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ALARM-13

 


* * * * * * * * *



 2日目の夜は、1度も起きることなくぐっすり眠ることが出来た。武器達だけの見張りの間、モンスターは出てこなかったようだ。


 火口湖が近づくにつれ、まばらに生えていた木々や背丈のある草はまったく見えなくなった。あるのは灰色の石や岩、それらが転がり落ちてむき出しになった、茶色の山肌だけ。


 活火山ではないため、煙や臭いも特にない。


「そろそろ火口湖だよね。ヒュドラが暴れている形跡もないんだけど……まさか、どこかに移動した?」


「魔具にも特に反応なし。こんな餌になるものが何もない場所で、復活したヒュドラがじっとしてるとは思えないんだけど」


「最初の目撃情報からかなり時間経ってるからな。こんな岩場じゃ大勢での戦闘には不向きだし、山狩りするとしても見つけたバスターが無事でいられる保証もねえし」


 今春の雪解け後にシュトレイ山を目指すのはシーク達が初めてだ。目撃情報も集まっておらず、ヒュドラのものと思われる痕跡も何一つない。


 別の場所に移動していたなら、次に情報が入るのはどこか、もしくは誰かが被害に遭った時になってしまう。


「強いモンスターがいる事は間違いないんじゃないかな。昨日の夜からモンスターが出てこないってことは、そういう事だね」


「バルドル、ヒュドラと戦った時の事を覚えているかい」


「覚えているよ。あの時は既に僕とテュールとアレスしか『なかった』し、かなり苦戦した。火口湖のほとりにある窪地に誘い込んで封印したんだ」


 バルドルが覚えている光景を頼りに、シーク達は火口湖を目指して更に進む。


「どんな成分かわかんねえけど水場はあるし、岩場の影なら雨風も凌げる。棲み処にはしやすいだろうな。行方不明者の情報もないし、村や町は襲われてない。動いているとしても、そう遠くはないんじゃないか」


「戦いたいって訳じゃないけど、朗報ではあるわね」


「ヒュドラは火を吐くんだよね。キマイラも火を吐いたけど……バルドル、それとは何が違うのかな」


「ヒュドラは大蛇と呼ばれているけれど、体の表面の鱗はとても硬い。ドラゴンの手足がとても短くて、体が長くて、頭が9つあるやつって思えばいい。ウォータードラゴン戦を思い出してみると大体分かると思う」


 バルドルの言葉で、3人はウォータードラゴン戦を思い出す。あの時は鱗を剥して柔らかい部分を攻撃するという、なんとも地道な作戦を繰り広げた。またそのような戦いになるのかと嫌そうな顔をする。


 シークに至ってはあの戦いで戦闘不能状態に陥り、手術と治癒術でようやく復活したという経緯がある。あまり思い出したくない過去だ。


「え、やだ、また硬いシリーズ?」


「冗談だろ? キマイラやメデューサみたいに、ある程度攻撃が通る相手がよかったぜ」


「昔は大きな蛇種のモンスターは全部『ヒュドラ』だったんだ。ウォータードラゴンも数百年前はヒュドラと呼んでいた。今のヒュドラがあまりに強すぎて、他の大蛇の呼称を変えたのさ」


 その証言に従うなら、ヒュドラは大蛇の中で一番強いという事になる。そもそも蛇やドラゴン種は総じて体の表面が硬い鱗で覆われている。アークドラゴンもそうだ。


「頭が9つあって、確か毒もあるんだっけ。他に厄介な属性はないよね」


「僕も倒した訳じゃないからね。あ、そういえば……首から上を切り落としても、すぐに生えて復活するのは確認した」


「どうやって倒すんだよそんなの! 無理じゃん!」


 シークは今までのおさらいのつもりで確認したのだが、バルドルによって新しいポイントが加わってしまう。9つもある上に再生するとなれば、どれ程の長期戦になるのか分かったものではない。


「おいバルドル。そういえばなんて、ついでに思い出す要素じゃねえ気がするぞ。俺っちやグングニルは初めてなんだ、ちゃんと教えろ」


「あたしが突き刺さらんくらい硬いと? 頭全部落とさな駄目なん? 弱点はなかったと?」


「うん、僕の知る限りではないかな」


「おっと……聖剣らしい斬れ味で、見事に俺達の希望をバッサリと」


「まあね」


「まあねじゃないし。とにかく、弱点を探りながらって事か……」


 弱点が分からないヒュドラとの戦いが急に不安になってくる。そんな中、グングニルが前方に不審なものを発見した。グングニルはビアンカに背負われているおかげで、皆よりもやや視点が高い。


「この先のちょっと開けた所に、変な沼みたいなのがあるばい」


「沼? もしかして火口湖?」


「いや、せいぜい大きな水たまりやね。色が黒っぽくて、なんか水やないごとある」


「水じゃない? ああ、もしかして……ヒュドラの寝床かもしれない」


 バルドルはその正体は毒だと説明した。ヒュドラが寝床にすると、ヒュドラの邪気に長時間当てられた場所が一時的に毒で染まるのだという。


「ってことは、ヒュドラは近くにいるって事……」


「そうなるね。シーク達が寝ていた場所から半日もかからない距離で、ヒュドラも寝ていたって事になる」


「えええ!?」


 やがてヒュドラの寝床の脇を通ると、その場所はドス黒く変色しており、紫色のもやがかかっていた。近寄らなくても毒を帯びているのが分かる。


「なあ、ヒュドラって一応は爬虫類だよな。って事は、寒けりゃ動きも鈍るのか?」


「極寒のシュトレイ山で越冬したんだよ? それに火も吐く訳だし、多分気候は意味ないよ」


「ああ、そうか……。向こうが全力を出せない状況が何かないかと思ったんだけどな」


 3人は出来るだけ有利に戦える方法がないかと考えながら、火口湖へと近づいていく。


 しばらくして登り坂の先の視界が開けた。そこがシュトレイ山の7合目にある火口湖だと分かった時、すぐ真下にはエメラルド色の湖が見えた。


「凄い、綺麗……写真撮っていいよね?」


「観光じゃねえんだって。でも、気持ちは分かる、綺麗だな」


「ヒュドラさえいなければ、凄い観光名所になっていたんじゃないかな」


「まったく、『モンスターを追う者は山を見ず』って言うのに、君達は山もしっかり見ちゃうんだから。用心のために僕を鞘から抜くなんて事は、考えてくれないのかい」


 ビアンカが写真機のシャッターを何度か押す音が聞こえた後、シーク達はようやく武器達を手に持った。火口湖の周辺にヒュドラの姿はない。


 シーク達は武器達を頭上高くに持ち上げ、周囲を遠くまで見渡してもらう。しばらくして、2方向を同時に見ていたケルベロスが「あっ」と声を上げた。


「どうした?」


「……なあ、この山はもう火山として活動してねえんだよな」


「うん。もし活動している火山だったら、噴火した時にはヒュドラも炎剣アレスも無事では済まないよ」


「じゃあ、真北に見える煙は……なんだ?」


 シーク達はパッと振り返り、真北の山の端を確認した。低い雲にも見えるが、確かに黒煙が上がっている。


「……ヒュドラが火を吐いて、何かが燃えたとか」


「もしバスターや一般の旅人だったら大変だわ!」


「とりあえず行こう!」


 3人は火口湖を囲む円状の縁に沿って急ぎ足で歩く。北の方角へと30分程歩き、かつての火口丘から真北の斜面の下をそっと覗き込んだ。


 そこはシュトレイ山のすぐ西の斜面。地図を見る限りでは、周囲を山々に囲まれた、何もない場所の筈だった。


 しかし、そこには立ち上る煙だけでなく、発生源となる小屋や様々な物資が沢山積まれている。


「……何、ここ……集落!?」


「あちこちから火が出てやがる! こんな所に人が住んでるなんて聞いたことないぞ」


「いや、簡易テントみたいな……あっ!」


 シークが慌てたように身を乗り出し、東を指差す。


 奥の方で逃げ惑う人々の声が聞こえる。シークの指差す先には、巨大な赤黒い怪物が火を吐きながら、全てを破壊して回る姿があった。


「……ヒュドラ」


「当たり。いまいち状況が把握できていないけれど、行くかい」

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