discipline‐02
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北緯55度のシュトレイ山には初雪が降り、遠くからでもはっきりと確認できる程白くなった。シュトレイ山脈は、もうヒュドラ討伐に行ける環境ではない。
季節は10月。1ヶ月前は暑くて茹だる程だった荒野も、近頃朝夕は長袖でも寒いくらいだ。
シーク達はギリング南西のニータ共和国で、今日も鍛錬を続けていた。高原の草の絨毯はまだ青々としており、肌寒さもちょうど良い。
快晴の空の下、木製の武器がカンカンとぶつかり合う音が響いてる。
「双龍斬の動きは見切ったわ! 次、クロスアタックも混ぜてちょうだい。シークもその間にファイアーボールを挟んで!」
「最後はどっちに撃つか分からないから、自分に来てると判断した方が避けてね」
「おっけ、んじゃあいくぜ!」
ビアンカがフルスイングを放つ間に、ゼスタはビアンカ目掛けて双龍斬を仕掛ける。すぐさまビアンカはその攻撃を長い槍の柄で受け止め、そして後ろに飛び退く。
「ファイアーボール!」
飛び退いたビアンカ目掛け、シークがすかさずファイアーボールを放った。ビアンカは前方に跳躍して避け、そこにまたゼスタがクロスアタックで攻撃を仕掛ける。
ビアンカは狙っていたかのように反撃を繰り出す。槍を手首を使って風車のように回転させる「旋風」という技を放ったところで、ゼスタがバク転して逃げ、剣閃の構えを取った。
「剣閃!」
「破ァァァ……フルスイング!」
「ブルクラッシュ!」
ゼスタの剣閃をしゃがみ込んでかわし、ビアンカがフルスイングを仕掛ける。そこにシークが思いきりブルクラッシュを撃ち込んでいく。
それをゼスタとビアンカが同時に防いだ。一斉に飛び退いた所で、直ぐ近くの岩場から「そこまで」という声が聞こえた。3人はふぅとため息をつき、手に持った木の棒や木刀を下ろす。
「動き自体は3人ともいいね。シーク、最初のファイアーボールを撃つ時、まだ自分が戦闘に入ってない気でいるよ。とても攻撃の隙を狙っているようには見えない」
「確かに、撃ってから攻撃に参加するような心構えになっちゃってた」
「それと、ブルクラッシュを撃つ瞬間に迷っているね。どちらを攻撃しようかと迷っている気持ちが、そのまま威力の弱さに繋がってる」
「そこまでお見通しってことか。そうだね、判断力がまだ足りてない……気をつける」
シークに指摘を投げたのはバルドルだ。岩に立てかけられたバルドルは、シークの動きを広い視野で確認し、どこが具体的に問題なのかを指導していた。
「お嬢はその場をやり過ごすだけになりよるね。動きを見切るだけで、相手を攻撃する気持ちが欠けとる。2人から仕掛けられて精一杯なんは分かるけど、タイミングは完璧やけん、しゃんと攻撃し」
「そうね。防ぐとか、次こういう攻撃が来るなって頭で考え過ぎたわ。シーク、ゼスタ、もう1回お願い」
ビアンカの指摘はグングニルが行っている。グングニルには、先日出来上がった深紅のフラッグが付いていた。自慢の家紋が入ったフラッグは、時折風ではためいている。
予見した通りにしか動けていないと反省するビアンカは、もう一度長い木の棒を握り締めて気合を入れ直した。
「ゼスタ、シークの動きを全然見てねえぞ。最後以外全く攻撃されないって思って油断してんだろ。あと、攻撃は当てにいけ! ビアンカが怪我しねえようにって手加減してちゃ練習になんねえだろ」
「本気でぶつかっていくって難しいな。悪い、手加減とかしてるつもりはねえんだけど……次こそ本気でいく!」
ケルベロスもまた、ゼスタに対して問題点を指摘する。相手がビアンカとシークだと思って油断し、型のおさらい程度の演武になっていることを見抜いていた。
彼らが3人で模擬戦をしているのには理由があった。
最初にネクロマンサーと戦った後、各地で管理所が予算を付け、警察と連携しバスターを警備に当たらせた。
魔王教徒は存在を知られてしまった。シーク達をあからさまに狙い始める可能性もある。
3人は対人戦に慣れていない。相手の戦術次第で負けてしまう可能性もある。モンスターからの攻撃と、人間が放つ攻撃は全く異なり、相手も高度な戦術を用いる。
これからは飛び道具や剣などを防ぎ、かわし、なおかつ反撃できなければならない。死霊術士戦に備え、シーク達の鞄には魔力封じの魔具が入っていた。
「よし、もう一回ビアンカの番で行こうぜ。シーク、魔法を撃つタイミングは任せる。次は俺達の対戦を邪魔するために何でも仕掛けてくれ」
「分かった。魔法を仕掛けるか技を仕掛けるかは予告しないから、常に気を張ってて。俺に反撃するのもアリ」
「私も技名を口にしないで闘うから、ゼスタもシークも私に倒されないようにしてよね!」
「言ってろ、いくぜ!」
ビアンカが初撃から旋風を使い、そこから一点集中の突き、エイミングの型に持ち込む。旋風が瞬時に光速の突きに早変わりした事で、ゼスタが攻撃モーションを中断し、右に避けた。
ゼスタが剣閃を繰り出そうとする所で、今度はシークがアイスバーンを唱えながら参戦だ。
アイスバーンを唱えられ、足元がツルツルとすべる。ビアンカが合わせるようにフルスイングを繰り出す。ゼスタはその一撃をバク転で器用に避けた後、もう一度剣閃を繰り出した。それから姿勢を低くして、相手を十字に斬り刻むクロスソードで飛び掛かる。
「破ァァ!」
「ふんっ……ヤアッ!」
ビアンカが槍の柄でそれを防ぎ、反撃のモーションに移る瞬間。今度はノーマークなシークが袈裟斬りで背後から狙う。
「しまった……!」
「ゼスタ! 相手がやられてるのをボーっと見てる暇ないよ!」
「あっ!」
ビアンカの背後を取った後、シークはビアンカの軽鎧の後ろを斜めに殴った。すぐに自分への攻撃を防ぐように構えつつ、ゼスタにファイアーボールを放ったのだ。
もちろん本気の攻撃ではない。魔力を全く込めていない空気のような一撃だが、被弾したと容易に分かる程度の温度ではあった。
「くっそ、何度やっても2方向からの攻撃には対応できてねえ。シークの奇襲も上手過ぎるけど、もっと大勢を相手にするなら致命的だな」
「私も自分の目の前にいない敵を感じ取るのは厳しいわね。今までどれだけグングニルに助けられてたのか思い知った気分よ」
「さっきビアンカがしまったって言った瞬間、俺の攻撃はまだ当たってなかった。そこでもし足を後ろに蹴り上げられてたら、逆に俺が倒されてたよ」
「あーそっか、体術……! いつも忘れるのよ、あーもう! 自分で気付きたいのに悔しい!」
今シーク達がいる地点の標高は1400メーテ、空気の薄さは動いた時にやや感じる程度だ。もう少し標高の高い所にある村まで行けば、標高2000メーテもある。
軽鎧を着たままで標高800メーテにある町を朝早く出発し、午前中はジョギングなどで基礎体力トレーニング。午後からは受注したクエストのためにモンスターを狩り、余った時間は対戦に回す。
こんなにも研鑽に毎日を費やしているバスターなど他にはいない。
強くならなくても目標を立てなくても、誰に怒られる訳でもない。だからこそ、数年も立てば天と地ほどの差が開いてしまう。
「お金、どれくらい貯まったかしら」
「ビエルゴさんに支払う金がもうじき貯まるくらいか。その倍は稼いでないと別の大陸まで渡れないね」
「君達はいっつもお金に困っているね」
「装備や移動費、それに食費に宿泊費……。クエストのお金は最初から税金分抜かれてるとしても、表彰金とかは年が明けたら税金を払わなくちゃいけない。余裕は全然ないよ」
「稼ぎと練習兼ねるとしたら、明日はオレンジ等級のモンスターに挑戦しようぜ。1人1体で」
「いいね、それ達成したら、雪が降る前に上の集落に移動ってことで!」