『チェリー』
宗良は、母のCDを借りて聞いていた。
友見名が逝って、もう何度目かのバレンタインデーが過ぎ、可愛がっていたシロも逝った。
毎日の散歩も行くことがなくなり、大学には入学が決まったものの、ぼんやりとしていた。
宗良の両親は心配し、そして、友見名の両親も心配していた。
友見名が逝って生まれた友見名の妹の名鶴は4才で、ただいまおしゃまな盛りである。
時々、
「宗ちゃーん‼」
と言いながら構ってくれとせがむ。
小さい頃の友見名にどことなく似ていて複雑だが、無邪気な妹として可愛がっている。
今日は、ホワイトデー。
先日、友見名の父の友介に合格祝いと誘われたのは、上品なバーだった。
60代位だろうか、マスターが穏やかな微笑みを浮かべてノンアルコールだというカクテルを作ってくれ、心の奥で溜まっていた……言い出せなかったことを、言い出せる雰囲気を作ってくれた。
泣くのは恥ずかしいと思い込んでいたが、泣いて、やるせない思いを、どこにもやり場のない思いを吐き出してスッキリした。
でも、何か足りない、忘れていると思いつつ、読書をしたりしつつ日々を過ごしていた。
そして、母のCDを借りて聞きながら本のページをめくっていたが、ある曲を聞いて、慌ててケースに挟んである歌詞カードを抜き取ると、ページをめくった。
じっと歌詞をたどると、終わった曲をもう一度かけ直し、口を覆う。
しばらくして部屋を出て階段を降り、リビングを覗く。
リビングには母と兄がいる。
宗良は口数が減り、寡黙だが文武両道に育ったが、二つ上の兄はいわゆるチャラ男で、恋愛にうつつを抜かし単位が危うくなり、大学を留年するかもしれないと両親と大騒ぎしていた。
今も愚痴るように、言い合いをしている。
「……本当に、宗良は、あんなに頑張って超難関の医大に合格したのに‼和也は‼」
「俺は普通の学生生活を満喫してるの‼宗良がおかしいんだよ‼」
「和也‼お母さんは和也に反省しろっていっているのよ‼聞きなさい‼」
「母さん。兄貴……出掛けてくる」
ちょっと顔を覗かせ、声をかけた宗良は、CDと、ずっとしまいっぱなしだった袋を納めたバッグを肩にかけ、出ていった。
シロと一緒ならリードを引いて出掛けられるのにと歩いていると、しばらくぶりに友見名の家に到着する。
玄関の門にあるチャイムを押すべきか悩みつつ立っていると、
「あ~‼宗ちゃーん‼」
可愛らしい声に振り返ると、名鶴がてててっと駆け寄ってくる。
母親の名緒子と買い物にいっていたらしい。
「あら、宗良くん。お久しぶりね?」
「お久しぶりです。おばさん……先日は、おじさんにお祝いしてもらって、ありがとうございます」
頭を下げる。
「良いのよ。あの人も喜んでいたわ」
「あの……おばさん。今更なんですが、あの、あいつに……伝えたいことがあって……構いませんか?」
「友見名に?」
「はい……」
名緒子は微笑む。
少しシワは増えたが、友見名のいた頃と同じ優しさに溢れている。
「どうぞ」
実は、友見名のお通夜に葬儀以来、宗良はこの家に入ったことはない。
何度か誘ったのだが、哀しげな瞳で首を振り、頭を下げて帰っていった背中を名緒子は見送っていたものである。
緊張したように、入ってくる宗良に、
「友見名の部屋はそのままにしているの……そして、友見名はここにいるわ。お墓にと思っているのだけれど……あの子は寂しがりで泣き虫だから……私かお父さんが一緒にと思って」
と、リビングの片隅に花や大好きだったぬいぐるみとともに、遺影が飾られている。
遺影に選ばれたのは、最後に一緒に行った遊園地で撮られた笑顔の写真。
宗良は18に……今年は19になるのに、友見名は12歳のまま……。
「すみません。音楽かけていいですか?俺……友見名からクリスマスプレゼントのマフラーとバレンタインデーのチョコレートを貰っていたのに、返していなかったから……今更だけど……クリスマスプレゼントと……」
遺影の前に坐り、バッグから古ぼけた紙袋を取り出すと、
「……今じゃ、もう古いかもしれないけど、お前の好きだった犬のぬいぐるみ。クリスマスプレゼント。なんか、お前、眉毛のある犬が好きって言ってたから、お店で探したんだ。でも、これで良かったのかな?」
黒色の豆柴の小さなぬいぐるみとシュナウザーのぬいぐるみを見せる。
「会えたら、どっちか聞こうと思ってたんだ……聞いておけば良かったな……」
宗良は見つめる。
後ろで名鶴を膝に乗せ、名緒子は大きくなった友見名の幼馴染みの背中を見つめる。
生きていれば18歳。
おしゃれをしたり、この幼馴染みと恋をしたりしていたかもしれない……。
でも、病は友見名の命を奪い、家族を絶望におとし、宗良の何かを断ち切った。
今でも思い出すと心が締め付けられるが、膝の上の名鶴が生まれ、この家は友見名を忘れはしないが、前を進みはじめた。
しかし、宗良はあんなに元気だったのに、口数が減り、黙々と勉強に打ち込むようになった。
どうしたのだろうと思っていると、周辺でも屈指の進学校に進むと、医大に進学すると言い出したと聞いた。
自分達の思いだけで、宗良の気持ちを思いやれなかったのではないかと心を痛めていたのだが……。
宗良はバッグの中からCDを取りだし、ポケットからスマホを出し操作すると、音楽が流れる。
スピッツの曲である。
曲名は『チェリー』。
余り聞いたことはないらしくたどたどしいものの、歌詞カードを見ながら宗良は歌っている。
次第に瞳が潤み俯くと、頬を涙が伝い、滴り落ちた。
「ママ~?どうしたの?」
「しー、よ」
「うん」
サビの部分を聞くと、胸が締め付けられるのは、きっと……。
曲が終わると、宗良は、友見名の遺影を潤んだ瞳で見上げ、震える声で告げる。
「あの手紙に返事をしなかったのは……どこかで、お前が生きてるかもしれない。生きてて欲しいと思ってたからだ……それに『本当に宗ちゃんが大好きでした。さよなら』ってそっけない告白か別れの手紙か解らないものを置いていくから……腹が立ってた」
「……」
「何が『本当に宗ちゃんが大好きでした。さよなら』だよ‼馬鹿‼手紙で言うな‼電話でも、あの時でも……言えよ‼それより、俺は……返事が出来ないじゃないか‼どこに言えっていうんだよ‼」
唇を噛み、頬に涙が伝う。
「聞こえてないかもしれない……6年も前で、遅すぎるってお前は怒ってるかもしれないけど、ずっとずっと、言いたかったことを、遅くなった返事を聞いて欲しい……お前が、友見名が好きだ‼今までも、きっとこれからも、お前のことが好きだ‼だから……お前や、お前と同じ病気で苦しむ子供たちを救う為に、小児科医を選ぶつもりだ。お前の代わりに、他の子供たちを一人でも助けるから……応援してくれ。俺が頑張って……名医になる‼生まれ変わったら……今度こそ、俺がお前を見つけて、絶対に告白する。だから、シロと待ってろ‼お前のマフラーは、シロが持ってるだろ?俺は、俺のマフラーを巻いてお前に会いに行くから‼」
しばらくして、赤い目のまま友見名の家を出た宗良は、シロと歩いた道を再び歩き出した。
今度は前を向き、しっかりとした足取りで……。
その背を……名緒子は涙をぬぐいながら見送っていたのだった。
どこに入れるのか迷い、曲繋がりで、続けて投稿しました。
はぁぁ……書ききった‼
もう泣き続けて書きまして、ボックスティッシュ二箱空けましたわ(* ̄∇ ̄*)
よろしくお願いいたします。
『チェリー』は、スピッツさんの曲で、大好きです。