discipline‐06
バルドルはシークの体を共鳴で2度借りた。それはシークが魔力や気力を込めるのとは逆で、バルドルがシークの中へと流れ込んでいくものだ。
けれど、シークが「引っ張り出してくれ」と言った事で、バルドルもハッとした。「手がないのだけれど、どうすればいいのか伺っても?」といつもの調子で返事するのも忘れ、珍しく驚きで固まっていたくらいだ。
元々固まっているとしても。
どちらかに完全に偏る必要はない。シークがバルドルに魔力を込め、バルドルはシークの気力を引っ張り出す。そうすれば魔力と気力使った攻撃を繰り出せる。
「……なんだか、出来そうな気がしているんだ。俺の手まで気力が来ているかな」
「いや、全然」
「あのさ、『もうちょっとかも』と言ってくれてもいいじゃないか。励ましたりとか……バルドルってば冷たいんだから」
「おっと『剣聞き』の悪い事を言ってくれるね、シーク。僕を噓つきに仕立てあげる気なら、その左手には乗らないよ」
「まあ、ブレないって点では信用出来る……か」
シークはもう一度、気力を探って集中する。これを戦闘では瞬時に行わなければならないというのだから、完成までの道のりは果てしないものに思える。
ところが、バルドルはそう思っていなかった。自分の仮説を検証するため、シークに1つ提案をする。
「君の魔力を僕に流してくれないかい。やってみたいことがあるんだ」
「魔力? でも俺は気力をコントロール出来ないし、魔力を優先させたら尚更君に気力を流し込めないよ」
「やってみるだけさ。いつものように魔法剣を放ってくれたらいいんだ。魔法剣を撃つ時、気力自体は体から少し溢れているからね」
「じゃあ、素振りになっちゃうけど、いくよバルドル」
シークはバルドルの狙いを理解できないまま、バルドルを正面に構え、そして振り上げた。
「……いくぞ! ファイアーソード!」
振り上げた瞬間、バルドルの刀身は赤く燃え上がり、いつものファイアーソードの状態になる。シークはそのまま一気にバルドルを振り下ろし、燃え盛る刃が空中を斬り付けた……はずだった。
「えっ!?」
「わお、大成功だね」
「いや、えっ? ちょっと待って、わわわ草が燃えて火事になる!」
シークの目の前では、風圧が届いたであろう範囲の草が一直線に燃えていた。
ビアンカとゼスタも、突然の出来事に目を丸くしている。シークとバルドルが何かを喋りながら練習を再開したな……くらいの気持ちでなんとなく見守っていたのだから、無理もない。
シークは慌ててアクアを唱え、その一筋だけの火災を消した。
「今の何だ? 魔法剣か?」
「もしかして炎の刃であの距離まで斬ったってこと?」
「ごめん、撃った俺が分からない、バルドル……今何かした?」
「うん、何かしたよ。試しにもう一度、別の魔法剣を撃ってみてよ。それが成功したら説明しよう」
シークはもう一度バルドルを構え、同じように魔法剣を発動させた。
「エアリアルソード!」
今度は軽いトスッと鳴る音が地面から聞こえた。シークの目の前には、草と地面の上にできた1筋の切れ目がある。
「やっぱり……出来た、よね?」
「成功だよシーク。よければ僕の考えた秘策を話しても?」
「うん、お願い」
もし顔があったなら、きっとバルドルはニヤニヤしていただろう。
理由の1つは自分の仮説が正しかったという自慢。もう1つは、シークがバルドル無しでは戦えない理由がまた1つ増え、更にかけがえのない存在になれたからだ。
「魔力を使うと、その分君の中に空きが出るんだ」
「ああ、なんだかそんな事を言ってたね」
「そこで、僕が代わりに君の中に入っていくんだ。そうして、僕が君の体の中で制御出来ていない気力を引っ張ってきて、君の気力と魔力を合体させる」
「そうか、共鳴みたいな感じだね! さっきの斬撃は気力と魔力をきちんと使った状態って事か!」
「そういうこと」
シークは喜んで飛び跳ねた。自分だけの力ではないが、とうとう気力を乗せた正真正銘の剣技を繰り出す事が出来たのだ。
決定打に欠けていたシークの攻撃が強化されれば、パーティーの戦力も格段に上がる。
「有難うバルドル! 不甲斐ないけど君があればまだまだ戦える。魔法を鍛える余裕も出来るよ」
「シークに僕、だね」
「それは鬼に金棒、ってことか」
シークはようやく魔法剣士として覚醒した。鞘から出したままのバルドルに抱きついている様子は、普段のシークからは想像もできない。それほどまでに嬉しかったのだ。
「シーク、全力で喜ぶ君の姿は僕としても嬉しいのだけれど、刃には気を付けておくれ。自慢だけれどよく切れるんだ」
「さあ、私達も追いつかれないように特訓ね!」
「おう、俺達だって気力の質と量は負けてないからな」
自分達に魔力はないが、技を繰り出すことに関しては上だという自負がある。それをケルベロスやグングニルも認めてくれている。
ライバルが更に強くなったからと言って、自分が弱くなった訳ではない。自信を喪失している場合ではないのだ。
「ねえグングニル、さっきのバルドルが言った方法って、私達でも出来る? 私の気力をグングニルが更に引き出してくれたら」
「……そればい! それなら出来る! でも2倍消耗するっちいう事を忘れたらいけんよ。気力そのものを増やさな戦い続ける事は出来んよ」
「ケルベロス。業火乱舞の時、俺の気力をケルベロスが制御してくれないか。俺も勿論自力で出来るように練習するけど」
「そうだな、いいぜ。ゼスタが気力を燃やすつもりで放っても、俺っちが必要ない所だけ止めてやる。さっそくやってみるか!」
ビアンカとゼスタも立ち上がり、そして技の練習を再開する。
グングニルを構えたビアンカと、ケルベロスを構えたゼスタが互いに目を合わせて頷く。どちらが先に自分のものにするか、競い合うように技を放ち始めた。
「破ァァ……いっけぇ! 魔槍!」
「業火……乱舞!」
ビアンカが気力を練り合わせ、グングニルから大砲のように空高く放つ。その際、グングニルは攻撃を強化する為、ビアンカの中から気力を引き出して技に乗せる。
一方、ゼスタは気力でケルベロスの刀身を燃やし、素早い斬撃を繰り出していた。それをケルベロスが巧みに制御する事で、本来あるべき業火乱舞に仕上がっていく。
「凄い! 2人共あんな高難易度の技を……俺ももっと難易度の高い技を習得しないと」
「魔法剣だって難易度の高い優れた技だよシーク。僕と君に勝るものはないね。おっと、南の空を見てごらん」
シークは南の空を見上げた。やや低い雲が流れる青空の中、自分達よりもはるかに大きな鳥が滑空を始めた所だった。
「……ルフだ」
次第にその姿は大きくなり、爪や大きな嘴も確認出来るほど迫って来る。シークはすぐにビアンカとゼスタを呼んだ。
「ビアンカ! ゼスタ! ルフが現れた! 南の空だ!」
「ルフ!? ……うっわ大きい! でも的にするはちょうどいいわ。グングニル! 今こそ練習の成果を発揮する時よ!」
「よし、お嬢! 一発お見舞いしちゃり!」
「ルフがビアンカの攻撃で高度を下げたら跳ぶぜ。さっきみたいに宜しく頼むぞケルベロス!」
「おうよ、言われなくても!」
ルフは3人めがけて一直線に飛んでくる。ビアンカはルフが急に方向を変えられないと判断して狙いを定め、グングニルが淡く光る程の気力を込める。
グングニルの矛先にその光が集まり、やがて閃光のように明るくなる。次の瞬間、ビアンカの掛け声と同時に光線となってルフへと放たれた。
「スマウグいけェーッ!」
「大丈夫、当たる。さあお嬢、ぼけーっと見とる暇ないばい! 次に何があってもいいようにすぐ構える!」