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Once Upon A Time  作者: lilac
9/12

P.9 小さな妹

―――



 「……ふたりは、しあわせにくらしました?」


 「すごい! そうだよ! アンタークちゃんは偉い子さんだね、全部読めた!」


 「わっ、えへへっ」


 アンタークの学習能力は驚く程高く、全く何も読めない状態から、たった数時間でこの本を全て読み終えた。


 ヴァイオレットが頭をわしゃわしゃと撫でると、嬉しそうににっこり笑う。


 ふと、窓の外を見てみると、真っ赤な夕焼けが世界を包み込んでおり、空の奥の方は既に紺色の海が広がっている。


 もうすぐ夜が来るのだ。


 「あ……ねぇ、アンタークちゃん、そろそろ帰る時間かな? 送ろうか?」

 

 「うんとねぇ、もうすぐ先生が……」


 「アンタークちゃーん?」


 アンタークが全てを言い終わらぬうちに、灯りが着き始めた館内に老いた女性の声が響き渡った。


 「あら?」


 「あ! せんせー!」


 「まぁ、アンタークちゃん、本を読んでいたの?」


 アンタークがその女性に手を振ると、女性はにこやかな顔で手を振り返しながらこちらに近寄って来た。


 ヴァイオレットは椅子から立ち、ぺこりと女性に頭を下げる。


 「こんばんは」


 「こんばんは、お嬢さん」


 「せんせ、お姉ちゃんはヴァイオレットってお名前なんだよ」


 アンタークが女性にヴァイオレットの名を教えると、女性は「あら!」と驚いた。


 「ヴァイオレットちゃんって、パレイユで有名な子よね! 会えて嬉しいわ!」


 「え……? 私パレイユで有名なんですか?」


 パレイユとは、ヴァイオレットが此処へ通う時にいつも通る中心街がある『パレイユ区』の事だ。


 ちなみにヴァイオレットの住む家があるのもパレイユである。


 ヴァイオレットはいつもパレイユの大通りを利用するのだが、特に何か凄い事をした訳でもなく、問題を起こした訳でもない。


 自分が有名になる原因なんて、何一つ無いのに。と考えていると、女性は


 「私もパレイユに住んでいるのだけど、大通りの付近に住んでる友達はみんな言ってるわ。『とっても美人な女の子がいつも優しく挨拶してくれる』って」


 「へ……?」


 と笑う。


 まさか挨拶だったとは思わなかった。


 「ふふふ、噂通りとってもお綺麗なお嬢さんねぇ、アンタークちゃんに文字を教えてくれてありがとう。私達はいつも忙しくてそんな暇なくて……」


 「えぇ、友人から聞いたので存じております。いつもお疲れ様です」


 ヴァイオレットはそう言って微笑む。


 すると女性は右頬に手を当て、


 「本当に礼儀正しい優しい子なのね、是非うちで働いて欲しいくらいだわ」


 ほうっと溜め息混じりに呟いた。


 「ふふっ、出来ることならお手伝い致しますよ」


 「あら良いの? 嬉しいわ」


 「えへへ、本の読み聞かせくらいしか出来ませんが……」


 ヴァイオレットと女性は、あははうふふと楽しそうに会話を交わす。


 忙しいかもしれないが、喜んでくれるのであれば子供達のための出張サービスというのも悪くは無い。


 などと考えていると、アンタークはくいくいっとヴァイオレットの裾を引いて


 「お姉ちゃんっ、また来てもいい?」


 相変わらずくりくりの瞳でそう問うた。


 「え? うん! もちろん、また来てね!」


 本当に可愛い子だなぁと思いつつ、笑顔で答え、頭を撫でる。


 あらゆる物事に目を輝かせ、きゃっきゃと嬉しそうに騒ぐアンタークは、まるで小さな妹の様だった。


 「それじゃあヴァイオレットちゃん、気が向いたら是非ここへ来てね」


 タイミングを見計らい、女性が差し出したのは桃色のメモ用紙。


 可愛らしいハート型のメモの裏には、笑顔のくまちゃんが描かれていた。


 「アクセプテ……?」


 その表には、丁寧な字で『アクセプテ・スクールハウス』と書かれており、分かりやすい地図と住所。

 そして、この女性の名前であろう『オリヴィア・ティアニー』と書かれていた。


 「オリヴィアさん、ですねっ、近いうちにお邪魔させていただきます!」


 「嬉しいわ、ありがとう」


 ヴァイオレットはそっとメモ用紙を両手で包み込み、オリヴィアに微笑む。


 オリヴィアは目を細めて笑い、アンタークの手を取ると


 「じゃあまたね、ヴァイオレットちゃん。夜道は危ないから気を付けるのよ?」


 そう言って帰って行った。


 「お姉ちゃんまたねー!!」


 出口の手前でそう叫んだアンタークの声は、広い館内に響き渡って、消える。


 「……ふぅ」


 がたん、と音がして扉が閉まった。


 それまでずっと笑顔で手を振り続けていたヴァイオレットは、扉が閉まるのを確認すると、ふっと肩の力を抜いて微笑んだ。


 「小さい子と遊ぶのって楽しいなぁ……私に妹がいたらあんな感じなのかなぁ?」


 幼い頃から妹が欲しかったヴァイオレットにとって、アンタークの存在は小さな妹のようで嬉しかった。


 「うんん……いなくなっちゃってなんだか少し寂しいなぁ」


 ふぅ、と一息ついて椅子に座り、気を休める。


 楽しかった時が終わり、あの賑やかさが消えた直後の何とも言えぬ寂しさが、ヴァイオレットは苦手だった。


 「よし……じゃあ日誌を書きに行こうっと」


 寂しい気持ちにならないように、アンタークの笑顔を胸に抱きつつ、椅子から立ち上がると司書室へ急いだ。

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