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オペラもどき 3

 オペラとは、台詞と他の大部分も歌手たちによる歌により進行する。しかし実際にそれをすると、今まで主流であった劇と比べ公演時間がかかりすぎることと、アリーチェも全幕は覚えていなかったため、要所要所だけ歌唱で進行することにした。オペラというよりはミュージカルに近い上、歌で劇が進むことに慣れていない観衆のためにも、演技の方に比重を置くことにした。

 主人公と意地悪な姉以外の配役も決まり、練習に励んでいる。問題点もあるが……。


「マリナ! もっと底意地の悪いところをみせなさい!」

「で、でもこれでも頑張っているんです」

「その程度で苛めているつもり? そんなんじゃすぐに仕返しされるわ! さあもっと私を蔑みなさい!!」


 マリナにある意地の悪い姉要素は、歌い方にしかなかったようだ。台本通りに演じてはいるが、どこかおどおどとして覇気がない。ロラから厳しい叱咤が飛ぶ。


「劇の練習のはずなのに、違う光景に見えてしまうのは何故かしら?」

「すみませんねお嬢様。ロラはプロ意識が高くって、しかもマリナが可愛くてしかたないんですよ」

 ぽつりと漏らした言葉に反応を返してきたのは継父役のトマス。ロラとマリナの父親役にしては若々しいが、そこは化粧でなんとかしよう。

「ですがなかなか生では聞きませんわ。『私を蔑め』だなんて言葉。そういった趣向があることは存じていますが」

「あまりお嬢様の耳には入れない方がいい気はするんですがね……」


「ああもう! ベリンダを見なさい。嬉々として私を苛めにかかっているじゃない!! あの視線と態度よ!」

「主役の座は取られたけど、公認でロラをいじれるっていうのは最高ね」

 意地悪な姉というよりも、悪の貴婦人といった貫禄で椅子に足を組んでかけている、もう一人の意地悪な姉役のベリンダ。ロラとはライバル関係らしく、劇中とはいえロラを苛める役ができて大満足だそうだ。

「アンジェリーナ、私の靴は磨き終わっているの? 早くしなさいよ。あと夕食後にはワインが欲しいわ。すぐに買ってきなさい」

「ああお姉様すみません! 今すぐに!!」

「分かった? マリナ。こうするのよ」

 色気たっぷりに微笑み、後輩指導するベリンダ。


「微妙にアンジェリーナのキャラクターが違うのですけど、大丈夫ですよね?」

 やや呆れたようなアリーチェの質問に、トマスは笑顔を張り付けて

「ロラはプロですから」

 と声を絞り出した。


 実際に練習となったら流石はプロ。きちんと虐められる可哀そうな女の子になった。

 しかしマリナは相変わらずだ。

「この際意地悪な感じでなく、せめて覇気とかでもいいので何とかならないでしょうか?」

「うーん……」

 アリーチェとトマスは悩む。

 その時、画材道具を持ち込んで何やらスケッチをしていたパメラが口を開いた。

「私にいい考えがあるのですけど、しばらくマリナさんをお借りしても構いませんか?」

 クレスターニ家一、貴族らしさのないパメラの言葉だ。信用していないわけではないが、即答はしかねる。

 返答に困ったアリーチェをにやりと見、これまた令嬢らしからぬ素早さでマリナの手を取り部屋を出て行こうとした。

「パメラ!」

「心配は不要ですわ! 門限までには帰りますから」

 今までで一番おどおどとした表情で、お嬢様に連れられ姉役は去っていった。

「……申し訳ありません。大切な団員さんを勝手に連れ出して」

「いやぁ、驚きはしましたが別に構いやしませんよ。

 それにしても、元気な妹君ですね」

「元気なところは可愛いとは思っていますけれど可愛げはないと思っています」


 二人が戻ってきたのは日が暮れかけた時だった。

「ただいま戻りました!」

「ええお帰りなさい。どこで何をしてきたのか、事細かに説明を求めるわ」

 意気揚々としたパメラに、どこか荒んだ空気を纏ったマリナ。この差は一体なんだ?

「その前にマリナさんの演技をご覧くださいな。

 マリナさん! お姉さまに思い知らせてください!」

「……ええ、わかりました」


 マリナの演技はすごかった。「素晴らしい」というよりも「すごい」。

 何の遠慮もなく妹役を虐める、蔑む、馬鹿にする。

 一体この短時間で、彼女に何が起こったというのだ?

 隣のパメラを見ると、ものすごく自身に満ち溢れた顔をしている。

「あなた何をしたの?」

「特に大したことは。ただ本物を見せただけです」

「本物?」

 パメラは大きく頷き、説明を始めた。

「某貴族の我が儘令嬢がとあるお店に来ていると聞きまして、偶然を装って一緒にお茶をしたのです。

 その令嬢のメイドの使いっぷりを見ていただけたら、と最初は思っていたんですけど……」

 妹にしては珍しく歯切れの悪いことだ。猪突猛進を絵にかいたような性格だというのに。

「マリナさんにまで色々と命令をしだして……」

 頭を抱えたくなった。彼女は貴族ではないが、今はクレスターニ家が雇っているも同然なのだ。アリーチェとしては同じ舞台を作り上げる仲間だと思っている。

 なんとしてでもパメラからその令嬢の名前を聞き出し、張り倒しに行きたいところであると同時に、みすみすそんな目に合わせてしまった数時間前の自分も張り倒したい。

「あ、ですがその後で父親が参られて事情を察し、少ないですが日雇い程度のお給金は出させました」

「そういう察する能力はあるのに、子供の性格矯正はできないのね」

 はっちゃけた、という表現がぴったりだ。今のマリナは。

 本物の我が儘令嬢を見たからか、それともその我が儘に付き合わされたストレスか。

 後者だと思いたくはないがそっちの可能性が高く、申し訳ない気分になる。

「念のため私が化粧をして別人に見せたため、もし何か向こうがいちゃもんつけてきても『今はそんな人雇っていない』と言い訳できますよ」

「あなたは画家志望なの? それとも裏社会に身を置くの?」

 わが妹ながら、アリーチェは彼女が怖くなった。

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