31 Nobunaga,Hideyoshi-ノブナガ、ヒデヨシ-
頼の声が聞こえなくなると、しばらくの間、村尾は考え込むように「うーん」と唸り続けていた。
「信じられない、話だよね」
「……うーん。いや信じるよ。信じるけれどそれにしても……うーん……」
「……急いで帰ってきて比留間教官の所に行ったんだ。そしたら途中で本部の人が入ってきて、取調室みたいなところに連れていかれて……」
「で、事情を説明したらここに放り込まれたって訳か」
「……くそっ、先に呉羽さんの所に行くべきだった」悔し気に歯を食いしばる。「そうすればきっと守ってくれたはず……」
「……なあ倉井君」村尾が訊ねる。「マルスって奴が言っていたあの人って、誰なんだろう」
「……分からないよ」
「仮にそいつがMHOを生み出している、もしくはMHOを利用して人間を襲わせているとして、奴らが儚志徹博士を敵視しているのはなぜなんだろうか。博士は何をしようとしていた。本部に秘密でMHOから身を守る指輪を作ったり、あの名簿だって」
「名簿?」
「言うまでもなく僕の家に来た時に見せたアレだよ。AIのファズエラに嘘のランクを言わせるなんて開発責任者の儚志徹以外にできることじゃない」
「そっか。言われてみれば……」
「何にせよ」村尾が立ち上がった気配がした。ぺたぺたという足音が頼に近付く。「確実に言えるのは今日、僕たちは超えてはいけない一線を超えてしまったということだね」
「……そういえば、村尾君が捕まった理由は何なの?」
頼の質問に答える前に村尾は何度か咳ばらいをした。
「ンンッ……僕はね、ファズエラの中に侵入しようとしたのさ」
「……それって、あの名簿を見付けたから?」
「いや、この計画はもっと前から僕の頭にあった。イグサイズ中等部に入るずっと以前から」
「そんなに前から?」
「……僕の父親はMHOに殺されたことになっている」村尾は一語一語に恨みを込めるように言った。「でも本当はイグサイズに殺されたのかもしれない」
「……え?」
何かを言おうと口を開いたが言葉が出て来なかった。
「イグサイズの研究者だった親父が年末、久しぶりに家に帰って来た日のことさ。その日の晩、コーヒーおたくの親父が珍しく酒を飲んで、独り言を言いはじめた。僕はテレビを見ていたし、行っていることも難しい専門用語ばかりでよく分からなかったけれど、でも未だにはっきり覚えている言葉が一つある――『ノブナガにヒデヨシを付ければ人類に未来はない』」
「ノブナガ? ヒデヨシ?」
「ノブナガは役員以下の人間が集まる会議の中で使われていた導入前のファズエラの仮称。武の象徴となる武者のデザインだったから、そう呼ばれていたらしいんだ。知ったのは割と最近だけどね」
「へえ。じゃあヒデヨシって?」
「導入されなかったもう一つのAI。どうやら研究科ではAIを二体作っていたみたいなんだ。ヒデヨシの開発者とその目的は不明だけれど、現在はノブナガだけが評価用AIとして採用され使われている」
「妙な話だね。でも、それと君のお父さんが死んだのとどんな関係が?」
「……棟の屋上の電子慰霊碑を見たことは?」
「あるよ。まあ興味本位で触った程度だけど」
「……六年前に死んだ職員はイグサイズ全体で十四名。これは別口で調査した信頼できる数字だ。でもね、あの慰霊碑に載っていたのは十一名。そして親父の名前もそこには載っていなかった」
「……そんなはず。イグサイズに在籍している人は全員あそこに載るんじゃ……」
「例外があるんだ。イグサイズを裏切ったり、犯罪を犯した者は慰霊碑リストに入ることはできない」
「でも君のお父さんはそんなことしていないんだよね」
「親父以外の慰霊碑リストに名前がない二名のうち、一人は君月って研究者、親父の部下だった。死因は交通事故。ただ匂うのはさ、事故に合う一週間前、彼は縁故の深い政治家を通して評価用AIに関する意見書を防衛省に送っている」
「防衛省、そんな所にどうして」
「詳しいことは分からないけれど、彼らの共通点はみなヒデヨシの存在を知っていること、そして一般の研究員、つまり下っ端だったってことさ。そして彼らはみなヒデヨシの存在を第三者に――誰か来る」
村尾の言葉に頼は息を潜めた。耳に意識を傾けると、確かに誰かが近付いてくる音がする。
「お互い、今話したことは内緒だ。誰にも言わないでくれ」
「うん、分かった」
「俺は寝たふりをする。倉井君はは俺が隣にいると気付かなかったっていうことに」
二人が約束を交わしてしばらくの後、頼の視界に光が差し込んだ。
「倉井頼、いるか」
「この声は……呉羽さん?」
鉄格子の隙間に顔を埋め、眼を入口の方へと向ける。
「お前、キモいぞ。笑わせようとしてんのか?」
「い、いえ……」
逆光で右半身が闇に溶けていたが、頼の前に現れたのは紛れもなく呉羽その人だった。
「一歩離れろ。今鍵を開けてやる」
「あ、ありがとうございます」
ぎいと音を立てて扉が開くと、呉羽は頼の腕を引き、外へと連れ出した。
「ほら、行くぞ」
先に行けと顎で示す。頼はそれに従うと、呉羽もそのすぐ後ろを追うが、村尾が閉じ込められている部屋の前で立ち止まると、大量の鍵の付いた束を中に投げた。
「明後日の」鉄格子の奥のベッドに向かって呉羽が告げる。「午前六時までの間で見回りが九回来る。十回目が来る前にここを出てメディカルの亜紗方光を訪ねろ。さもなければ死ぬぞ」
「……かーっ」
わざとらしい鼾が返ってきた。




