36 The truth is in the darkness-真実は闇の中に-
戦闘は絶え間なく続いた。
MHOのサイズは、通路が狭くなった分小さくなったとはいえ、その分、数を増し、さながら血の海の中を渡っていくようだった。
「走れ!」
泊猫が“股旅”で道を切り開く。
頼達三人がその道を進み、陣を構える。
「二人とも早く!」
「ああ」
「がってんでござるん♪」
小判に守られながら、狛猫は三人の元まで走ると、再び道を切り開いた。
全員、休む間もなく動き続ける。
ドレイナーを使う暇などない。
「さすがに“ながらプレイ”はできないな、瀞井」
「……切りがない。それよりもそろそろ充電切れる」
「こっちももうすぐ弾切れだ……ちっ、吸収する暇もねえ」
「でもほら、あそこに扉があるよ。そこまで辿り着けば……」
「おうりゃーっ!」
後方のMHO十数体が吹き飛び、天井に叩き付けられた。
爆弾でも使ったかのようだった。
しかし、そうではないことは誰もが分かっている。
火薬よりも恐ろしい彼女の仕業であることも。
爆発は頼達を一瞬で通り過ぎる。
止んだのは扉の前だった。
「ギャアアアアアアアッーー‼」
「うるさいっての」
最後に残った猿型の首が、宙を舞った。
「さぁさぁみなさん。私が扉を開きましたのでカモンカモンでござるん」
「ったく無茶するぜ」
「っていうか、無茶苦茶」
「でも助かった……ありがとう、小判さん」
「いや~ん。“さん”だなんて連れないこと言わないで下さいまし、旦那様っ♪」
「あの、旦那様って?」
「小判、もういい。早く閉めろ」
扉が閉まった。
その音が戦闘終了の合図かのように、灰加と頼が扉に寄りかかる。
「ハァ、ハァ……さすがに疲れた—―」
(しっ)
狛猫の声だった。
しかし暗闇で誰が誰だか分からない。
携帯から漏れる光で唯一瀞井の居場所だけは分かった。
(小判。見えるか)
(何とか、ね)
(ならばお前を先頭に、頼が後に続け。残りは俺の傍を離れるな。いるぞここに)
■ ■ ■
携帯の光が消える。
(付いてきて)
頼の手が小さな手に優しく握られる。
小判の声だった。
声を掛けようと思ったが、手を引かれたのでやめておいた。
踵から爪先へと寝かせるように地面を踏み、進む。
暗闇の中を歩いているせいだろうか。
衣擦れの音すら耳障りに感じられる。
心臓の鼓動も。
どうやら緊張しているようだ。
……ガラン
小判の手に力が入り、足を止めた。
金属が擦れあう音がしたのだ。
(今のは……どこから?)
近くでした音ではなかった。
遠距離からの射撃を警戒し、前後左右に神経を尖らせる。
それが鉄砲なら、発砲時の音から敵の距離と方向が割り出す。
矢なら矢で、風切り音を捉えればよい。
何にせよ初撃さえかわせれば……
「跳べっ! 小判、頼っ!」
突然の呉羽狛猫の怒号。
小判の手にぐいと引かれた。
一体何が起こったというのか。
頼は反射的に小判の手を放し、日本刀を構える。
「どこだっ!」
「馬鹿っ!」
小判がなぜそんなことを言ったのか、頼はその直後に起きた現象ですぐに理解した。
それは上空からやってきて、自分の周囲の床を激しく砕き割った。
その時の音、重量感が物語るものは一つしかない。
(……閉じ込められた?)
バシリとスポットライトが当たる。
頼の横にいた小判が、自分たちを閉じ込めた鉄格子を憎々し気に眺めていた。
その様子で、この檻の破壊は彼女にも不可能なのだと理解した。
「前夜祭にしてはちょいと騒ぎすぎたな」
姿は見えないが、若々しい声。
頼は心当たりがあった。
「……今の声は」
あり得ないと思った。
まさか、いくら何でも突拍子のない考えだ。
しかしそう考えても、頼の顔はいつまでも晴れなかった。
「……いきなりあんたのお出ましかい」
檻の前に狛猫が立つ。
どうやら男を知っている口ぶりだった。
「ああ……息子の晴れ舞台をこの目で見ておきたいからな」
その返答で、数か月前の出来事が頼の頭の中にフラッシュバックした。
それは臨時集会の壇上で、倉井豪が自分に向けて言ったのと同じセリフだった。
偶然、とはもうさすがに思えない。
イグサイズ戦士科第一番隊隊長、倉井豪。
薄明かりの照明が夜明けのように玉座をほんのりと照らしていた。
その玉座のひじ掛けに彼は頬付き、笑っている。
「……父さん、何をやっているの」
頼の視線は父親にではなく、その膝にぐったりと凭れるもう一人の少女に向けられていた。
銀色の髪で顔は見えないが、肩で息をしているのが遠くにいる頼にも分かった。
戦士とは思えない白い肌が、光を浴びて、みずみずしく輝いている。
牧島千鶴は何も身に付けていなかった。
「そうかよ。まさか戦士科一の実力者がロリータだったなんてな」
「……糞ジジイ」
「何だよ、ガキ共。大切な子種候補を獲られて妬いてんのか? 断っておくが、望んだのは千鶴の方だ。後人と人間の子でも俺の子が産みたいそうだ」
豪がゆっくりと立ち上がり、牧島が力なく床に倒れる。
頼は“束頁”を抜いた。
「ふっ、ふざける……ウッ!」
「無駄よ、頼。押さえて。ここは兄兄に」
「離っ、離してくれよ……父さん、父さんっ!」
普段、大人しい頼が怒り叫び、小判の制止をふりほどこうともがいている。
その様を見て、瀞井と灰加は狛猫を睨み上げた。
二人も多少なりとも感情的になっている。
直接関りはないとはいえ、自分の知っている人間が凌辱されたのだ。
ここでただ茫然と立っている訳にはいかない。
狛猫は二人の要求を受け入れるように股旅を抜いた。
束から近接用の青白い刃が伸びる。
「後人か。悔やみ死んだ者の身体を繋ぎ合わせて生まれたお前達には似ても似つかない名前だな」
「その解釈は間違ってるぜ。生きたいという強い願いが一つになり、新たな肉体を持って再生する。お前達がMHOと呼んでいる卵からな」
豪のその発言で灰加と瀞井の目が見開いた。
「隊長の言った通り」
「倉井豪もマルスもMHOから生まれた化け物ってことか。しかし、だとしたらアイツは……」
「きゃっ!」
小判が鉄格子に激突した。
「……こんなもの、抉じ開けてやる」
振り上げた刀を、力の限り同じ叩き付ける。
しかし、その程度では檻には傷一つ付けられない。
それでも頼の手は止まらなかった。
「……あと、もうひと押しというところか」
「させるかよ」
狛猫が動いた。
一蹴りで間合いを詰め、斜めに刀を振り下ろす。
狙うは右腕。
豪の唇が動いた。
「……ちぇっ」
どこかで舌打ちがした。
そして、刃が豪に届く前に彼は一瞬でその場から姿を消す。
その時、狛猫の目に一人の少年の顔が映った。
その少年は手に持ったナイフで、狛猫の刀を受け止めようとしている。
少年と、そして狛猫がにやりと笑い合った。
「お前がマルスか」
「いっひひ……ん?」
股旅から伸びた青白い刃が、ナイフをすり抜ける。
それを予測していなかったのか、マルスの顔から笑みが消えた。
「狛猫さんっ! このぉっ!」
仲間の危険を感じた頼が渾身の力を込めて剣を振り下ろす。
そして―――
パキンッと呆気ない音を立てて束頁の刃が割れた瞬間、少年の左腕が血を噴射しながら上空に吹き飛んだ。
「……刀が」
「ちいっ!」
マルスは空中でその左腕を受け止め、狛猫と距離を取った。
狛猫は天に掲げていた股旅を静かに下ろす。
頼は束頁が折れてしまい、心さえ折れてしまったかのようにその場に蹲った。小判が冷静になだめるが、聞こえていないようだった。
「……何のつもり?」
マルスが憎々し気に狛猫を見る。
訊ねている内容は明らかだった。
剣の軌道を途中で変えさえしなければ、股旅はマルスの胴体を二つに切り裂いていたはずだ。
しかし、そうはならなかった。
つまり、敵に情けをかけられたのだ。
そのことがマルスにはどうしても許せない様子だった。
「やっぱり再生しないか」肩の傷口と左腕の傷口を重ね合わせる。「……その武器、そしてお前……すっげームカつくよ」
「すっげえムカつく、か。いい言葉だ。自分の胸の内を素直に表現している……だが残念ながら俺がすっげえムカついているのはお前じゃないんだ」
「その余裕ぶった態度が余計にイラつく」
「フフッ、安心しろ。お前にムカついている奴もちゃんとここにいるよ」
「……知っているよ。そこの檻の中にいる猿だろう?」
マルスの質問に、狛猫は不気味に笑うばかりだった。




