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Once Upon A Time  作者: lilac
11/12

P12 年季の入った愛


 「うぅ……全然分からない……」


 あれから数時間経つが、暗号の解読は勿論のこと、規則性や文字変換の法則も見つける事が出来ずヴァイオレットは苦戦を強いられていた。


 「あらヴァイオレットちゃん、どうしたの?」


 「? その声は……」


 「お久しぶりね」


 「エトワールさん!!」


 落ち着いた声に振り向いてみると、ヴァイオレットの顔なじみであり、昔からこの図書館を愛する女性――エトワール・メフィアが佇んでいた。


 「ごめんなさいねぇ、邪魔しちゃったかしら?」


 「いいえそんな! 丁度休憩をしようと思っていたんです」


 くすくすと柔らかく笑いながらそう問い掛けるエトワールに、ヴァイオレットは立ち上がり顔を合わせると、にっこり笑みを返し、そう答えた。


 「ふふ、ありがとう。相変わらずヴァイオレットちゃんは本当に素敵な笑顔ね。まるで花が咲いているみたいだわ」


 その言葉にヴァイオレットの顔が少しだけ紅色に染まる。


 「え、そ、そんなこと……ないと思います……!」


 幼い頃より、自分の容姿に対して若干の劣等感を持つ彼女は、いつまで経ってもエトワールの真っ直ぐで偽りの無い、素直な誉れの言葉が嬉しくも小恥ずかしく、顔を背けてしまうのだ。


 それは今回も同じ。


 やがて、ヴァイオレットは「あっ」と声を上げ


 「す、すみません……! お席も準備せず……」


 と言い、自分の二つ隣の席を引き出して「こちらへどうぞ」と誘導した。


 「ありがとう……あら、難しそうな本ね?」


 しわの多く刻まれた指を、先程までヴァイオレットが睨めっこしていた本の表面に滑らせる。


 「はい……奇病について書いてあるのは分かるのですが、それ以上は……」


 「確かに……難しいわね。暗号とはいえ、全く知らない文字だわ……読めないわねぇ」


 エトワールに言われてハッとする。

 この文字の解読が出来ない理由の一つとして、それがあるかもしれない。


 暗号だから読めないのは当たり前だと思っていた。

 だがしかし、それは元々読めるはずのものではなかったのではなかろうか。


 「じゃあこれ、外国で書かれたってことですか……?」


 「どこの国かは分からないけれど、その可能性もあるんじゃないかしら? ……ただの思い付きだけれどっ」 


 エトワールはふふっとお茶目な笑顔を浮かべた後、目を細めて


 「奇病ねぇ……」


 と呟く。


 「? どうかなさったんですか?」


 静かな館内に響いた小さな声に、ヴァイオレットが質問を投げつけると


 「懐かしいわ」


 優しい、しかし切ない笑顔が戻ってきた。


 「私があなたくらいの頃にね、感染性の奇病が流行ってしまって、死亡者が大量に出た事件があったのよ」


 「感染性の……?」


 読んだことがある。

 その病に掛かってしまった者は、原因不明の高熱に見舞われ、咳が止まらなくなるらしい。

 更に、ゆっくりと身体の機能が失われていき、最終的に心臓の動きが止まって死亡してしまう、というものだ。


 その治療法は無く、一番最初に病に掛かった人が何故掛かったかの原因も分からなかった。


 体が変形するわけでも無かったが、今までに見た事がなく、過去にも例が無いとの事で奇病認定されたのだった。


 あまりの恐ろしい症状に、当時呼ばれていた病名は確か――


 「″死神病″ですっけ……?」


 「流石ヴァイオレットちゃん、よくご存知ね。その通りよ」


 ヴァイオレットの答えは正解だったようで、エトワールはくす、と笑い、目を伏せて話し出した。


 「当時、この国はそんなに医療が発達していなくってね。お医者さんも、看護師さんも、知識も技術も、何もかもが足りなかったの」


 「…………」


 「それなのに、死神病の患者の介抱をする事で、お医者さんや看護師さんが次々と感染してしまって、遂に医療に詳しい人は誰もいなくなってしまったわ」


 「幸い、その病気が接触感染しかしなかったから、死神病にかかってしまった人を拘束して、政府は″病死″という名目で秘密裏に殺した……」


 「そんな……!」


 「暗殺された人を含め、死神病関連での死亡者は当時の人口の三分の一……」


 「…………」


 「……あらっ、もう、ヴァイオレットちゃん! そんな顔しないで頂戴? 怖い話してしまって、ごめんなさいね」


 「す、すみませんっ」


 今までの顔とは一変して、にこやかにヴァイオレットの頭を撫でるエトワールに、ヴァイオレットは眉を下げてそう言った。


 「話を戻すけれど――」


 「……はい」


 「その事件をきっかけに奇病について研究し始めた私の知人がいるの」


 「え……!」


 「お役に立つかどうか分からないけれど、宜しければ訪ねてみて?」


 相変わらずの柔らかい笑顔でそう言うと、エトワールは小さな茶革のショルダーバッグから一枚の紙とペンを取り出し、川に紅葉が流れた後の水筋のように、緩やかかつ細い字をさらさらと書き連ねていく。


 「此処に住んでいるわ、もし居なかったら、多分近くのこの研究所ね」


 「わぁ……! ありがとうございます!」


 「いいのよ、ヴァイオレットちゃんの悩む顔ってなかなか見ないから、応援してあげたくなるわ」


 メモを受け取り、まるで向日葵のように顔を輝かせるヴァイオレットを見て「もし、私に子供がいたらこんな子だったのかしら」とエトワールは思う。


 本人はそんな事気付いてもいないだろうが。


 ――あの時、此処でヴァイオレットと出会わなければ。

 今頃自分はどうなっていただろうか。


 夫を亡くし、たった一人の授かった命もお腹の中で失い、悲しみの底の底に埋まっていた私を、あの時ヴァイオレットが救い出してくれなかったら。


 きっと今、自分はこの世にいないだろう。


 ……恐らく彼女は知らない。


 私がこの図書館を愛する理由の中に、あなたの存在も含まれている事を。


 「エトワールさん? どうかしましたか?」


 「え……? あ、あらやだっ、変な顔してたかしら??」


 「いいえっ、いつも通りの優しいお顔でしたよ」


 桜のように、優しく、美しく笑うヴァイオレット。

 ――貴方の存在が、私の人生に大きく関わっているのよ。


 そう思いながら、目を輝かせて「今度の休暇に行ってみます!」と意気込むヴァイオレットに


 「えぇ、是非そうなさい」


 とエトワールは微笑んだ。

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