P.11 行動の是と非
「ん……ふぁ、あ……」
暖かな陽の光で目を覚ましたヴァイオレットは、ぼんやりとした意識の中で、少し違和感を覚えた。
――いつもは聞こえない鳥の声が聞こえる。
「……?」
暫くして、それが意味する事実に気づいてしまったヴァイオレットは一気に目を覚まし、顔を青ざめさせた。
恐る恐る時計を見ると――十二時二十五分。
いつも起きなければならない時間は、八時。
…………寝坊した。
「うわぁぁああああああ!!!!!」
平和だった街に、少女の断末魔が響く。
そして時間は流れ、場所は変わり、此処はいつもの仕事場。
「お、お……おはようございます……」
「お早……くはないけど、おはよう……」
サリエルは顔を真っ赤にしてぜえぜえと息を切らしながら全力で走って来たヴァイオレットを見て、驚きを顕にしている。
それもその筈。サリエル的には「風邪かなぁ」と思い、お見舞いに行くか行かないかを考えていた矢先「寝坊しました!!!!」と勢いよく扉が開いたのだから。
「遅刻……してしまい……申し訳ありません……!!」
途切れ途切れに話すヴァイオレットに「取り敢えず座って落ち着いて……!」とサリエルが声を掛ければ、ヴァイオレットはよろよろと倒れ込むようにソファに腰掛けた。
ヴァイオレットの家から、此処ヴァイスハイト国立図書館まで徒歩で約15分程度、それを5分でやって来たのだから、こんな状態になってしまうのも仕方がない。
「あ、あともう少しここで休んだら、すぐに行きます……ふぅ……」
ようやく息が整ったようで、落ち着いた声を取り戻したヴァイオレットはサリエルにそう告げた。
「うん。でも、無理はしないでね?」
その言葉を受け、 微笑みながらそう返したサリエルは、いつの間に用意したのか右手に持っていた、紅茶の入っているカップをヴァイオレットの目の前に差し出すと「じゃあ僕は書物庫を整理してくるね」と部屋を出て行った。
相変わらず、優しい人だ。
「……!これ美味しい……何の紅茶かな、飲んだことない味……」
サリエルは紅茶が大好きで、仕事中もよく飲んでいる。この国では珍しい、紅茶マイスターの資格を持つ程だ。
その腕と舌は流石としか言いようのないもので、サリエルの淹れる紅茶はこの街で売っている紅茶のどれよりも格段に美味しい。
いつもサリエルの美味しい紅茶を飲めるのは此処の司書を務めるヴァイオレットの特権であった。
「新しい味……って事なのかな、ま、美味しいんだけどっ」
ヴァイオレットはそう言いながらくすくすと笑い、カップの底に残る茶を飲み干す。
食器を綺麗に洗い、しっかりと水滴を拭き取り、ショーケースの中に一つだけ出来ていた空白の場所に食器を丁寧に戻した。
「よしっ」
一通りの片付け作業が終わり、司書室を出て、今日はまず、東館へ向かう。
東館は、落ち着いた色を基調とした館となっており、大量の横長テーブルと椅子、高い天井からぶら下がったモダンなデザインのシャンデリア。
背の高い本棚が壁に沿うようにぎっしりと並べられ、その上には南館と同じような高窓に、一番奥は芸術品が多く飾られた鑑賞スペースとなっている。
ここに揃う本も、勉学に関するものが多いのが東館の特徴である。
「今日は……よし、医学の本について読もうかなぁ」
難しい単語が並ぶ分厚い本を、いとも容易く読み解くとページをぺらぺらと捲っていく。
その中で、とある「奇病」について書かれたページを見てヴァイオレットは手を止めた。
このページだけ、文字が暗号化されている。
――これ以上触れてはいけない。
ヴァイオレットは直感でそう思った。
しかし、しかし。
理解と納得でしか止まらないヴァイオレットは、違う棚から暗号に関して書かれた書物をどっさりと取り出し、ノートを開くと、新しいページに文字を書き連ね始めてしまったのだった。