Breidablik-11
忘れていた事がある。
ケルベロスはブルー等級に許可された素材で出来ているのだろうか。もし所持を許されないのであれば、ケルベロスは管理所に預けられ、ゼスタが使える等級に上がるまで留守番させる事になる。
「悪い、えっと何の話だ? 俺っちが何で出来てるかなんて構わねえだろ」
「いや、僕達『装備』は、良い素材ほど等級が高くないと使えないんだ」
「え? んじゃあ俺っちもバルドルも駄目じゃねえか」
「僕は大丈夫さ。ちゃんと調べてもらったから……うう、これ以上は思い出したくないんだ」
バルドルにとって、材質検査は拷問だった。背筋……ならぬ樋も凍るようなあの感覚が蘇ったのだろう。
ケルベロスの頭……は分からないので代わりに剣先としておくが、そこにはハテナのマークが浮かび上がっている。
「検査で何かあんのか、俺っちも検査を受けりゃ……」
ギィィと音が鳴り、皆の視線が応接室の扉へと向けられた。入って来たのは管理所のマスターだ。走る足音が聞こえなかったという事は、戻りは歩きだったのだろう。
額の汗を拭き、ため息を1つついてから、皆に電話による協会本部との相談結果を伝える。
「皆さん、先程協会の会長に報告をいたしました。レインボーストーンが見つかった件に関しては、協会からの感謝状、貢献に対する勲章授与を検討すると」
「勲章!?」
ゴウン達が座ったまま飛び上がりそうな程に驚く。
それに対し、シーク達はそれが何を意味するのか分かっていない。
「えっと、それって……賞状と何か違うんですか?」
「君達が大好きなお金としての価値があるんじゃないかい」
「もう、事ある毎にお金大好き人間に仕立て上げないでくれよ。さっき返すって言った俺の事、守銭奴じゃないって知ってるだろ」
「うん。見当も付かないから、ちょっとクスッとする冗談を言ったんだ。笑えたかい」
「笑ってないよ」
「そりゃ残念」
反応が薄いどころかどうでもいい私語が始まってしまい、ゴウン達とマスターは更に驚いた。
「君達、勲章だぞ? バスターの等級の他に、1つ星、2つ星という呼び名があるのを知らないのか?」
「えっと……知らないです。ゼスタ、ビアンカ、知ってる?」
「有名店の称号だったら聞いた事あるわ。首都ヴィエスの一流ホテルが確か、世界のホテルの中でも格が高い2つ星を獲得って話よ」
「あ、知ってるぜ。ベルタ・ヴィエスホテルだ。噂だと1泊30万ゴールドくらいするところだな」
「へっ!? 30万!?」
「僕が欲しいと言った天鳥の羽毛マットは、流石にそこまで高くないと思うよ。お買い得じゃないかい?」
「いや、比較対象が30万って」
「あー……コホン」
勲章が貰えると聞いたゴウン達と、シーク達の反応の差はあまりにも大きい。すぐに話が脱線するシーク達へ、マスターはわざとらしく咳払いをした。
「勲章を持っているという事はすなわち、バスターとして殿堂入りするという事です。3つ星は現在0人、2つ星が4人、1つ星が現在……確か27人、年に1人現れるか否かの数です。まだバスターとして現役の方に限ればもっと少ないでしょう」
「え、そんなに少ないんですか? レインボーストーン見つけただけでその仲間入りって……」
「殿堂が何かわからないけれど、他のバスターは一体何をしているんだって事だね」
「バルドル、それは言わないでおこうとしていたんだけど」
「おっと失礼」
細かな実績の積み上げで言えば、ゴウン達はもうかなりの手柄を上げている。勲章はそんな彼らでもまだ授与されたことがない。シーク達が優遇され過ぎているようにも思える。
ただ、シークはレインボーストーンを見つけただけと言ったが、実際には傭兵稼業に甘んじるバスターが殆どだ。ゴウン達のように調査、検証、管理所への報告などをこまめに行っているバスターは案外少ない。
レインボーストーンの発見は、バスター等級制度の根幹となるものを確保したという事。それはバスターとして新たな挑戦を行った者、有益な大発見をした者として、賞賛されるに値する。
協会はバスターの鑑となる功績を称える事で、他のバスターにも続いて貰いたいのだ。
「同時に、ゴウンさん、カイトスターさん、レイダーさん、リディカさん、あなた達4名は『騎士』として認められました。他のバスターは有事の際、あなたに従うことになります。人事権および財務権限以外であれば、管理所と同等の権限が与えられます」
「俺達が騎士!?」
「騎士の称号を得たバスターは、今は2つ星の4人だけのはず」
「わ、私、それが本当なら女性初の騎士よ!? 信じられない!」
「リディカの名は後世に残るな、やったじゃないか!」
新しい言葉がどんどん出てくるため、シーク達はついていけていない。ゴウン達の喜びを他所に、理解できたのは1つ星、2つ星まで。ゼスタが机の上に指で丸を描き、ナイトとは何かを整理している。
もはやシーク達はナイトという言葉に何の驚きもない。その凄さが全く分からないのだから。
「ですからその……レインボーストーンは是非お譲り頂きたい。氷盾テュールの話は会長に伝え、すぐに対応すると返事を受けております。2週間以内に全管理所に通達が回り、その1か月後には旧バスター証の回収と、新バスター証との交換が始まるでしょう」
「結構かかるんですね。でも、テュールをいただけるのであれば何も言うことはありません。紛失したバスター証もあるでしょうけど……出来る限り復元してあげたい」
「航路、陸路、合わせても遠い場所には2週間以上かかるでしょう。その間に協会がシルバーバスターを雇い、鉱夫と共にレインボーストーンの採掘に向かいます。採掘できる山との往復と、エバンから各管理所に輸送する時間を考えれば、これでも最速での対応なのです」
シーク達は胸を撫で下ろし、ようやく笑顔になった。称号が何の役に立つのかまだ分からないが、貰えるものは貰っておく事にしたらしい。
「勲章は、皆さんがそれぞれ最初に登録した管理所での授与となります。日にちが決まりましたら各管理所の掲示板に貼りだされますので、定期的に掲示板を確認して下さい」
「はい! 色々と有難うございました」
「お礼を言うのは私の方です。ようやく、バスターが本来の実力に基づいた評価で動くことができるのですから。バスターを見守る者として、厚くお礼を申し上げます」
「……マスター、話し難い真実を打ち明けて下さり、感謝します。ここにいる新人3人は本当に有望なんです。彼らの才能を潰したくない」
ゴウンはシーク達の代わりに頭を下げ、シーク達もそれに合わせるようにお辞儀をした。優秀なバスター達に、禁忌とも言える程の秘密を打ち明けたマスターの顔は晴れやかだ。
思わずこちらまで会釈したくなるような紳士の微笑みは、そのままシーク達に向けられる。
「受付に寄って、レインボーストーンで測定をして下さい。その時変化した石が、あなた達の明日からの等級です」
その言葉に、シーク達はようやく驚きを現した。とにかく目の前にあって分かり易いのは等級制だ。
「え、じゃあ、じゃあ俺達って!」
「オレンジ!?」
「オレンジランクバスター!」
3人は満面の笑みを浮かべ、跳び上がって喜ぶ。ガタンとテーブルが揺れ、慌てておとなしくなる姿はまだまだ若い。
そんな嬉しさの中、ゼスタは思い出したようにポンと片方の手の平を打ち、マスターへと尋ねた。
「あの、俺がケルベロスを持つことは……許可して頂けるのでしょうか」