CROSS OVER-06
結局、生存者はいなかった。やはり命を狙われようとも助けるべきだったのか、助けたなら味方になってくれたかもしれないと、幾分かの葛藤も覚える。
死んだ者達を目の前にして「ざまあみろ」と思える程、シーク達の心は擦れていない。もしもそのような者達だったなら、伝説の武器が従うはずもない。周囲からの評価も相応に荒んだものだっただろう。
「魔王なんて信仰したばっかりに。一番大事なのは命だろ。この結末でお前らの何が救われたんだ」
ゼスタは身元が分かる物がないかと探しながら、1人呟く。
「管理所で陰口叩いてた奴らと一緒さ。挫折して這い上がれなくて、平和な世の中を謳歌する奴らを妬んで、どうせならこんな世界なくなってしまえって」
「そういう生き方が一番楽だからな。んで、最期のひと言が助けてくれってか。死ぬ気になりゃ何でも出来るって言うけど、死ぬ気にもなれなかったか」
「生きてる間に言ってやれよ、死人に耳なしだぜ。おっと俺っちなんか、こんなに物分りがいいのに耳ねえんだぞ……おい、笑う所だ」
「この状況で笑えるかっての。こいつら、聞く耳は生きてる間も既になかったんだよ」
破壊されたテントや小屋から毛布を持ち出し、死者を包んで火葬する。
ビアンカは気分が悪くなって横になったため、シークとゼスタがひたすらそれを繰り返していた。流石にこの作業をイヴァンに手伝わせるのは酷だろう。
シークが作業する近くでは、腰掛け程度の岩の上にバルドルが置かれていた。
「お疲れのようだけれど、応援歌でも一曲どうだい?」
「あっ、お気持ちだけで十分です、バルドルさん」
「こんな状況だし、聖剣の手……いや、柄と言うべきか。『聖剣の柄も借りたい』かと思って」
「……君の唄に聞き入って、作業が手につかないかも。だからそこに『あって』くれたらいいよ」
「そうかい? 君は遠慮深くて心配になるよ、シーク」
その日一日を掛けて弔いを終えた一行は、日が沈んでからの移動を諦め、そのまま野宿することに決めた。
食料や火を起こせる枯れ枝、それに雨風を凌ぐためのテントなどは残されている。
「明日、何か魔王教徒の手がかりになる物がないか探したら出発だね」
「イヴァン、ちゃんと飯食ってたか? ほら、肉食え」
「あ、有難うございます。でも皆さんの方がお疲れでしょうし」
「私はパス。流石にご飯食べる気になれないわ……」
「余っても持って帰れないんだ、食べられるだけ食べておきなよ。近くの村までも随分遠いからね」
乾燥させた米をお湯で戻し、備蓄されていた鳥肉と野草を混ぜて塩で味付けすれば雑炊の完成だ。後は炙った干し肉を時々齧る。これだけでも旅の途中に比べたら随分な御馳走だ。
「ビアンカ、まだ肌寒い季節だから明日の朝までもつと思う。朝ご飯に残しておくよ」
「有難う、ごめんね」
「いいよ。見張りもしておくから、食べ終わったら2人とも寝てくれ。まあ、ヒュドラ退治の後は俺寝てたし」
食事を終えると最低限の火だけを残し、就寝に入る。イヴァンに毛布を掛けてやりながら、シークはチッキーの事を思い出していた。
「アークドラゴン退治も、アレス探しも魔王教解体も急ぎたいけど、ギリングに戻ったら2、3日くらい村でゆっくりしたいな」
「そうなると僕も必然的にゆっくりしなくちゃならないね」
「たまには何も斬らずにぼーっとしているのもいいさ」
「300年何も斬らずにぼーっとしていたのだから、心配には及ばないよ。どうもね」
「ははは、すごい説得力」
曇っていて星は見えない。山の天気は変わりやすいと言うが、雨が降らないだけマシといったところだ。ケルベロスとグングニルも夢の中、辺りには焚火にくべた枝がパチッと鳴る音しかない。
「村でゆっくりしたら、次はどうするんだい」
「そうだね、状況次第かな。まだアークドラゴンの封印は解けていないんだよね」
「僕の刀身内からアダム・マジックの魔力が消えてから、封印が維持されているのかは分からないんだ。再封印は君の魔力があればなんとかなるけれど」
「そっか。でも今のところ、アークドラゴンの被害は報告されていないよね。伝説ではこの大陸でアークドラゴンは倒された事になってる。もし封印が解けて復活しているのなら、もう被害報告が出ていてもおかしくない」
「復活の兆しはあれど、まだ復活はしていない可能性があるね。すぐに倒せないとしても、状況だけ確認しに行くべきかも」
2人の夜のおしゃべりはいつも落ち着いている。そしていつも何か新しい発見につながる。
「あまり色々話していると、君は時々不吉なことばかり言い当てるからね。話題を変えるべきかい」
「そんな、俺のせいみたいに言わないでよ。話題を変えるって言っても……これからどうするって話くらいしかないじゃん」
今後の予定については、まだ何も決まっていない。すぐにアークドラゴン討伐に向かえるならそれが一番いいのだが、それは余りにも無謀だ。
キマイラ戦で体力と気力が切れたゼスタやビアンカ、ヒュドラ戦を持ち堪えられなかったシーク。3人がアークドラゴンに立ち向かうには、経験以上に身体能力が足りていない。
共鳴をすれば最大の力で戦うことは出来るが、結局それも本人達の能力の容量分しか発揮できない。戦いながら何時間も続くものではない。
「魔王教徒制圧に動いているゴウンさん達や、アーク級モンスターを狩ってくれているパープルやシルバーのバスターの人達と、そろそろ連携しないといけないね」
「皆で集まって情報交換をするってのも大事だと思う。君達は、自分から他人に頼る事が苦手だと自覚するべきだ」
「確かに。ギリングに戻ったら管理所に相談しようかな」
星も見えず、辺りに何かある訳でもなく、就寝中の3人の傍を離れる訳にもいかない。やがて話が尽きても時間の経過は然程ではなかった。
「虫もいないから、何にも聞こえないね」
「何か聞こえたらそれはそれで。モンスターだと嬉しい」
「あ、斬りたいんだ」
「勿論。山道を回れば火口湖に戻れる。封印の跡までもう一度アレスを探しに行ってみるかい」
「そうだね、ここの煙に気づいてからはそれどころじゃなかったし」
あまり大きな声で喋ると起こしてしまうと思い、シークは少し声のトーンを落とした。暇つぶしに少しだけ焚火の傍を離れ、灯りが届く範囲で散策を始める。
遠くではまだヒュドラと亡くなった者達が炎となって空に昇っている。眺めているうちに複雑な気持ちになったシークは、焚火の傍へと戻ろうとした。
「……ねえ。今、何か聞こえた?」
「シークの靴音以外に?」
「鳴き声じゃないし、喋るような声でもない……気のせいかな」
シークが足を止め、その場で耳を澄ます。もしもモンスターであれば寝ている3人が危ない。シークは少し離れてライトボールを打ち上げ、周囲を確認した。
「バルドル、何か見える?」
「面白みのない風景がしっかりと」
「何か変わったところは? ってこと」
「特には。何も動いている様子はない」
「風に乗って、何か聞こえた気がしたんだけど……どこかに出かけていた魔王教徒だったりして」
「敵だとしても、人間は斬れないから勘弁願いたいね」
バルドルがおどけたように返事をした時、シークが焚火とは反対方向へと顔を向けた。暗闇の中をじっと見つめ、何かに集中しているようだ。
「やっぱり、何か聞こえた」
「生き残りかい」
「いや、全部見て回ったんだ、それはない。もし仲間が帰って来たなら、この焚火を絶対見つけている。仲間だと思って近寄ってくる」
「空耳じゃないのかい? 風でガラクタが鳴ったのかも」
「風なんてほんのちょっとしか吹いてないよ」
「じゃあお化けってやつかな。だとしたらどのみち斬れないから、僕の出番はなしってことだね」