37 A vortex-渦-
「僕がやる」
前に出たのは瀞井だった。
最後の充電を済ませ、チップを投げ捨てる。
「……なぜ君がここにいる、ネオ」
奥歯を噛み、苦い顔をするマルス。
どうやら瀞井を知っているようだ。
「色々あってね。マルスも同じでしょ」
「……僕を殺す気なんだ。でも、今の僕は昔とは違う」
「マルスはマルス」
携帯の先端から刃が伸びる。
マルスもナイフを拾った。
一触即発の二人。
そこに割り込んできたのは倉井豪だった。
「よせよ。血縁同士でみっともねえ」
「……豪。馬鹿なことを言うな。僕はもう人間じゃない、後人だ。血の繋がりなどもはやないに等しい」
「悲しいことを言うな。血の繋がりは大事だぜ。なあ頼?」
豪の問いかけで、頼は前を向いた。
その目は血走り、怒りに震えている。
「マルスと父さんは繋がっていた」
「ああ。こいつは瀞井マルスの死体で作った二人目の後人だ。つまるところお前の弟。そしてお前が俺の実の息子であり、最初の後人でもある」
「最初の後人……」
「ってことは頼もお前らと同じMHOから生まれた化け—―」
途中で言うのが憚られたのか、灰加が口をつぐむ。
しかし、倉井豪はその後を継ぎ足した。
「ああ。MHOから生まれた化け物だ。驚いたか、頼」
「……僕のことはどうだっていい。そんなことより」
鉄格子がぎぎぎと音を立てて歪んでいく。
「……梢が死んだのは、父さんのせいだったってことだろ」
豪は呆れるように空を見上げた。
「なーに甘っちょろいことを。それはお前が弱かったからだ。儚志梢が死んだのはお前のせいだよ」
「……ふっ、ふざけるなっ!」
格子二本がぐにゃりと曲がった。
信じられない力だった。
傍で見ていた小判も、格子の外へ出ていく頼を止めることも忘れ、唖然とその背中を眺めるばかりだった。
笑っているのは豪だけだった。
「……許さない。何があっても父さんだけは絶対に」
頼の脳裏に、儚志徹と待ち合わせた夜のことが浮かび上がる。
彼が電話でその場を離れたあと、ふがいない自分の弱さに耐えられなくなったあの時の自分。
頼はイメージで作り上げたMHOを斬りまくることでその弱さを忘れようとした。
そして無心で腕を振るうち、MHOだったはずの相手はいつしか消え、目の前に倉井豪が立つようになった。
別に意識してしたことではなかった。
でも、もしかしたら僕は初めから、いつかこんな日が来ると知っていたのではないだろうか。
自分の目の前に立ちはだかる壁に挑戦しなければならない、そんな日が。
「落ち着け頼!」
豪の元へと歩み寄る頼の前に、狛猫が立ちはだかる。
「これ以上憎しみに呑まれれば、お前も奴らと」
「……どいてください。これは僕と父さんの問題です」
「奴を殺してもお前の大切な女は蘇らない」
「呉羽さん……お願いします。僕はあなたを傷つけたくはない」
「……何を言っても無駄か」
その時、狛猫が別の所に視線を送ったのを頼は見た。
一瞬の殺気を背後に感じ取り、後ろを向く。
小判の回し蹴りが頼の胸目掛けて飛んできていた。
「てやあっ!」
この一撃を食らえば意識は保ってはいられないだろう。そんな威力。
ガードしなければ。
「うおおおっ!」
右腕を盾に、小判の蹴りを受け止める。
中身の詰まった金属バッドでフルスイングされたような衝撃だったが、不思議と痛みはなく、身体が吹き飛ぶこともなかった。
「兄兄っ! 今よっ!」
「えっ」
「頼、悪いな」
小判の攻撃は注意を引き付けるための囮だったようだ。
まずい、と直感的に理解する。
身を守るため百八十度振り返った今の自分は、無防備な背中を狛猫に晒している。
そこに拳を叩き込まれれば、背中に手でも生えない限り避ける方法はない。
やられる、と思った
「……なっ」
狛猫の拳は頼の横腹を正確に射抜いたはずだった。
しかし、そうはならなかった。
途中で受け止められたのだ。
頼の背中から突如として生まれた三本目の手によって。
その腕は本人の数倍の太さだった。
「ぐっ……」
狛猫の膝が地面に付く。
赤子と大人以上の差がある化け物じみた手が、その拳を押し潰していた。
「兄兄っ! あんた、兄兄に何をしてんのよっ! 仲間でしょっ!」
「僕は悪くない。隊長が邪魔をするから……」
背中の手が狛猫を放り投げた。
狛猫の身体が物凄い速度で宙を飛ぶ。
灰加と瀞井が揃って受け止めようとしたが、それでも勢いは止まらず、三人まとめて二十メートル先の壁に激突した。
「兄兄っ! しもべっ! ……きゃっ!」
悲鳴と共に、小判は足首を掴まれ、身体が宙に持ち上がる。
掴んだのは、頼の背中から生まれたもう一本の腕だった。
しかも、その数は二本では収まらず、水面から顔を出すように次々と増殖していく。
「頼っ! あなた……どういうつもり!」
小判は手足を全て掴まれ、全く身動きができなくなっていた。
「どういうつもり? 僕の気持ちはずっと変わっていないよ。梢を殺した仇を討つ。その邪魔はさせない。例え、相手が誰だって……」
ズボンを突き破り、臀部から触手が生える。
触手は小判の身体に巻き付き、ぎりぎりと締め付けていく。
「あぁっ!」
「……ごめんね、小判さん」
触手は頼の意思で肉体から離れた。
小判は締め付けられたまま地面に転がる。
気が付けば、そこに立っているのは頼と豪、そして片腕を失ったマルスだけになっていた。
「父さん……」
「頼……」
親子が視線を交わす。
豪は成長した息子を誇るような優しい目で、頼は剥き出しの敵意をその瞳に宿して。
「立派に育ったな。それでこそお前は俺の息子だ」
「……何だよ。今更」
頼は毒づく。
憎しみに悲しみが加わり、目尻に涙が浮かんだ。
「……今更だよ、本当に」
豪はさらりと言ったが、だが頼はその一言を耳にして、心のどこかが満たされる感覚がした。
きっと自分はずっと飢えていたんだろう。
「どうして今になって認めるんだよ……そんなの、全然嬉しくないじゃないか」
父親に認められたい。
認められることで愛されていると思いたい。
親を持つ子なら誰もが抱くであろう平凡な欲求。
それが自分の最も大きな願いなのだと、この時初めて心の底から理解した。
そして、本当の意味で渇望が満たされる日は、今後二度とないことも。
「頼。お前に殺されるなら俺は本望だ。しかし、その前にお前に伝えておきたいことがある。お前の母さんのことだ」




