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オペラもどき 2

『チェネレントラ』

 細かいところに違いは見られるが、ようはシンデレラである。アリーチェが大きく感じた違いは、魔女の存在がなかったところと、王子の従者の活躍ぶりだろうか。しかし大筋は一緒である。物語は三姉妹の末娘が姉達にこき使われているところにある哲学者が物乞いの振りをして現れ、こっそりと彼に食べ物を与えたところに王子の従者が現れ宮殿へと招待されるところから始まる。


「マリナさん、あなたの歌はこの歌劇のヒロインには向いていません。ですがサブキャラクターとしてなら輝けると思います。皆様もどうか、私にお力を貸してはいただけないでしょうか」

 真っ直ぐに団員達を見つめるアリーチェ。報酬なども話は父親やルキーノ同伴の下決めることにする。

「伯爵家のお嬢様に、我が団の歌をそこまで評価していただけるとは恐悦至極。しかし……」

 団長が言葉を濁す。アリーチェの何かしらの音楽の実力を、まだ見せてもらえていないのだ。

 しかしそう来るとは予想していた。むしろ今やっと実力を見せろというのは、こちらの話に乗り気ということだろうか。

「ええ。では私も何か一曲」

 相手は畑は少々違えどもプロ。彼らを納得させられるレベルで弾けて、なおかつ好印象を与えられそうなのは

(これならどう?!)


 エマニュエル・シャブリエ作曲「10の絵画風小品」より「村の踊り」

 音楽はほぼ独学で学んだ彼の曲風は、あまり複雑なものではなく、茶目っ気とお洒落が融合されたかのようにアリーチェは感じる。時代としてはドビュッシーやラヴェルより若干前だ。

 この「村の踊り」は素朴で武骨で、可愛らしさもある舞曲調の曲である。伴奏云々の話はまだしていないが、メンデルスゾーンの「無言歌集」とどちらを演奏しようかと悩んだ。多くのシャブリエの曲に共通することは「軽やかさ」だ。その点ではモーツァルトと似ている。どんなに難しいテクニックがあろうとさらっと弾きこなすことが肝心だ。


(「村」っていうと田舎なんでしょうけど、やっぱり田舎にもいろいろあるわね)


 例えばベートーヴェンのピアノソナタ「田園」。あちらはもっと長閑な印象を受ける。しかし「村の踊り」はどうだ。非常に速いテンポで進行され、一息ついたと思ったらすぐに次の風景が始まる。景色とは一枚一枚区切ったものでなく、どこまでも続いているものだと言っているのだろうか。ほとんどのフレーズがアフタクトで始められるため、駆け足のようであるが、それにつられてテンポが狂ってしまった記憶がある。左右の16分音符で奏でられるユニゾンで、波を作る。

 中ほどになると、うって変わって小鳥の囀りが聴こえてきそうだ。それとも村に住む少女たちのお喋りだろうか。いつの時代も女の子は恋話が好きと聞くので、もしかしたら村の男の子たちの話で盛り上がっているのかもしれない。パメラが、侯爵家の子息に片思いしているように。

 終盤は始まりと同じ、武骨なメロディ。


(テンポは正確に、だけど追い込むように)


 短い曲だが、フォルテで弾く箇所が多く、疲労が溜まりそうだった。しかしフランツを招いて初めて行った小さなリサイタル以来、脱力することを重点的に鍛えたのでまだ行けそうだ。最後のユニゾンをリットたっぷりに、しかし嫌味にならない程度に決め、アリーチェは弾き切った。


 誰も、口を開かない。

(100点満点、とは言わなまでもそれなりに弾けたと思うのだけど、何か変だったかしら?)


「いかがです?」

 沈黙に耐えられず、自ら口を開く。我に返ったように団長が「は……はい」と返す。

「まさかお嬢様自ら弾かれるとは……。

 我々は契約についてお話をと思っておりまして

 ですが、お受けいたしましょう。今の演奏を聴いてお嬢様がお作りになる劇が楽しみになりました」

「ありがとうございます!ではお泊りになる場所などもこちらで手配いたしますね。あと台本や楽譜も、後にお渡しします。私も伴奏の練習をしなくては……」

 途端に「えっ?」といくつかの声が上がる。

「何かおかしいですか?」

「まさかお嬢様が伴奏を?」

 アリーチェとしては勿論そのつもりだ。舞台監督やスポンサーになりたいわけではなく、演奏家になりたいのだから。しかしよく思い出してみたら、貴族の令嬢、しかも伯爵家の自分が伴奏などあり得ないのかもしれない。彼らはアリーチェの出番はあくまで指導とスポンサーと思っていたのだろう。

「そこはほら……何とかしましょう。あくまで私は伴奏。劇の部分は団長さん方にお任せしますわ」

 周りの反応は渋い。我ながら今の発言はまずかったかもしれない。「私は日陰に徹します」と捉えられたのかもしれない。

「まあいいのではないか?これも社会勉強と思えば」

 まさかの父ラウルからの加勢。腹の内は測りかねるが、うれしい援護だ。

「では詳しい打ち合わせはうちでどうぞ。私は用があるのでこれで失礼しますよ」

 やけに嬉しそうに、そして素早く退室するラウル。

(そういえば……お母様とお茶をするって言われていたわね。相変わらずだわ)

 とはいえ、これで計画通りだ。


アンジェリーナ(チェネレントラ・主人公)……ロラ

クロリンダ、またはティスベ(姉)……マリナ

伴奏……アリーチェ


 他のキャストは追々決めていくとしよう。歌を得意とする団員は実力者揃いのため、問題はない。

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