GO ROUND‐08
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朝になり、シーク達はゆっくりと目を覚ました。
まるで激しい戦闘などなかったかのように鳥がさえずり、白いレースのカーテン越しに暖かな日差しが注ぎ込む。
バルドルとケルベロスは、夜のうちにそれぞれの持ち主の枕元に戻された。武器達はシークが目覚めた時にもまだぐっすりと眠っていた。
「ん~……おはよう、バルドル。あれ、もしかして寝てる?」
「……ああ、おはようシーク。僕より早く起きるなんて珍しいね」
「俺が起きている間にバルドルが眠ってるのは初めてかも」
「寝相がいいでしょ。僕だってちゃんと休んで自己回復しないと、金属疲労とアダマンタイト疲労が怖いからね」
「いや、動けないじゃん……アダマンタイト疲労?」
寝起きにしてはしっかりした会話のやり取りだ。シークとバルドルの声で、他の皆も目を覚ます。
「そういえば、昨日はきちんと綺麗に洗ってあげられなかったね。平気かい、バルドル」
「うん、でもムズムズする」
「水は冷たいけど、今から洗っちゃおうか」
「それは嬉しい。その……もし良ければ、その後は新しい革で拭いてもらっても?」
「いいよ。新品はあと2枚持ってるし、ご褒美」
シークがバルドルを井戸の横に立てかけ、手入れ用品を手に抱えて戻ってくる。昨日は気力切れで、全員が武器達の手入れを出来ていない。
3人が仲良く手入れをしている間、外ではもう村人達が忙しなく行き交っていた。
「ゼスタ、そこ、あー違う、もうちょっと右だ。あーそこそこ! ん~さっぱりするぜ」
「お客さん、痒い所はありませんか?」
「いや、痒いところは別にねえかな」
「お前、こういう時は床屋ごっこに付き合えよ」
「あ? 髪切るのか? いいぜ」
ゼスタとケルベロスも、シークとバルドルのような会話をしながら手入れを楽しんでいる。1本を洗っている間、もう1本を洗ってもらうのが待ちきれないらしい。ゼスタが進行状況をそろえると、ようやく大人しくなった。
その隣では、ビアンカがグングニルをとても豪快に洗っていた。
「お前、え、ブラシで洗ってんのか!?」
「そうよ? 柄の部分だけね。流石に旅の途中だと拭くだけになっちゃうけど」
「もうちょい丁寧に扱ってやれよ……大丈夫なのか?」
ビアンカは洗浄剤を手の平サイズのブラシに付け、グングニルをゴシゴシと磨いている。専用のタオルで優しく洗われているバルドル達に比べ、少々手洗い。
だが、グングニルはこれが気に入っているらしい。柄の部分はしなりが利くよう、アダマンタイトを混ぜた特別なオリハルコン合金が使われており、矛先はアダマンタイト99%。ブラシで擦ったくらいでは傷付かない。
「柄の部分はゴシゴシっちされるのが気持ちいいんよ。そげんふわーっちした洗い方で満足出来るかね。みてごらん、ピカピカばい」
「いや、グングニルがそれでいいなら……別に言う事はねえけど」
「あたしにとっては人間でいうマッサージたい。自分の中の力が綺麗に流れていきよるごとある」
シークとゼスタはバルドルとケルベロスにブラシでの手入れを提案したが、それはきっぱりと断られた。
「おはよう、体調は戻ったようだね」
「あ、ゴウンさん! おはようございます」
3人がおおよそ手入れを終わらせた頃、ゴウン達がやって来た。
「村の人達が朝食の炊き出しをしてくれるそうだ。ご厚意に甘えないかい」
「そういえば、昨日はスープだけだったよね。私お腹すいちゃった」
「綺麗に拭いてあげたら行こうか」
「鞘も洗ってくれる……よね?」
バルドルは心配そうな顔……は出来ないので、声色で不安を伝える。
「仰せのままに。でも暫く乾かさないといけないから、そのまま天鳥の羽毛マットに横になっててよ」
「それは喜んで」
シーク達は全員で広場へと向かう。空は晴れ、悲壮な雰囲気は昨日ほどではない。まだ炭の臭いが消えていない村の中、次第に鶏のスープの匂いが漂い始める。
ある程度人数が集まると、木の器に入れられたスープと、小麦で作った茶色いパンが配られ始めた。器は皆同じではないらしい。持ち寄ったのだろう。
「有難うございます、いただきます」
シーク達も並んで受け取り、少し離れた所で地面に座って食事を始めた。しばらくして列が途切れたところで1人の若い短髪の男が立ち上がる。
男はその場の皆に「少し聞いてくれ」と声を掛けた。
「皆、俺達はこの村の大半を失った。何十人と死者が出た。俺の親父も……まだ見つかっていない。惨劇、これは、惨劇だ」
そう言いつつ、男は下を向いて一度深呼吸をする。周囲からはすすり泣く声も聞こえる。
「だが! この村はまだ全てを失った訳じゃない! 生き残った俺達は、これからも生きなきゃいけない! 死者の火葬も、倒壊した家屋の撤去や再建も、全部、今からやらなきゃいけないんだ!」
男の言葉に、その場にいる者達はじっと聞き入っていた。
「悲しみを背負いたければどれだけでも背負えばいい! けれど、まず、俺達はそれより何より先にしなくちゃいけないことがある!」
そう言った後、男はシーク達の方へと向き、腰を90度に折って頭を下げた。
「勇敢なバスターの方々! 我々にこの村、そして故人達の人生を語り継ぐ使命を、全てを、残して下さって有難うございました!」
男に続いて村人達も立ち上がり、同じように頭を下げて礼を述べる。
シーク達もつられて思わず頭を下げてしまう。感謝される事に全く慣れていない様子がどう見えているかは分からないが、早く何か返事をした方がいい。
ゴウンがそれを察し、シークの背後から脇の下に手を回して、その場に立つように促した。代表してシークが何か言えという事らしい。
普段から注目されているのに、注目される事に慣れていない。シークは恥ずかしそうに頭を掻いて1度頭を下げた。
「あの、その……もっと早くこの村に来ていればと悔しくも思いますけど、皆さんがこれからその……えっと」
上手く言葉が出ないシークの様子に、村人はこんな普通の少年が村を守ってくれたのかと驚いていた。
殆どの村人はシーク達が戦う様子を見ていない。救助に駆け回っていたゴウン達が倒したと思っていたくらいだ。
「その……村を復興させて、村を……みんなを、いつか誇りに思える日が来る事を、心から願っています」
シークがそう言って頭をもう一度下げると同時に、ビアンカとゼスタも立ち上がって頭を下げた。
「あ、そうだ、バルドル!」
直後、ビアンカが閃いたとでも言うようにシークへと顔を向けた。この村を一番守りたかったのはバルドルだ。シークが頷いて走りだすのを見届けながら、ビアンカはシークの言葉の続きを代わった。
こんな時、ビアンカは肝が据わっていて頼りになる。
「あの! この村を救おうと頑張ったのは、私達だけじゃないんです! この村の事を……300年前からずっと気にかけていた仲間がいるんです」
「300年? 300年とは一体どういう事ですか?」
村人達は言葉の意味が分からず、300年が何を指すのかを聞き返す。
「この世界で300年前、魔王アークドラゴンが暴れはじめた時……この村に勇者ディーゴが立ち寄った事をご存知ですか?」
「ああ、それなら語り継がれているよ」
「勇者ディーゴと勇者デクスが2人して立ち寄ったと。その後、別の大陸で強敵をやっつけ、新しい仲間を引き連れて戻り、暴れ狂う化け獅子を倒したのです」
「人間の言葉を話す不思議で強靭な武器と共に、勇敢にも立ち向かっていったと」
口々に当時の伝承を話して聞かせる村人達に、ビアンカは力強く頷いて話を続けた。
「私達、その勇者ディーゴのパーティーが使っていた伝説の武器と、一緒に旅をしているんです。出来れば……労いは私達じゃなくて彼らにお願いできませんか」