ALARM-07
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何度も通ったイサラ村までの道のり。天候も良く、足元もしっかりと固い。
伸び始めた草はまだ青臭い匂いも放っておらず、汗を掻く気温でもない。新人達の格好の練習場だ。
もし颯爽と倒して通り過ぎたなら、新人達のやる気を削いでしまう。シーク達は出来るだけ弱いモンスターをそのままにして進んでいた。
「山ァ~はァ~、陽の照りながらァ~雲は裂けェ~(ハァヨイショッ)」
「土くれェ~のォ~挟間にィ~、緑燃ゆる~ゥ(イヤッサァ)」
「耐えしのびィ~人はァ~、声のォ~木霊するゥ~先ィ~(ハァイヤサッサァ)」
「深雪ォ~踏みィ~祈りをォ~捧ぐ~ゥ(ア~~ハイヤッ)」
バルドルとケルベロスはご機嫌だ。最近倒したのははぐれミノタウロスくらいで、あまり活躍が出来ていない。けれど、イサラ村に着けばモンスターと戦うことが出来る。武器達は待ちきれないのだ。
「あんたら、相変わらず上手に唄うねえ。あたしはさっぱりやけ、羨ましかねえ」
「……えっ? グングニル、今何って言った?」
「上手で羨ましいっち言うたよ。何かおかしいかね」
「いや……まあ、人前で堂々と唄えるのは羨ましい……っちゃあ羨ましいかな」
そんな一行は5日と少し歩いた所でイサラ村に辿り着いた。まだ肌寒いイサラ村は、相変わらず色とりどりの屋根の色が青空に映えて綺麗だ。
「ああ、あの赤い窓枠のお店! 綺麗なガラスのコップを売っていたわ。いいなあ」
「あの髪飾り、お嬢によう似合いそうやねえ」
「バスターになってちょっと寂しく思うのって、自分用のお土産が全く買えないことだよな」
「俺なんて、アスタ村やギリングにないものは何でも目移りするよ。どこかに定住する事があれば、どんな物を飾ろうとか、どこの町のような家にしようとか、そんな事を考えちゃう」
考えても仕方ない些細な願望を話しながら、急な階段を登りつつ村の中を進んでいく。秋には一度宿泊を断られた、あのバスター用の宿屋が見えてきた。
やはりホテルに泊まるのは気が引けるようだ。
「……今日は泊まれるよね」
「宿泊費には余裕があるし、明日1日を情報収集にしてもいいわね。2日泊まる?」
「ええ~!?」
「ええ~って何だよ、バルドル」
「こうさ、腕慣らしにイエティを倒したいだとか! 獣がお好みなら巨大狼のノールを倒したいだとか! そういう息抜きが必要だと思わないかい?」
「えっ、それ息抜き?」
バルドルは早速モンスター退治が出来ると思っていた。ヒュドラ退治まで特にその予定がない事を知ってガッカリしている。グングニルもケルベロスも何も言わないが、恐らくは同じ心境だ。
「聞き込みする中で、もしモンスターの話が出てきたら倒す。それでいいだろ? ったく、我儘な武器共だぜ」
「よっしゃ! 流石ゼスタ! ん~待ち焦がれるねえ、武器震いがするぜ!」
「一回くらい震えてみろ。調子がいい奴だ」
シーク達は宿屋に入り、少し考えたが3人1部屋で2泊したいと申し出た。
「2泊……ああ、空いているよ。記帳……ちょっと待った、あんたらイグニスタ、ユレイナス、ユノーの3人組だろ!?」
「ええ、そうだけど。以前にも泊まった事があるわ」
宿屋の主人は慌てて記帳のノートを閉じ、書いては駄目だとジェスチャーする。まさか出入り禁止なのかとショックを受けるシーク達に、店主は小声で話しだした。
「色んな伝手で知っているよ、魔王教徒ってのがいて、あんたらが追い払ったって。実は、ギリングを襲ったというゴーレムを連れた奴を、村人が何人も目撃していたんだ」
「……やっぱり、この山脈を越えて来たんだ」
「そいつらは行きだけこの村に泊まったんだ。ここでもホテルでもなく、もう1つの宿屋の方だ。怪しいからって噂になって、後から魔王教徒だったと知った」
主人はとびきりの情報だとでも言いたそうに声をひそめる。シーク達はそれが記帳しては駄目な事と、どう関係があるのかを尋ねた。
「あの、泊まっちゃ駄目ってことですか?」
「そうじゃないんだ。次に魔王教徒が来た時、あんたらの名前があったら動向を掴まれる。奴ら、宿泊者名簿の名前をペラペラ捲って確認していたそうだ」
「成程……」
「各町村に、あんたらの名前は記帳させないようお達しが出てる。あのゴウン・スタイナーのパーティーもそうだ。だからあんたらは記帳させずに泊める」
「分かりました」
主人は「勲章持ちの騎士を泊めるような宿じゃないんだが」と苦笑いする。シーク達はここがいいと笑いながら鍵を受け取り、一番奥の部屋へと向かった。
「やっと装備を脱げるわ! あー足が痛い」
「一応掛けとこうか、ケア!」
「有難う。私、先にお風呂行ってくるわ」
ビアンカはグングニルを拭き上げた後、風呂へと向かう。シークとゼスタは武器の手入れが終わった後、ベッドで仰向けに倒れていた。
「ゴウンさん達、今頃どうしてるんだろうな」
「ん~、先月はまだムゲン自治区にいたよね。俺達、向こうに行かなくていいのかな」
「4魔退治を後回しにする訳にもいかねえよ。俺達だって、今回は完全に3人だけで戦わないといけない」
「キマイラの時はリディカさんやレイダーさん、メデューサの時はシャルナクがいたもんね」
ヒュドラは今までの4魔とは比べ物にならないほど大きいという。頭が幾つかに分かれ、炎を吐き、体は堅い鱗で覆われている。今回も共鳴ありきの戦いになりそうだ。
魔王教徒への警戒も怠る訳にはいかない。ヒュドラの居場所は魔王教徒も調べがついてるかもしれない。戦闘中に狙われる事だってあり得る。
「シーク、まだ日が沈むまでに時間があると思うのだけれど」
「ん? そうだね、何か用事でもあるのかい? バルドル」
「イエティの1体くらいなら……倒しに行けるんじゃないかなって」
「却下」
「おっと、聖剣のお願いをバッサリと斬り捨てたね」
5日歩き続け、そのままオレンジ等級のモンスターを狩りに行くのは流石にきつい。ビアンカもサッパリとした後、戦うつもりはないだろう。
「明日はしっかり戦う。それに、今日はグリムホース革クロスで拭き上げたじゃないか。バルドルは天鳥の羽毛マットから持ち上げられて、見つかるか分からないモンスターを探しに行きたいかい」
「む、そう言われるとこの状況も捨てがたい」
バルドルは鞘から出されて天鳥の羽毛カバーに入れられ、更に羽毛マットに挟まれている。一方、ケルベロスは新しく貰ったザックーム製の鞘の中に片方、もう片方が天鳥の羽毛マットにくるまっていた。2倍心地よいらしい。
「ベッドの上で寝るのが贅沢だと思うなんてな」
「うん。ヒールで体力は戻るけど、蓄積された疲労の回復は別だからね。こうしてゆっくり寝られないとやっぱりきつい」
のんびりしている間にビアンカが戻ってきて、シークとゼスタが入れ替わりで風呂に向かう。3人一緒の部屋に泊まるのも当たり前となっていて、恥じらっていた1年前が嘘のようだ。
「ゼスタ、ゴツくなったね」
「そうだなあ。片手で思いっきりぶった斬るには、やっぱ腕の力も必要だと思うし」
「俺は……魔力とか、ちゃんと育ってるのかな。体は随分ソードに追いついてきたと思うんだけど」
「まあ、全体的に細いけど……シークのその腕とか胸板見て、魔法使いと思う奴はいないだろうな。おお、腕硬いじゃん」
1年間がむしゃらにやってきて、変わったのが体型だけとは思っていない。気持ちも随分と変わったつもりだった。技も覚え、戦闘にも慣れた。
それでも、シークもゼスタもまだ何か足りていないような気がしていた。
「ビアンカも変わったよね。経験の差を考慮しても、試合したらベテランすら薙ぎ倒しそう」
「あいつ槍と一緒で真っ直ぐだからな。技にそれが現れてる。今じゃ社長令嬢って名乗る方が無理あるぜ」
「それくらい、強くて頼りになるよね」
「ああ。つまり、そういう事」