P.7 ヴァイオレットのおすすめ
自室に戻って来たヴァイオレットは、庶務机の上置かれた大量の本を抱えると、彼の元へ戻るべく部屋を後にした。
「あ……」
そう言えば一番お気に入りの本を館長に貸したままだった。
この前「読み終わったから返すね」と言われていたが、そのまま戻ってきていなかったことを思い出す。
「館長、失礼します」
こんこんこんと扉を軽くノックし、返事を待つも、部屋の中は静かなままだ。
「……館長?」
あまり彼を待たせる訳にも行かないので、ヴァイオレットは「すみません……」と呟くと、扉を開けて部屋の中に入った。
「あ! あった……!」
入ってすぐの棚の上に置いてある本こそ、ヴァイオレットの探し物である。
「よしよし、よかったぁ」
ほっと安堵するも、サリエルの姿が見当たらないことに疑問を抱く。
「館長……?」
頭に疑問符を浮かべながら部屋を見渡していくと、応接間に繋がる扉が空いており、その奥にサリエルの頭が小さく見えた。
「あ……寝ていらっしゃったのですね」
その頭の方に近付いてみると、サリエルは幸せそうな顔でぐうぐうと寝ていた。
ヴァイオレットはくすりと微笑み、そう呟くと近くに落ちていたブランケットをサリエルに掛け直し、物音を立てないように館長室から出た。
「すみません! お待たせ致しました……!」
そして五冊ほどの本を抱えてセオドリックの元へ戻る。
近くのテーブルの上へそっと置いたつもりだったが、あまりの本の重さに木製のテーブルは、ずどんっと大きな音を立てた。
「うわぁ、重そうだね……よくこんな細い腕で運べるな……」
「ふふ、慣れてしまえばどうってことありません!」
セオドリックが感嘆の声を漏らすと、ヴァイオレットは少し自慢げに胸を張った。
「それで、これが君のおすすめの本全部なの?」
「ふふ、本当はもっと沢山あるのですが、私の厳選五冊をご紹介させていただきます!」
「ヴァイオレットちゃん厳選かぁ、期待できるな」
「……あっ! で、でもあともう一冊だけ……あぁでも、うぅん……」
ああ言ったものの、どうやらまだ迷いがあるらしく、何やらぶつぶつと言いながら頭を抱えている。
「ふふ、まだあるのかい? ……その本も気になってしまうな。是非教えて?」
「えっ?! い、良いのですか……?」
「うん、ヴァイオレットちゃんのおすすめの本、全部読んでみたいな」
「……!!!」
その返事を聞くが早いか、ヴァイオレットは目を大きく輝かせ、軽やかな足取りで大量にある本棚の中を探し回り始めた。
「うわ、凄いな……」
洗練された無駄のない動きに呆気を取られていると、その間に目的の書物を見つけたらしいヴァイオレットがにこにことセオドリックの方へ歩いて来た。
「は、早いねヴァイオレットちゃん」
「ふふっ、この図書館は私のお家のようなものですから!」
そして再び誇らしげに胸を張る。
そのあどけない可愛らしい様子に、セオドリックは目を細めて笑った。
「それじゃあ、これで全部?」
「はい! あの、魅力についてご説明させて頂いても……?」
セオドリックがそう問うと、ヴァイオレットは嬉しそうに笑い、きらきらした瞳で彼を見上げる。
セオドリックはその顔を見て微笑み、勿論。と返した。
「ありがとうございます……! じゃあまずこれから……えっとですね、この本はこんなに薄いんですけれど、内容がすっごく詰まってるんです! 例えば……」
ヴァイオレットは、嬉しそうに笑ったまま、持って来た書物の説明を、一冊一冊丁寧に始めたのだった。
静かな図書館に響くヴァイオレットの声を、重い金属の音がかき消す。
「わ、やだ……いつの間にかこんな時間に……すみません、私ったらつい夢中になってしまって……」
「良いんだよ、本当に君は本が好きなんだね」
八時を知らせる鐘が鳴り響くと、ヴァイオレットはようやく我に返った。
ぺこりと頭を下げ謝罪の言葉を口にすると、セオドリックはふふっと微笑む。
「それじゃあ、僕はそろそろ行くね。素敵な本をありがとう、いつ頃返したら良いのかな?」
「いつでも大丈夫です、読み終わったらで構いませんので是非ごゆっくり」
「ありがとう。外はもう暗いから、帰るなら送って行くよ?」
「あっ、いえ! このあと少し仕事があるので……セオドリックさんこそお気を付けて」
ヴァイオレットはそう言って微笑む。
「じゃあまたね、ヴァイオレットちゃん」
幾つも重なった本をいとも簡単に持ち上げると、セオドリックは一度こちらを振り向いて、にっこり微笑み返してから出口へ向かった。
そして、図書館の外へ出るのを確認するとヴァイオレットは司書室へ戻り、一冊のノートを開く。
『10月9日 本日の貸出冊数…6 返却冊数…0 現在貸出総冊数…9
本日は一日中晴れ。青空がとても美しかったです。 』
さらさらと流れるような美しい文字を連ね、そっとペンを置くとノートを閉じた。
そろそろ帰る時間だが、館長は起きているだろうか。
まだ起きていなかったら、メモだけ残して帰ろう。
そんなことを思いながら応接間に向かって行くと、館長の陽気な声が聞こえた。
「あら、館長起きていたんですね」
流石に起きるかぁ、と若干呆れつつ応接間に入ると、館長は元気に体操をしていた。
「か……館長、夜なのにお元気ですね……?」
「あぁ! 昼間ずっと寝ていたら体力が有り余って仕方ない!!」
豪快にわはは!と笑うサリエルを見て「館長らしい……」と苦笑いを浮かべる。
「流石です……あ、そうだえっと、本日分のお仕事が終わったので帰りますね」
「お疲れ様! 今日もありがとう、はいこれ飴ちゃん」
「ありがとうございます、失礼します」
笑顔で「ばいばーい」と手を振ったサリエルにぺこ、と頭を下げ、先程もらったばかりの飴を口に含みながら帰り道を歩く。
ころころ口の中で転がすと、とろけた飴は甘い苺の味を広がらせた。
「んーーっ、幸せ……」
疲れた体を癒すのに、甘い物は良く効く薬である。
「うわ! 今日は凄く星が綺麗……!」
それから、美しい景色も。
ヴァイオレットはそう言って夜空を見上げると、眩しいほどに輝く月に、細々と、だがしかし美しく煌めく星々が天に満ちていた。