41 Till my end.-終わりまで―
「……ここは」
目覚めた時、私が見たのは紫色の世界でした。
「……梢」
私の名前が呼ばれたので顔を動かすと、そこには頼さんがいました。
頼さんも紫色でした。
「頼さん……おはようございます」
ひとまず挨拶をして、その後で上半身を起こして何度か瞬きをすると目に溜まった水分がまぶたに押し上げられて外へ出ていきました。
いつもの世界に戻って一安心です。
「あのう、ここはどこですか?」
「ここはえっと……病院みたいなところかな。覚えていない? 半年前、梢はナイフで刺されて死にかけたんだよ」
私はそれを聞いてはっとしました。
まだ眠っていた部分まで一気に目覚めたような感覚でした。
「私、半年も眠っていたんですね」
「うん……でも、本当に良かったよ」
「頼さんも無事で良かったです。お父さんから貰った指輪が役に立ったんですね」
そう言うと、頼さんの表情が曇りました。
何か悪いことでも言ったのか?
私は心配になりましたが、その気持ちは一瞬にして吹き飛びました。
頼さんが突然、私を抱きしめたからです。
「……頼さん?」
「梢……ごめん」
頼さんはいつものように私にごめんと言いました。
「ごめん……あの時、梢を助けられなくて」
「うふふっ、大丈夫ですよぉ」
「……もう一つ謝らないといけないことがあるんだ」
頼さんの腕に力が入りました。
自惚れもたいがいですが、きっと私を離したくないのだと思いました。
ああ、別れ話なんだと思いました。
「……あんまり聞きたくないなあ」
「それでも僕はこのことを言わなくちゃならない。君を悲しませるのは分かっているけれど……でも、これは僕の責任だから」
「……あははっ、目覚めなければ良かったですねぇ」
後半の方はもう泣きそうでした。
私は目を閉じました。
しばらくの沈黙の後、頼さんがゆっくりと紡いだ言葉は、私の予想とは違うものでした。
「君のお父さんが死んだんだ。僕もそれに加担した」
彼の口から嗚咽が漏れ、落ちた涙が私のパジャマの首元を濡らしました。
「私は親不孝者ですね」
「……えっ、どうして君が?」
「だって私……今、ほっとしました」
その時の頼さんは不思議そうな目で私の顔を覗き込んでいました。
私がショックを受けて、ひどく落ち込むと思っていたんですね。
でも私、知ってるんですよ。
お父さんが裏で何をしようとしていたか。
あの指輪を私にくれた本当の理由も。
■■■
「……何だ、抱かなかったのか?」
部屋から出た所に、狛猫が立っていたのは頼を心底驚かせた。
壁に凭れ、握力を確かめるように手を広げたり握ったりを繰り返している。
まさか、もう居場所を知られるとは思ってもいなかった。
「……僕を殺しに来たんですか。上層部の命令で」
「だとしたら、どうする? やっぱり抱きに戻るか?」
「……それもいいかもしれませんね」
半ば投げやりな発言だった。
実際、そうなったとしたら僕は負けるだろう。
例え彼の腕の色がベージュからシルバーに代わっていたとしても。
「もしこの人が本気で僕を殺す気なら、ですけれど」
「……言うようになったな。まあ、実際遊びに来ただけなんだけどよ」
「何の用ですか?」
頼が要件を訊ねると、狛猫は義手の人差し指を天井に向けた。
■■■
ここ数日は西からやってくる低気圧で曇り空が続いている。
街はずれにあるこの廃ビルの周辺は荒れ地で植物は滅多に映えていないが、きっとイグサイズの前庭では早咲きの桜が芽吹き始めているころだろう。
「先週末に、堂川源一郎が意識を取り戻したよ」
最初はそんな話題からだった。
彼は儚志徹の息のかかったクスト派に雇われ、ザポダ派の倉井豪の身辺を探るべく研究科から戦士科へと転属した人物だった。
あの日、儚志徹の開発した対後人戦闘用甲冑ミツヒデを身に纏い、頼達の前に現れたのは彼だった。
彼が目覚めたのなら、クスト派に加わった経緯について、狛猫は聞いているかもしれないと思ったが、頼は敢えて何も聞かずに黙って灰色の風景に目を向けていた。
「お前にとってアイツは何だったんだ?」
「何って友達ですよ」
「仲が良かったのか?」
「分かりません」
「友達なのに?」
「友達だから分からないんだと思います」
狛猫の指先からターボライターのような火を吹く。
タバコの先端から煙が上がり、狛猫がゆっくりとそれを吸い込む。
「吸うの初めてみましたよ」
「人前では吸わないようにしてる」
「やっぱり僕を殺しに来たんですか」
「……事実無根の嘘を報告書に書くわけにもいかねえからな」
「……さすが組織の人間。ちなみに僕は今丸腰ですよ」
「歌舞きなや。安心しろ、一服するまではよしとくよ……どうするつもりだ?」
「……僕は父さんを探しに行こうと思っています」
「目的は」
「……何でしょうね。とりあえず積もる話はたくさんあります」
毒ガスの煙に乗じて逃げてから倉井豪の行方は分かっていない。
なぜ、儚志梢を殺したのかも不明だ。
同様に、彼女を後人にした理由も。
「それもそうだな」
目の粗いアスファルトに圧し潰され、タバコの火が消える。
狛猫は立ち上がると、腰の“股旅”を抜いた。
「さーて、やるか」
「……はい」
頼は左手から“束頁”を、右手から“葬儀送り”を生み出して、静かに構える。
ここで死んだら、梢とはすれ違いか。
剣を交える前に、狛猫は手首のダイヤルを回しながら訊ねた。
「この腕も儚志徹の形見の一つでね。能力の解放率をダイヤルで調節できるんだ」
「……嫌だなあ。そんな恐ろしいこと言わないで下さいよ」
「まあそういうな。お前にレベルを選ばせてやっから。何がいい?」
「そうですね……」
頼は一度構えを解いて、しばらく考えてから言った。
「じゃあ、限界まで強くしてください」




