CROSS OVER-03
シークは未だ共鳴なしで4魔戦を終えた事がない。今度こそと思っていたが、せっかくビアンカとゼスタが粘っているのに、願望や我侭でそれを無駄には出来ない。
シークは悔しそうに口をぎゅっと結び、バルドルへと後を任せた。
もちろんそんな気持ちは、バルドルも分かっている。
「共鳴は君の能力だ。君の強さであり力なんだ。言っただろう、君の実力以上の事が出来る訳じゃないって」
「うん、そうだね。君は……俺の強さの一部ってことだね」
「シーク、君は君自身と僕をもっと誇っておくれ。僕は君を誇りに思っているし、君の誇りでありたい」
「有難う、バルドル。今更だけど……お礼を言うよ」
シークはバルドルへと体を明け渡した。
全回復すると共鳴が切れてしまう。シーク(バルドル)はポーションとマジックポーション2瓶を飲み干し、不味さになんとも言えない表情をした。
「シーク! 大丈夫か」
「僕だよ」
「バルドルか! 悪い、再生を止めるので手一杯だ! 頼めるか!」
「勿論。どんなに『シーク』が凄かったか、後で伝えてあげておくれ。僕の主は『自意識不足』で『柄』に負えないよ」
シーク(バルドル)が跳び上がり、その本体に惜しみない魔力と気力を込める。聖剣の名に相応しい煌きを放ち、振り下ろしの残像はまるで光のカーテンだ。
バルドルはいざという時のため、シークの魔力を少しずつ蓄えていた。
「聖なる裁きだ。セイント・ブルクラッシュ」
バルドルはライトボールを魔法剣にしていた。光のカーテンはヒュドラの再生しつつある首をスッパリと斬り落とす。光の中にヒュドラの血が吸い込まれ、燃え尽きるように消えていく。
「ゼスタ、ビアンカ、胴を狙って心臓を止めておくれ。首の再生は僕が止める」
「分かった!」
「お嬢! スマウグば胸元狙って撃ち! 全力込めて一発! ゼスタちゃんにその後ば抉らせると!」
「りょーかい! ゼスタ、ちょっと避けて! シーク!」
「僕はバルドルなのだけれど。とりあえず……トルネード」
魔法を直接発動させることが出来ないのか、それともあくまでも自身を使うというこだわりなのか。わざわざバルドル本体を通じて放たれた魔法は、乗り移るようにグングニルへと吸収される。
「クロスソード! ビアンカ、ここだ!」
「よし! お嬢! 行き!」
「破ァァァ……魔槍!」
ゼスタがヒュドラの胸元を抉り、赤い肉が剥き出しになっている。ビアンカはそこを狙って魔槍を放つ。厚い肉に覆われたヒュドラの体からは、太く白い管のような臓器が垂れ下がった。
それでもまだヒュドラは首の再生を試みる。熟して腐った果実のような切り口を、ブクブクと泡立たせて肉を盛り上げていく。
「剣……閃! シ……バルドル、もっと奥まで斬れるか!? 剣閃でも中まで届かねえ!」
「それなら、僕の主の勇姿を見せても?」
「チッ、この期に及んでまだ首を再生させるのか。呼吸も出来ねえくせにどうなってんだ……ああいいぜバルドル、行け!」
ヒュドラは抉られた部分を隠そうと丸くなる。ビアンカがその動きを阻止するため、アンカースピアで更に傷口を抉っていく。
シーク(バルドル)は痛みに仰け反った長い胴へと剣先を向け、突きの構えで気力と魔力を込めた。
「会心破点」
シーク(バルドル)は心臓があると思われる場所を思いきり貫いた。その突きは白く淡く、どこか優しい陽光を思わせる輝きを放つ。
「流星槍!」
「クッ、体力が……業火乱舞ゥゥ!」
攻撃を続けるうちに、ヒュドラの体から白い蒸気のようなものが立ち始めた。
「な、何?」
「分からない、何だ? 爆発でもすんのか」
ヒュドラは体を横たえ、もはや体の傷を修復する事も出来ない。ビアンカが念のためにと技を畳み掛ける。
「牙嵐無双! ……ハァ、ハァ、流星槍!」
ゼスタとビアンカの猛攻でヒュドラの体は大きく抉れ、もう満足に動かない。
「もう流石に……」
「ゼスタ! 首を見ろ! あれはまずいぜ!」
「……首が! 竜のように太い首が……」
倒したと思ったその瞬間、ヒュドラの9つに分かれていた首が根元から1つに繋がり始めた。巨体に1つの大きな首。まるで巨大なドラゴンだ。
「うそだろ、また振りだしか!?」
「これが真の姿、って事かしら、私たちも共鳴……いえ、やっぱり回復して備えなくちゃ」
ゼスタとビアンカはすぐにエリクサ―を飲んで長期戦を覚悟する。ヒュドラは体の再生を諦め、頭部を再生してシーク達を仕留めようとしていた。
死ぬ瞬間まで、モンスターは人間を襲う事を止めない。ヒュドラも例外ではない。
「僕に任せて。トルネード・ブルクラッシュ」
「バルドル、来るぞ! 毒霧に気を付けろ!」
影のように黒い不完全な頭部が口を大きく開いた。
駆け寄ったシーク(バルドル)が斬撃を繰り出し、バルドル本体から放たれた強力な風の刃の渦が太い首元を刻む。ビアンカとゼスタは首の付け根を渾身の力で抉り、援護を始めた。
「危ないわ! バルドル、シークが噛み殺されちゃう!」
「おいおい、何で顔の前に出る! やられるぞ!」
ヒュドラの大きな口は、毒霧を吐きながら噛みつこうと襲い掛かる。ゼスタが警告する中、シーク(バルドル)は笑みすら浮かべていた。頭の前に立ち、再び攻撃の構えを取る。
「この瞬間を待っていたんだ。……凍結・会心破点」
バルドル本体が大きな氷の剣となり、大きく開いた口の中を一気に突き刺した。
同時に毒霧を浴びるも、シーク(バルドル)は怯まずに突き刺した刃を更に次の技へ繋げていく。
「風車」
突き刺したバルドル本体を左へと振り斬り、今度は脳天めがけて斬り上げる。瀕死ながらの抵抗なのか、ヒュドラは最後に炎を吐こうとするも、口は開いたまま動かない。
「全て凍っているよ。魔法使いであるシークに相応しい攻撃だと思わないかい」
シーク(バルドル)が最後にもう一段斬り上げると、ヒュドラの頭はフッと力を失った。
ヒュドラの体内にあった熱は急速に失われ、体液がその場に毒の沼を形成する。ヒュドラの再生は止まり、生臭さが漂い始めていた。
「お、終わった? 持久戦だったけど、終わった……んだよな」
「本当に倒したのね? もう復活しないよね?」
ビアンカが技を撃って確かめるが、もうヒュドラは動かない。
「やった……やった!」
「ああ……4魔討伐完了! 1年がかりでここまで来たわ!」
ゼスタとビアンカは満面の笑みでハイタッチをし、肩を抱き合って互いの健闘を称える。
「シーク……ああバルドル、お疲れ様!」
「どうもね。今回の共鳴はとても良かった。聞いてくれるかい? 今回の共鳴で、シークは僕を心から誇りに思って任せてくれたんだ」
「シークって、素直なんだけど……言葉にするのを躊躇ったりするのよね」
「共鳴前、僕に余計な事を一切考えず、ただ有難うって。ああ、あの瞬間の峰に露が一筋垂れるような、凛とした気持ちと猛るような思いは『剣筋に尽くしがたい』ね」
「元々、シークは自分からわーって主張するタイプじゃねえんだよ。いつも穏やかで、一歩引いてて、でもそこがいいんだ。バルドルの事も相当気に入ってるぜ。本人は言わねえけどな」
「分かっているとも。シークは僕の事が大好きなのさ。僕をシークなしではいられない刀身にしておいて、まったくどう責任を取ってくれるのやら。ああ、僕は幸せだ!」
バルドルの言葉に他意がないのは百も承知だが、その言いっぷりにゼスタが苦笑いする。
「……お前が剣で良かったぜ。もしバルドルが人間だったら、その発言は完全に変態だぞ」
「変態? 僕は生憎『形態を変える事』は出来なくてね、それには及ばない」