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T.T.O.T.T  作者: むこーむこ
2nd turn: The truth is out there.
34/41

34 Koban Kureha-呉羽小判-


 地下の駅構内に続く階段を降りる間、頼は三人から少し離れた後方にいた。


「まさか、マルスと戦う日こんなに早くやって来るなんて……父さんの言う通りだ」

「どうした、頼?」


 訊ねたのは灰加だった。


「……乗り越えないといけない壁。そんなものがある気がしていたんだ。それを一つ乗り越える度に前に進んでいけて、その内にマルスのいる所まで辿り着ける……でも、そうじゃなかった」

「……隊長」


 灰加は何と答えていいか分からず、呉羽に助け舟を求める。

 呉羽はそれを受け、つっけんどんに言った。


「で、実際はどうだったんだ?」

「いきなりでした。それが人生だって過去に父さんから言われた通り……」

「まっ、そんなもんだ……地下も電気が通っているな」

(あに)! こっちこっち!」

「……お前が来たのか」


 改札口の前に一人の少女が立っていた。手を振って、こちらに呼びかけている。


「あれ、誰だ」

「さあ」

呉羽(くれは)小判(こばん)。俺の娘だ」


 呉羽狛猫(くれははくび)の言葉に灰加と瀞井と顔を見合わせる。


「娘じゃないっ! 兄妹だっつーの!」


 大きな瞳が印象的な少女は、手に持ったクナイで呉羽狛猫を指す。中世の忍の装束を着ているのは兄の影響だろうか。


「なぜ小判が? 俺はすげえ別嬪な助っ人だって聞いていたが」

「だーかーらー、イッツミーでござる。んで、これが兄のしもべ?」

「何? 俺たちを隊長のしもべだと」

「あーあー待て待て」黒玄音来が灰加を後ろに下げる。「帰れ。ここはお前の出る幕じゃない」

「だーめっ! だってこんなビジネスチャンス滅多にないじゃん? 稀じゃんミラクルじゃん」

「……お前、さては自分から志願したな。俺の話を盗み聞いたか」

「へっへー、これでも現在進行形の諜報活動員なう! ですから。過去完了形の兄と違って――よっと」


 小判は一人でさっさと改札口を通過し、線路へと降り立つ。兄の言うことなど全く気にしていないようだった。


兄兄(あにあに)~、こっちだよ」

「ちっ」


 マイペースな妹の行動に苛立ちながら、後を追う狛猫。三人もそれに続いた。

 線路の続いている薄暗いトンネルの中へ。


「隊長、元諜報だったのか」

「道理で情報通」

「兄兄ー。このしもべたちは果たしてユースフォでござるか?」

「実戦経験が乏しいから何とも言えんが全員ランクA以上だぜ。なあ?」


 そう言われて瀞井が一瞬ゲームから目を離し、灰加と共に頷いた。一方、Dランクの可能性がある頼は目が泳ぐ。


「はっ? 兄、冗談はよしこさんでしょ」小判が信じられないという顔で振り向く。「本部のランクなんて当てにならないっつーの」

「……どうして?」瀞井が何か知りたそうな目をする。

「えーっ、だって所詮ロボットっしょ? それに元々あいつ」

「小判、その辺で」

「あっ、なーる」


 うんうんと納得し、人形のように揃えられた前髪が揺れる。その横で音来の険しい目つきが三人に向けられていた。これ以上踏み込むなら覚悟しろ、そういう目だった。

 頼は手を左右に振って聞くつもりはないとアピールし、瀞井は黙ってディスプレイ画面に視線を戻す。残った灰加は若干迷っているようだったが、全員の様子を見渡した後、あきらめたように肩を落とした。


「……了解。聞かねえよ」

「いい判断だ。まあ聞かれたところで答える時間もないしな」

「この先LV(エルヴィー)六十オーバーのエムでエッチなオ―いるもんね♪ そろそろ私達の居場所に気付く頃合いでござるん♪」

「はっ? ろくじゅっ……」

「デ……スタムーア最終形態……?」


 動揺で操作を一瞬忘れる瀞井。それは珍しい光景だったが無理もなかった。訓練生最強の牧島千鶴でさえレベル三十のサイズに勝つのは容易ではない。ましてや実戦経験皆無の彼らはレベル六十オーバーのMHOなど存在すら知らなかった。


「……瀞井、失敗だったかもな」灰加が苦笑する。「イグサイズの裏組織に恩を売るいい機会だと思ったが、替わりに差し出すのは自分の命か。まるで中世の封建社会にタイムスリップしたようだ」

「だが幸運な面もある」狛猫が“股旅”を振り下ろす。密閉されたトンネルに空気が生じ、高速列車のような速さで向こう側へと飛んでいった。


「俺達には分かりやすい敵がいる。なにせ相手は見るからに化け物、人類の敵だ」

「うギャあアッ! ぁあおォぉぉぉ……」


 MHOの叫び声が反響し、ドスドスと巨人が歩行するような地響きが周囲にこだまする。


「来やがったか」

「……脅威」

「ここからは俺と小判が相手をする。お前らは訓練を思い出してひたすら敵のエネルギーを吸え」

「……兄、私は別にそれでモーマンタイ、っていうかそのために来たんだけどさ、けどけどこいつらちゃんと払えるの?」

「払える? 何の話だ」

「私が誰かのために動く時は全て有料なの。これ常識。そして私に関する情報も全て有料。払えない奴すぐ葬式。あっ、これが料金表ね」


 どこからか取り出した巻物を頼に手渡す。広げてみると彼女の言う通り、項目別に依頼料金が書かれている。彼女が書いたとは思えない達筆な筆文字だった。


「頼、見せてみろ……なになに、戦闘、敵一体につき八十万円?」

「ただし強敵に関しては……三、三千五百万円からっ!?」

「あー見学したい場合はその倍の料金アルヨ。でも初回のお客様だから半額にしてあげるアル」

「……ちなみによ。あれは一体いくらだ?」


 地響きの揺れが少しずつ激しくなってくるにつれ、闇の中から人間の形をした何かが見えはじめた。真っ赤な肌で、普通の人間のサイズを明らかに超えている。手に携えているものは打撃用のこん棒か。しかし何より目立つのは顔面の中心にある巨大な一つ目。こちらを見据え列車のように黄色い光を放っていた。

 地上には存在しないはずの想像上の怪物。それが百メートル先の向こう側から頼達に近付いてきていた。


「サイクロプス系かー。込み込みで五千万ってところかな。おいそこのしもべ達、どうするアル?」

「……マジで言っているのか?」

「私の技を見たいなら当然の報酬。あっ、すみません。見学代は一人ずつ払ってもらいますぅ」

「えっ……僕、そんな大金……」

「頼は心配するな」


狛猫が肩に手をやる。


「一人は兄兄が払うの? 細身なのに太っ腹ーっ、ビールっ腹ーっ♪」

「……いや、こいつは身体で払う」

「はあっ!?」


 狛猫を除いた三人の男が今日一番の驚きの声を上げた。


「おいおい、お兄さんよ。妹の前で何を言って—ー」

「ちょっとお前黙れ」


 灰加の口を塞ぎ、低いトーンで尋ねたのは他でもない小判だった。

 その表情からは先ほどの底抜けな明るさが微塵も感じられない。印象的だった大きな瞳も目尻をナイフのように尖っている。


「そんなに凄いの、コイツ」

「ああ。おそらく初めての体験だぜ」

「ふーん……」


 小判が沈黙している間にも、サイクロプスの巨大な足は線路を次々と踏み砕いている。しかし、小判はそれを一顧だにしない。兄の胸元までゆっくりと近付き、その首元にクナイを添えた。


「二千五百の価値がこいつにあると?」


 そこには怒りや苛立ちと言った感情は一切見当たらなかった。しかし、それだけに頼達は表面上に現れていない彼女の殺意の凄まじさを肌で感じていた。彼女の値段がサイクロプスよりも安価なことを茶化す気など微塵も起こらないほどだった。


「ひょっとすると三人分合わせても釣りが来るかもしれないぜ」

「……」


 沈黙が続く二人。そのうち、とうとうサイクロプスの攻撃範囲に二人が捕らえられた。敵に背を向けている小判と視界をほぼサイクロプスで埋め尽くされているであろう狛猫。そんな二人の頭上に、一度で車両半分を叩き潰せそうな巨大こん棒が振り下ろされる。


「小判さんっ! 後ろ!」

「隊長っ!」


 数秒後の惨劇を脳内に描いた灰加と頼。

 しかし、それは杞憂だった。

 実際の数秒後の風景は確かに血で染まっていたが、それは仲間の血ではなかった。


「ギャあああアああああああアーーッ!


 肩先から切断された右腕は宙に血を撒き散らしながら大地に転がった。サイクロプスは切断箇所を押さえ、痛みにもがき苦しんでいる。そのように人間じみたMHOの反応は訓練生レベルの知識にはない、これまでの常識を覆すような現象だったが、ただ今の頼たちの意識はそこへは向けられなかった。


「……おい、何が起こった?」

「分からない……やったのは呉羽さん?」

「妹の方」二人の疑問に答えるようにつぶやいたのは瀞井だった。手振りで「クナイの横の部分で……こう」と再現して見せる。

「……モーションに入る動きすら見えなかったぞ。本当に人間なのか?」

「視認不可能な動き……まるで」


 そこまで言って頼は言葉を呑み込んだ。もしそれを言ってしまえば、自分の中にある善と悪の境界線のようなものが分からなくなりそうな気がした。

 これだけの事が起こったのにも関わらず、狛猫と小判はいまだ兄妹だけの独立した時間に呼吸していた。

 やがてサイクロプスが戦意を取り戻し、残った腕で二人を押し潰そうとする。が、もはやその攻撃が命中するとは三人は露ほども思わない。実際、次の瞬間、兄は敵の攻撃をひらりと交わし、小判はどう避けたのかは不明だが振り下ろした拳の上に立っている。

兄に鋭い視線を浴びせ続ける。

 そんな彼女がやっと口を開いたのは、再び振り上げたMHOの腕から地面へと舞い降りた時だった。

 彼女は兄からサイクロプスへと視線を移すと、ツンとした態度で言った。


「……嘘だったら腕か片目、どちらか貰うわよ」

「……悪くない条件だ」


 狛猫がにやりと笑った。

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