CROSS OVER-04
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「おっと、この写りはいいね、僕がキラリと光っているよ」
「イヴァン坊や、あんたええ腕しとるばい。本当に写真機触るの初めてなんね? ほら、牙嵐無双の瞬間をピシャッと捉えとる!」
「ほら、斬像が無数に見えるだろ? これだよこれ、業火乱舞の華麗さ!」
皆は付近の崩れた小屋やテントなどの廃材を使い、ヒュドラが完全に燃やし終えるまで一休みしていた。今はイヴァンが怯えながらも撮った十数枚のポラロイドを眺めている。
……シークを除いて。
「あんな大きなモンスターを倒してしまうなんて……凄い、英雄様のお話のようです!」
「英雄様?」
「はい、はるか昔、聖剣バルドル……つまりあなた様を携えてムゲンの地を救ってくれた方です」
「勇者ディーゴだね、それはどうも」
「ところで、シークは本当に大丈夫よね?」
共鳴を解いた後、シークはその場に倒れてしまった。バルドルが毒の解除をすっかり忘れていたせいだ。ゼスタとビアンカが毒消し薬を無理矢理飲ませ、今は付近にあったブランケットの上で眠っている。
むせる程口いっぱいに流し込まれた毒消し薬は、そろそろ効き出す頃だろう。
「ねえ。やっぱり3人パーティーって無理があると思わない? シークが倒れたのって、結局魔力と気力、どっちも酷使させたせいよね」
「そうだな。正直、シークの負担は大きい。つか、どんどん負荷掛かってるよな。ってなると、最低もう1人……出来れば回復魔法を使える奴が欲しい」
「僕はシークの優しさに甘えてずっとここまで来た。シークは魔法と同時に僕を使う事を負担に思っているかもしれない」
「そんな事ねえよ。シークはお前を負担どころか、絶対に失いたくないって思ってる。お前のためなら何でもする、シークはそういう奴だ」
バルドルなりに何か思う所はあるらしい。シークの信頼や感謝、バルドルを誇りに思う心は嬉しいものだ。けれどバルドルはシークに何も返せていないのではないかと不安になっていた。
「僕は、シークのために何が出来るんだろう」
「あ? おめーは持ち主のために、鋭くモンスターを斬り裂く! それこそが武器として返せる恩だろうが」
「バルドル坊や、あんたもおかしな子やね。シーク坊やとそっくりばい。あんたは期待に応える、それで良かろうもん」
ケルベロスとグングニルに諭されて、バルドルは力なく「うん」と答える。聖剣といえど、他の伝説の武器より位が高い訳ではないらしい。
「おめーな、ここまで大事にして貰える武器が他にあると思うか? 極上の手入れ道具、誰よりも強いモンスターを斬らせて貰える戦闘! 共鳴できるくらい信頼してくれてんだ」
「まあケルベロスもグングニルも、その辺にしてやってくれ。楽しけりゃそれでいいんだよ、旅ってもんは。無理したのは俺達が3人で立ち向かって、相手が4魔で、そもそも無理しなきゃ勝てなかったってこと」
「やっぱり、仲間を募るべき……かな。でも、シークは結局魔法も剣術も、どっちもやりたいのよね」
「お嬢達3人だけで立ち向かわんでもええんよ。他のバスターの力ば借りて闘えばいいと。1パーティーずつ対戦? そんな律儀な事があるかね」
話題はいつしかヒュドラ戦の事よりも、今後のパーティーの在り方に移る。ヒュドラが焼ける焦げ臭さを時折手で払いのける中、イヴァンは自身のこれからを尋ねた。
「皆さん、ヒュドラを倒しに来たんですよね。ぼくは……これで無事に帰れるんでしょうか」
「もちろん、ちゃんとギリングまで送ってあげる。そこからはきちんと……あ、そうだわ! アレス! 炎剣アレス!」
「あっ、アレスは何処にあるんだ? まさかヒュドラと一緒に燃やしちゃった……」
ビアンカもゼスタも、武器達でさえもすっかりアレスの事を忘れていた。
「アレス! いけねえ、肝心な武器仲間を忘れてたぜ。なあバルドル、アレスは最後どうやって封印に使ったんだ?」
「ヒュドラの胸元に刺して、そこから封印術を張ったんだ。刺さったままじゃないって事は、どこかに落ちているか、誰かが持っていったか……」
「え~!? こんな山の中、俺っちに探し回れってのか!」
「探し回るのは俺達だぞ、ケルベロス」
アレスの所在が分からず、皆は途方に暮れる。そんな中、ケルベロスの大声で気が付いたのか、シークがゆっくりと体を起こした。
「シーク! ああ、ごめんよ。君の回復をすっかり怠ってしまって」
「えっとこれは、倒せたって事でいいのかな。また倒す瞬間を見れなかった……」
「目の前で焼けてる塊がヒュドラだ。間違いなくシークが倒した」
「ごめんね。魔法も剣も、どっちも限界まで使わせちゃって」
シークは鮮明になる意識の中、頬を両手でバチンと叩く。ひとつため息をついてから、バルドルに「お疲れ様」と声を掛けた。
「その……、僕を使うために無理をしたんじゃないかい」
「無理って、相手はヒュドラだよ? 無理をしなきゃ倒せないじゃないか。君を使って、魔法剣で攻撃するのが一番有効だろ」
「うん、そうだね、そうか。最善を尽くした、それだけだよね。ああ、僕は『忠剣』として何にも勝る一撃になればいいだけだったんだ」
「話が見えないんだけど……それより、アレスは?」
シークは辺りをキョロキョロと見回す。が、ゼスタもビアンカも困ったような顔をしたまま動かない。もちろん、バルドル達は元々動けない。
「もしかして、見つかってないの?」
「その通り。見つかってない」
「えー!」
「困ったことに、ヒュドラが移動しているせいで、アレスはどこかに落ちているみたいなんだ。無い武器は振れない」
「アレス! 返事してくれー!」
ゼスタが大声で叫ぶも、アレスからの返事はない。この広い山の中で1振りを探すのは無理だ。
「アレスの捜索も急ぎたいけど、イヴァンを町に送り届けるのが先だ。アレスも持ち主を選ぶんだろ? 目覚めていたとしたら、誰かに持ち出されたって事はないよ」
「確かにそうね。完全に解けていなかったゴーレムの時と違って、封印が解けているって事は、グングニルやアルジュナみたいに既に目覚めているはず」
「だとしたら、後で管理所に報告して山狩りをしてもいい」
イヴァンを連れてのアレス探しは難しい。しかもイヴァンは囚われている間、魔王教徒の内部事情をずっと見てきた。しかも秘密を守る義理もない。
魔王教徒が今一番シーク達に渡したくない人物と言えば、間違いなくイヴァンだ。
シーク達はイヴァンを安全に送り届ける事が最重要クエストだと判断した。
「背中に彫られたその術式も、なんとか消せたらいいんだけど……痛むかい?」
「時々、ピリッとするんです。そんなに酷いですか?」
「うん……。効くか分からないけど、ケアを唱えてみる。ちょっと服を捲り上げてくれるかな」
「分かりました」
イヴァンが服を脱ぎ、背中をシークへと見せる。まだ肌寒い時期で、風邪を引かせてはいけない。シークはすぐに詠唱に入ろうとした。
「ちょっと待ち! ちょっと、お嬢! その辺に転がっとる毛布ば持ってきて掛けちゃり! 背中のその術式、封印とは違うっち思いよったけどそれ、解術やないの!」
「解術? シーク、そういう魔法分かる?」
「うん、えっと……魔法の効果を消すための魔法だよ。ディスペルっていう魔法が良く知られてる」
ケルベロスは解術と聞いて、グングニルの言葉の意味が分かったらしい。
「おめー、ここにいつ来た? 昨日今日じゃねえよな」
「あ、はい。暦を知る手段がなかったんですけど、冬は2回越しました」
それを聞いてハッとしたのはシークだ。シークはいつかのバルドルの言葉を思い出していた。