CROSS OVER-08
アレスははぐれた子供のような声ではなくなり、すっかり元気を取り戻していた。
曇り空でなければ星が反射して見えるのではないか。そう思える程アレスの表面は滑らかだ。シークはアレスを毛布の上にそっと置く。
武器同士で積もる話もあるのだろう、再会を喜ぶ会話が始まったため、シークは見張りを3組に任せて横になった。
聞きたいことは山ほどあるが、邪魔をするのは気が引ける。ゼスタ達が起きてからの方が良さそうだ。
「バルドル、君達がずっと起きているつもりなら、少しだけ寝かせてもらえるかい。モンスターが現れたら起こして」
「分かった。今日は大人しく番剣になってあげよう」
バルドルは出会いやここまでの旅路をすっ飛ばし、いかにシークの役に立ってきたか、どれだけ大事にされているのかを自慢し始める。ケルベロスも負けじとゼスタの凄い所をこれでもかという程挙げていく。
「魔法剣という戦い方があってだね、シークは僕に魔法を掛けながらソード技を繰り出すんだ。魔法使いなのに、剣術をメインに戦う凄腕さ。どうだい」
「ゼスタはあの歳で業火乱舞を会得しているんだぜ。ヒュドラの攻撃も、俺っちでガードするような型破りの天才さ」
「2本とも、いいなあ。ボクは……まだ目覚める前と後の時間経過が全然分からない。300年経ったってのは本当かい?」
「本当だとも。まあ、人間の生活を見る限りではね」
つまり、それは持ち主だったアンクスがこの世にいないという事だ。再会を期待していたアレスは、悲しそうにため息をつく。
「……そういえば、テュールの姿が見当たらない。テュールもどこかにあるはずだ、探してくれないかな」
「テュールはもう半年も前に次の持ち主の手に渡っているぜ。お前もじきに会える」
「別に……ボクはテュールに会いたい訳じゃない。ただ、気になっただけだ」
「テュールの事を苦手だと言いながら、内緒で尊敬していたのは知っているよ。話し方までテュールと釣り合うように変えようとして」
「だ……違う! あいつが堂々としていて丁寧で、ボクが比べられるからだよ」
武器達は強さを自負している事を除けば、とても個性豊かな存在らしい。
アレスは大人に憧れて必死に背伸びをする子供のようだ。一番威厳があるのは落ち着きのあるテュールだろう。
もっとも、今は武器でも盾でもなく、農具だが。
* * * * * * * * *
武器達がシークを起こさないまま、空は次第に明るくなり始め、辺りは朝もやが立ち込める。
そろそろ皆を起こす時間だと思ったのか、バルドルはコホンと咳払いをした。悪い予感がする。
しばし間を置いた後、バルドルが「ここは豊穣音頭でいこうと思う」と、神妙そうにケルベロスとアレスに伝える。
悪い予感というものはよく当たる。何が始まるのか、知っているなら今すぐに耳を塞ぐべきだ。
「ふぅ……良い子ォォ~のぉォ~! 寝顔ォォにぃィィ~ 朝日がぁ差しぃィ~てぇェェ~!」
「ハァァ~日が差す 朝焼けの刻~っ」
「飯のぉォォ~ 匂いにぃィ~ハァッ つられ~てぇェェ 子犬がぁ吠えるぅ~~」
「イヤァサッ! 畑に朝露濡れてっ」
ケルベロスとアレスも完璧だ。合いの手のパートの歌詞を寸分違えず挟んでいく。もっとも、その音のとり方は初めて聞いたとしても間違っていると分かる。
「水面のぉ~ 雲は~ァ」
「ハイイヤショッ」
「鳥のぉォ~ 鳴き声に退きぃィ~ 朝だぁっ! 朝だぁっ! 声のォォ響くぅ」
「ハイィイヤショッ」
「さあっさそろそろ始めましょうかァ、鍬持てェ~ 鋤持てェ~ 鎌はァまだかっ!」
ちゃん、ちゃちゃちゃん~と何かの楽器の音色を真似しながら、バルドル達の心は豊穣音頭を踊る。豊穣とは程遠いこの殺伐とした山の窪地に、それはもう堂々とした歌声が響き渡っていく。
「はっ……朝? ちょっとのつもりが随分寝ちゃった」
「ちょっと……もう、何よ。流石に朝からきついわ」
「あーもう! いちいちハァ~だの、イヤ~だのに腹が立つ! 2番はいらねえからな」
「起きたかい。やっぱり子起こし唄として、僕達はしっかり持ち主の役に立っているね。うん、誇らしいし、おまけに清々しい気分だよ」
満足そうなバルドル達は、まだふんふんと鼻歌で上機嫌を表している。
「バルドル、一応確認するけど、真面目に言ってんだよね、それ」
「勿論いつだって僕は『真剣』だとも。木刀じゃないって事は分かって貰えているはずだけれど」
「あ~、あたしはよう寝さしてもらったわ、んー清々しい討伐日和やないの」
「お早う、グングニル。……さっきの歌声やこのうっすらとした霧の中でそう思えるって不思議だわ。私、顔洗いたい」
「あっ、そうだ!」
シークすくっと立ち上がる。頭の後ろだけピンっと髪が跳ねているのはご愛嬌だ。丁度イヴァンも目が覚めたところだ。
「おはようイヴァン、よく眠れたみたいで良かった。みんな、寝起きでごめん。夜中にアレスを見つけたんだ」
「アレス……あ? アレスあったのか!」
「うん、ほら」
シークが手で示す場所にはバスターソードが置かれている。
剣先から柄の部分までの長さはシークの身長と然程変わらない。そんな巨大で煌く真っ白な片刃の刀身に、青い布で補強された柄。
テュールと揃えた姿は、さぞ圧巻だったであろう。
「凄い、綺麗! 同じアダマンタイトを使っているのに、グングニルの矛は燃えるような赤色。不思議だわ」
「こりゃ迫力があるな。初めまして、俺はゼスタ・ユノー。ケルベロスを使ってる」
「私はビアンカ・ユレイナス。グングニルと一緒よ」
「どうも初めまして炎剣アレス、です。ボクを見つけにきてくれたと聞きました、有難う」
アレスはとても丁寧にお礼を述べ、イヴァンの自己紹介を待った。しかしイヴァンは肝心の武器を何も持っていない。イヴァンは不思議そうにアレスを見ているだけで、一向に口を開かない。
靄は薄くなり、空には所々青色が眩い染みを作る。イヴァンの特徴的な耳がハッキリと見えるようになった頃、アレスはイヴァンへと声を掛けた。
「初めまして。君だけ少し若いようですけど」
「あ、えっと……狩人ランガの息子、イヴァンです。は、初めまして」
「バスターではないのですか? それは少し残念です」
「アレス、君の事は俺達より強いバスターのパーティーに託そうかと思ってるんだ。アルジュナもいるパーティーだよ」
獣人は人間よりも身体能力が高いといえど、囚われていたイヴァンはヒョロヒョロだ。
持ち主候補から早々に外れてしまったイヴァンを残念に思いつつ、アレスはシークの言葉を希望に、少しの間だけ持ち主への憧れを抑える事にした。
「イヴァン、その服を着替えようか。近くに軽鎧が転がってたんだ。身を守るにはないよりマシだし、裸足で山を下りる訳にもいかない。靴擦れ対策は任せてよ」
「あ、はい……」
イヴァンは汚れた服を脱ぎ、軽鎧を受け取った。その背中には生々しく解術式が残っている。
それを見たアレスはとても驚き、慌ててイヴァンに声を掛けた。
「そ、その術式は!?」
「あ、えっと……ヒュドラの封印を解くために、彫られたんです。ぼく、魔王教徒に捕まってたから」
「そんな事情は後で! ちょっとボクを持ってくれませんか!」
「え?」
イヴァンは肌寒いのを我慢し、アレスの柄をそっと掴んだ。シークも見た目の割には軽い大剣だと感じていたが、イヴァンはアレスを細い片腕で軽々と振り回す。
「……ああ、この感覚です! 間違いない、アダム・マジックはこんな仕掛けを」
アレスは喜んでいた。シーク達はアレスが一体何を分かったのか、それがさっぱり分からない。
「アレスちゃん、どうしたんね、何かあったと?」
「何かあったどころじゃありませんよ! ああ、その術式から流れるこの気力と魔力……」
「ど、どうしたんですか、この術式が何か……」
「ボクの次の持ち主はあなたです、イヴァンさん!」
「えっ!?」