discipline‐07
ルフはスマウグに気付き、ギリギリで避けようと動いた。ビアンカの攻撃は僅かに急所から外れ、翼の右付け根を抉る。
ルフは羽ばたいて急ブレーキをかけ、体制を立て直すために上空を旋回し始める。その姿は巨大な鷲ワシそっくりだ。
しかしビアンカの強烈な一撃を喰らったせいか、その羽ばたきはぎこちない。十分に高度を保てないまま徐々に地表に吸い寄せられている。ビアンカの初撃は期待以上だ。
他の遠距離攻撃となれば、投擲か、更に高く跳ぶ必要がある。それでも下から突き上げる技の「黒点破」、もしくは上から突き刺す「アンカースピア」しかない。投擲以外はせいぜい気力で跳べて10メーテまでだ。
ビアンカの遠距離攻撃「スマウグ」は、パーティーの要として十分機能している。
「業火乱舞を喰らわせたいところだけど、もうちょっと高度が下がらないと届かねえ! シーク!」
「うん! バルドルいくよ」
「早速披露できるなんて『武器震い』がするよ」
全然震えてなどいないバルドルを構え、シークはバルドルに魔力を込める。気力が溢れているかを気にしていると、バルドルが「いけるよ」と声を掛けて安心させる。
シークはニッと口元で笑みを作った。バルドルの刀身は魔力を纏い、淡い緑に光るい。
「いくぞ……エアリアルソード!」
「新しい技名を付けてみたらどうだい?」
「あとで……ねっ!」
シークからの殺気を感じたのか、ルフは黒く大きな翼で方向転換を試みた。だが、丸々と太い胴体で避けるには遅過ぎた。
ルフの体は裂け、右の翼は半分を失った。もう羽ばたきを増やしても旋回をする事はできない。
しかし、おとなしく退治されないのがモンスターだ。回避不可能と判断したのか、それとも一矢報いるつもりなのか、シークへと狙いを定め、落下するように向かってくる。
「キェェェッ!」
「ファイアーボール!」
「あぁっ! ファイアーソードを使ってくれたらよかったのに! 酷いよシーク!」
「あっ……ごめん、つい」
シークがバルドルを構え直し、太陽を背にしようと少し位置を変える。もうルフの目にはシークしか映っていない。黒い翼を畳み、弾丸のように体を縮め、そのまま嘴で刺し、押し潰すつもりだろう。
「ゼスタ、今だ!」
「おう! 業火乱舞!」
「ゼスタ! その後双竜斬を畳み掛けろ!」
ゼスタは自分の跳躍で届く高さを瞬時に計算し、業火乱舞を繰り出した。もうルフに避ける手段はない。
斬撃を炎に変えるゼスタと、器用にその力を操るケルベロスの連携は絶妙だった。斬る瞬間、気力の炎がルフの傷口を更に深いものにしていく。
「バルドル、すぐ避けて地面に落ちる瞬間ファイアーソードで!」
「りょーかい。3、2、1……」
シークが2歩ほど避け、振り向きの遠心力を使ってバルドルを水平に振り切った。バルドルがそれに合わせてシークの気力を引っ張り出す。
「ファイアーソード!」
「合わせるわ! アンカースピア!」
ビアンカもシークのタイミングに合わせて跳び上がり、グングニルを振りかざした。全体重をかけ、更に渾身の気力を込めたビアンカのアンカースピアは、ルフの脳天に深く突き刺さる。
3人はこのまま一気に倒せると思っていた。
だがルフは耳を貫くような鳴き声を上げて最後の抵抗を試みた。シーク達は突然の事で耳を塞ぐ事も出来ずに怯んでしまう。
「くっ……耳が!」
シーク達が耳を押さえている間、ルフは重い胴体を踏ん張って起こす。
グングニルが突き刺さった部分からは、鮮血が溢れ出ている。ゼスタが切り刻んだ胴体は羽毛と一緒に皮膚までも抉り、ピンク色の肉が血に濡れている。
それでもルフ時折血を噴き上げながら、お構いなしに暴れ狂っていた。
「おいビアンカ、まだ動くぞ、一旦退け!」
「ここで退くなんて出来ないわ! 維持するから……やっちゃって!」
「うおっ!?」
「ゼスタ!!」
ルフは近寄ったゼスタを翼で叩き飛ばした。地に落ちたとはいえ、元々巨体を浮かせることが出来るだけの力を持っているのだ。
地上で暴れ回っても脅威となるからこそ、家が壊され、人が攫われるような事件まで起きている。強いだけでなく、やっかいなのだ。
ビアンカもグングニルを放すまいとしがみ付くのに必死で攻撃どころではない。
「大丈夫……だ、くっそ、プロテクト掛けてくれ! 次は耐える!」
「分かった! プロテクト! ヒールは大丈夫か!?」
「大丈夫だ! ビアンカ、手を放すなよ!」
「分かってる……けど、はやく!」
ルフは頭部を突き刺された状態でもなお暴れ続ける。ビアンカはグングニルを突き刺したまま回転させるように捻り、動きを止めようとしていた。
ルフが血を吐くせいで、晩秋の草の絨毯が赤く染まる。
「キエェェェ!」
「2度も怯むか……っての! ファイアーボール!」
「キエエじゃないわよ、こんの……じっとしてなさい!」
「ブルクラッシュ! ビアンカ体勢を!」
「有難う! 破ァァァ……エイミング!」
ルフは翼と足の爪で、シーク達を寄せ付けまいと暴れる。そんな近寄れないと判断した時は遠距離攻撃だ。シークが魔法と斬撃を間髪入れずに畳み掛ける。
一瞬止まったその隙に、ビアンカはグングニルを刺したまま強引にエイミングを放つ。
「もう一度……ファイアーボール! ゼスタぁ!」
「とどめェェ! 剣閃!」
「キュ……グフッ……」
ルフは頭部を押さえつけられたまま、持ち上げる事が出来ない。目一杯広げた翼をバタバタと動かしながら、シークが放った火竜で体を包まれる。
ルフは体を焼かれる痛みと熱さで、翼をピンとのばしたまま体を仰け反らせた。その直後、ゼスタの剣閃で首を斬り落とされ、絶命した。
「ハァ、ハァ、同じオレンジランクでも、イエティクラスとは大違いね」
「あ~……骨折れるかと思った。しかし業火乱舞の威力はすげえな、自分で驚いたぜ。技を放ってる間、一撃一撃がルフを押さえ付けてんじゃねえかってくらい重いのが自分でも分かった」
「ビアンカのスマウグも凄い威力だったね。あの太いルフの体が丸く抉れてた。あの高さまで届くなら、弓使いより強い遠距離攻撃かも」
「私より驚きなのはシークとゼスタよ。何が起こったか分からないうちにルフが血を噴き上げだして、あの太い首を落としちゃんうだから」
「ゼスタの攻撃、確かに凄い威力だよね。双剣って手数で圧して、敵を翻弄するのが役目と聞いたことがあるのに」
ゼスタはシークとビアンカから絶賛され、思わず目元に皺が寄る。
彼はこの3人の中で自分が一番非力だと思っていた。照れくさそうにうなじ辺りをさすりながら笑みをこぼす。
今までシークに何とかしてもらう場面が多かったが、今回はゼスタが止めを刺したのだ。
今ゼスタ自身がルフの死体を見ても、よくこの首を落とせたなと思う程。シークとビアンカがお世辞で褒めているのではない事くらい、ちゃんと分かっていた。
「……俺、なんか、さ。2人に置いていかれないようにってちょっと……焦ってたんだ」
「え? いやいや私なんて、グングニルがなかったら完全にお荷物! だから毎日緊張してるし、ゼスタもシークも私から見たら天才の域だわ」
「俺こそバルドルがなかったら何にも出来ないよ。魔法が使えるってだけだし、剣術は我流。魔術書だっていつ買えたことか。ビアンカとゼスタがいてくれなきゃ、こうはなれなかった」
「それと僕、だね」
「そうだね、バルドルも」
3人とも、それぞれが不安だった事に気付いた。
「気にする必要なかったんだな」
「なーんだ、私だけ遅れてる、どうしようなんて思ってたのに」
「やっぱりさ、誰かが凄い技を決めると焦っちゃうよね」
3人は大声で一斉に笑う。
3人は互いにしっかり認め合っていた。自分を認めていないのは自分だけだったのだ。