evolution-02
バルドルに込められた魔力が開放され、淡い光のカーテンとなって周囲に降り注ぐ。
効果があったのはシークの周囲2~3メーテ以内にいる者だけだった。回復系統の魔法は基礎しか知らず、効果が弱いのだ。これがリディカなら、室内の全員の麻痺が治ったかもしれない。
「君は回復魔法の適正は高くないけれど、魔法を使うセンスはあるね」
「シーク、ごめんアクア唱えてくれ! コップはあるんだけどよ、飲ませる水がなくなっちまった」
「あ、私の方も!」
「それと、あの2人は君を使うセンスがある」
「おとり名人の次に嬉しくないお褒めの言葉、有難う」
シークはバルドルに冷ややかな視線を向け、わざわざバルドルに魔力を込めてアクアを発動する。桶に水を張った後、再びケア・オールを唱えて治療を続けた。
* * * * * * * * *
「本当に、本当に有難うございました。薬草もこんなに沢山……しばらくはこれで凌ぐ事が出来ます。キンパリ村にもすぐに届けさせます」
集会所に集められていた患者を全員治療し終えると、村長をはじめ、治療を受けた者や家族からも涙ながらに感謝された。喜びに湧くその姿は、まるで危機が去ったかのようだ。明日からまた狩りや採掘に行けるという声も聞こえてくる。
シークはそんな楽観的な村人達へ注意するように、これで解決した訳ではない事を伝えた。
「役に立ってよかったです。でも、メデューサを倒さないと事態は終息しませんよね」
「そうですが、ここは農耕だけで生きていけるような土地ではありません。我々の祖先はアルカ山で暮らす狩猟民族です。山の恵みで生きていく道を捨てると、この土地で生きていく事は出来ません」
「メデューサを倒さないと、どのみちまずいって事だ」
「わたしが谷までの地図を持っているし、案内も出来る。ひとまず家に戻ろう、父は後で母と一緒に帰ってくる」
獣人の身体能力は高いものの、高価で強力な武器はおよそ手が出るものではない。だからと言ってメデューサ討伐のバスターを雇う余裕もない。魔法の知識もなく、強敵とまともに戦う手段を知らない。
村長の家に戻ると、3人はすっかり冷めてしまった焼き魚を食べ、山の事を詳しく聞くことにした。シャルナクの地図で方角や距離、そして戦闘に適さない場所などを調べ上げ、ある程度の作戦を立てていく。
「シーク、お前は出来る限りメデューサの視界に入らないように動いてくれ。お前が麻痺したら全滅だ」
「私とゼスタは麻痺を覚悟で飛び込むから、ケアをタイミング良く掛けてくれたらそのまま攻撃出来るわ」
「そんな捨て身みたいな攻撃じゃなくて、もっと何かないかな」
「睨まれないように立ち回るのも限界があるぜ。ゼスタと俺っちで攪乱するにしても、お前らとメデューサの目が合ったら意味ねえし」
「う~ん……」
シークの魔法の威力は今までと段違いだ。おまけに今回はバルドルとケルベロスとグングニルが揃っている。
といってもテュール、アレス、アルジュナはない。代わりにケルベロスがあり、シークの魔法があるという状況は、果たして形勢逆転と言えるのか。
何か勝つための秘策がないかと知恵を絞るが……麻痺耐性を持つ道具などあるはずもない。何を思いついても、常に誰かが麻痺を受けている状況しか作り出すことが出来ない。
「えっと、麻痺を受けない作戦は無理だと思うんだ。それなら、まずはメデューサの目を潰す。それしかないと思う」
「目を潰す、か。そうね、それしかないかも。ねえグングニル、私はアドバイスを貰えたらその通りに動くから、メデューサの目を突く隙を見定めて欲しいの。お願いできないかしら」
「ああ、勿論たい! あたしはずーっと封印されとったんやけ、その鬱憤をこの矛先で晴らさな気が済まん! 嬢ちゃん、『槍情』を分かってくれるね?」
「槍……ああ、人情ね、勿論よ。今度こそ私も活躍する!」
「その意気たい! あたしにまかせり、ばっちり指示しちゃるけん! もう、バルドル坊やとケルベロスちゃんばっかり楽しい思いしてから、なし早よ来てくれんかったんね」
気合があれば何とかなるという作戦に向かい始めたところで、シークとゼスタが慌てて止めに入る。ビアンカもグングニルも、猪突猛進型で似た者同士と言える。
「えっと、最後にメデューサを見かけた場所が……ここだよね。谷はここ、だいぶ距離があるみたいだ。やみくもに歩き回っても見つけられないだろうから、出来れば行動パターンを把握しておきたいね」
「あてもなく探し回っても、骨折り損のくたびれ儲けになるってことだね、シーク」
「そう。だから、もう少し村の人にどこで、何時くらいに遭遇したのかを……あれ、ちょっと待った」
「それとも目星をつけて楽に遭遇する、つまり骨折り儲けのくたびれ損を狙うのかい」
「骨折り儲け……? いや、それって何も反対の意味になってないよね」
バルドルの合いの手に遮られ、シークは何を言おうとしていたのか分からなくなる。村の人に……という言葉をもう一度頭の中で反芻し、シークはそうだった、と頭を振った。
「遭遇したってことは、麻痺させられた人達はメデューサと鉢合わせになったんだよね」
「まあ、当然そうなるな」
「シャルナク、麻痺させられた人達はどうして逃げる事が出来たんだ? 抱えて貰う、運んで貰う、逃げる手段はあると思うけど……メデューサはそれを追って来なかったの?」
「メデューサは体をくねらせたり対象へ振り向くのは早いが、移動するのは遅いんだ。落ち着いて行動すれば歩いても逃げる事が出来る」
「よかった。山だと多分足場も悪いだろうし、走り回らなくていいのは朗報ね」
「勿論、当初は1人で山にいたり、不用意に近づき過ぎて犠牲になる者もいた。けれど大蛇の噂が広まり、それが伝説のメデューサだと分かった後からは、必ず5人以上で動くことにしている。だから助け合いつつ逃げ遅れずに山を下りられたんだ」
「てことは、行動範囲は広いけど……聞き込みしなくても一昨日の場所からそんなに動いていないかも」
段々と目星がついてきて、これからの動きもまとめる事が出来た。最後にメデューサが目撃されたのは、アルカ山への登山口のすぐ近くだ。村とアルカ村の間にある砂漠は苦手なのか、そこまでは追って来ないらしい。
「やあ、皆さん。食事は済みましたか? 妻もようやく家に戻る事が出来ました、ありがとう。こちらは妻のイジラクです」
話し合いの途中で村長が帰ってきた。その後ろには先程チラリと姿を見たシャルナクの母親が立っている。すっかり回復したようだ。
「イジラクです。先程は助けて下さって本当に有難うございました。更にみなさんの手を借りなければならない状況だというのに、何のお礼も出来ませんが……どうかよろしくお願いします」
イジラクはキビウクのようにいかつい体ではなく、見た目はシャルナクに良く似ている。イジラクがシャルナクへと向き直り、そしてリビングに飾ってあった1本の短剣をシャルナクに渡した。
「みなさんを案内すると聞いているわ。しっかりおやりなさい」
「はい。必ず」
「俺達が守るので、安心して下さい」
シーク達はシャルナクをお借りしますと言って装備に着替え、鞄を肩から掛ける。
村長の家の前には多くの獣人が集まっていて、シーク達への感謝なのか激励なのか、それとも崇拝なのか……皆が祈りのようなポーズで手を合わせていた。
そんなむず痒くなるような光景の中、シーク達は困ったように頭を下げて会釈をしつつ村を後にした。