる。
「……ミラの友人のパーティーが壊滅して、夕方前からお葬式に行ってます」
「えっ?」
シークは短く驚きの声を上げ、イヴァンは目を真ん丸にして耳をピクピクと動かしす。尻尾を手で押さえているのは、驚きで毛が逆立ってしまったかららしい。
イヴァンにとって、バスターとはシーク達のように強い者達を指す。そのバスターがモンスターにやられて死ぬことなど、考えた事もなかった。
「ミラが加入前に揉めていたパーティーです。……全員、おそらくオーガにやられて亡くなったと。どんな状況だったのかは分かっていませんが、回復役だった奴が暴走してるのは、結構新人の間で噂になっていて」
「……ミラは大丈夫? 自分が抜けたせいだって、自分を責めているかも」
「まさしくその通りです、私のせいだって」
労いの言葉でも掛けたい所だったのだが、それどころではない。そんな中、ふと言葉を発したのはアレスだった。
「同じパーティーでもないのに、責任が降りかかるなんて事はないと思います」
「……えっ? だ、誰? バルドルさん?」
「僕じゃないよ、炎剣アレスさ」
イヴァンが背負っていた大剣を下ろし、ディズへと見せる。驚きの表情のディズに対し、アレスは静かに話し始めた。
「自分の命は自分で守るもの、昔の主だったアンクスはいつもそう言っていました。抜けた後のパーティーの在り方は、そのパーティーの人達が決めた事です」
アレスが言う事は確かにその通りなのだが、肝心のミラにそれを言わなければ始まらない。
「えっと……ミラはもう戻ってくるのかい? 君のせいではないと、シークが一言伝えたいそうなのだけれど」
「勝手に心を読むなってば。でも……パーティーを組むように勧めたのは俺達だし、ミラに会って、ちょっと話をさせてもらいたいんだ」