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【chit-chat 3】

 


 * * * * * * * * *




【chit-chat 3】



 窓の外の光に目を細めながら、気持ちよさそうに背伸びをする1人の若い女性がいた。


 丈夫な生地に白と黒の水玉模様が目を惹く、お洒落な袖なしのワンピース、足元は黒いハイヒール。女性は銀色の髪に良く似合う、ワインレッドのつばが広いハットを被ると、小さなショルダーバッグを脇に持った。


「久しぶりのお洒落! お化粧も今日はばっちりだと思うの」


「似合っとる。可愛いばい」


「ふふっ、ありがと。ちょっとお父様とお母様に挨拶してくるわ」


 女性はどこからか聞こえた訛りのある声に返事をし、ふんわりと品のある笑顔を室内に向けた。ドアの取っ手を持つ掌には、可憐な女性には似合わないタコが出来ていた。


 部屋の大きな扉を開けると、目の前には広過ぎて、そして長すぎる廊下があった。綺麗な花や、人が両手を広げたほどに大きな絵画が飾られている。大きな窓がいくつかあり、黒い絨毯に女性の影を映し出す。


 侍女2人とすれ違い、広くゆるやかで長い階段を降りた後、女性はすぐ左手にある、背丈の倍程もある大きな両開きの扉の右を開いた。


「お父様、お母様……あら、お父様はもう出勤なさったの?」


「ええ、今日はお祝いの日ですもの。お父様が向かう前から、もうキャラバンが殺到しているそうですよ」


「毎年この時期は大変ね。お仕事を増やしてしまった気分だわ」


「あなたのためなら父も母も、どんな事だって喜んでしますよ。もう広場に向かうのかしら?」


 女性に良く似た顔の母親は、クリーム色のローブのような服を着て穏やかに微笑む。この部屋は食事をするための部屋らしい。食事を終えた後の食器を厨房へと運んでいる。


 とてものんびりした口調、それにとても大きな部屋に優雅な服装。誰の目にも裕福、いや大富豪であることが分かる。


「ええ、約束の時間に遅れてしまうもの。2人とも、今日は上等なスーツに革靴を準備しているんですって。楽しみだわ」


「あとで母も覗いてみようと思っているのよ」


「是非いらして。それでは行ってまいります、お母様」


 上品な女性は母親にニッコリと笑って手を振り、そしてまた2階の自室へと戻った。


「ご挨拶して来たわ。行きましょ」


 女性はベッドの横の何かに声を掛ける。そのまま窓際に置かれた長いテーブルの上から、フラッグが取り付けられた長い棒……いや、槍を両手で持ち上げた。


「バルンストックの保護カバーが貰えるなんて、夢のようばい」


「似合うといいんだけど……うん、ピッタリ! 素敵よ」


 上品な装いに、屈強な槍。その様子に似合うも何もないと思うのだが、どこからか聞こえてくる声との会話は、それを全く気にしていない。


 コツコツと鳴るハイヒールの音が階段を下り、執事の男が大きな玄関の扉を開く。


「行ってらっしゃいませ、お嬢様」


「ええ、行ってまいります。あとでお母様を連れて来ていただけるかしら」


「かしこまりました。奥様と共に勇姿を拝見いたしましょう」


 広い庭の中を石畳の道が1本通っている。歩いたなら門まで1分では付かないだろう。その道の真ん中には、スーツを着た青年が2人立って待っていた。


「お、洒落た格好じゃねえか。久しぶりにお嬢様って姿だな」


「装備を着ている時とは全然違うね。似合ってるよ、あ、その……装備も似合ってるんだけど」


「ありがと。フフッ、2人ともスーツに着られてるって笑ってあげるつもりだったのに、案外似合ってるわね。かっこいいじゃない」


「期待を裏切る事が出来て良かった。さ、行こう」


 女性はなかなかの好青年2人と共に歩き出す。どうやら気心が知れた間柄の様だ。


 グレーのスーツを着た黒髪の青年の背には黒い鞘に入った剣、白金の髪を立て紺色のスーツを着た青年の両脇には双剣が見える。


 スーツに剣、ワンピースに槍。一体どんな組み合わせなのかと首を傾げたくなるも、3人には当然の装いなのだろうか。


 ……と思えば、やはり今日は特別なようだ。


「やっぱりワンピースに槍って、すっごい違和感だね」


「だよな。流石にそこまでお洒落して、槍を背負ってるってのはシュールだぜ」


「いいじゃない! これが私のスタイルなの! ね? グングニル」


「お嬢は自分をしっかり貫いとると。そげん言うとやったら、お嬢の代わりに持ってくれてもいいんばい?」


 2人の青年といる「お嬢」は、母親との会話に比べて随分と口調が軽い。声の主が人数より多いような気がするが、楽しそうだ。


「おっと、この晴れ舞台に僕以外の武器を持つなんて駄目だからね」


「はあ。バルドルってば朝からこんな調子。魔術書も家に置いて来させられたんだ」


「おい、2人とも早くしないと遅れるぜ」


「俺っちは冥剣として、どうにも『聖人式』ってネーミングがいけすかないんだよなあ」


 聖人式とは、バスターになって3年目に行われる、バスター協会主催の祝賀会の事だ。3人はこれからそれに出席する。ならば武器を持っている事も不思議ではない。


「馬車拾うぜ。……って、ビアンカ、帽子の向きおかしくねえか? 薔薇が真ん前に来てるぞ」


「えっ!? どうしよ、シーク向き見て? って、シーク、革靴の紐が」


「おっと、すぐ解けるんだよこれ。あっ、ゼスタ……チャックが」


「へっ!? うわ恥ずかしい!」


 着なれない服に着られた3人は、その場でゴタゴタした後、早足で通りへと向かい馬車に乗り込んだ。馬車の窓からはみ出た槍が、括りつけられたフラッグを翻す。


 その旗に描かれているのは立てられた聖剣、その両脇に描かれた冥剣、そして右上から斜めに突き刺すように描かれた魔槍。


 この聖人式に合わせ、女性……つまりビアンカが特注で職人に作らせた旗だ。


「いつか炎弓アルジュナと炎剣アレスも加えたいところだな」


「テュールも入れちゃらんかね。立派な鎌になっとる」


「バスターの旗に……農具。フフッ、それもいいかもね。全部揃ったらそうしましょ」


 その旗が後にギリングのバスター管理所のシンボルになる事など、3人と3組の武器達は、まだ知る由もない。




【chit-chat 3】少女はお洒落な装いでにこやかに槍を携える……仲間達と共に。

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