30 The day-天-
自ら槍を持ち、敵に突っ込んでいく立場の者たち。
軍事力の末端である彼らの存在意義は武力。その一点に尽きる。
少なくとも、彼らを駒と捉える者にとってはそうだ。
上の者にとっての邪魔物をその武力によって打ち負かし、葬ることで武勲が立つ。
武力は戦士にとって最も重要なものであり、実戦における武勲の多寡によってのみ彼らは評価され、その者の命の価値は決定される。
である故に、MHOを前にしておめおめと逃げ帰ってきた頼の存在は無価値に等しかった。
「処罰が決まるまで、ここでじっとしていろ。このクズが」
警備服の男が憎々し気に唾を吐き、鉄格子の錠を閉める。
「待って下さい! 僕はっ!」
今さらいくら叫んでも無駄だった。
男は靴音を響かせながら段差を上り、光の差し込む方へと進んでいく。
「閉じ込められてもいい! でも、その前に儚志徹博士に会わせて下さいっ! お願いしますっ!」
もはや意味がないというのに気付かない愚かな青年は、最後まで声を上げ続けた。
しかし、やがて間近で鐘を打ち鳴らしたような巨大な音が鳴り響くと、希望が断ち切られたように膝を崩した。
「……くっ」
部屋は薄暗く、通気口からの月明りだけが光源だった。
頼はよろよろと立ち上がり、氷のようなベッドに腰を下ろすと、後ろへばったりと倒れた。
ひんやりとした狭い空間に、手錠の金属音が響く。
「まるで犯罪者扱いだ」
一人になった頼の口からつい愚痴が漏れる。
「……倉井か」
その時、隣から自分の名を呼ぶ声がした。
「……誰?」
「やっぱり君か。僕だよ、村尾」
「村尾君? まさか……どうして君がこんな所に」
ほんの数時間前に街で会ったばかりの仲間が自分と同じように本部の地下にある留置場に閉じ込められている。信じられないことだったが、それを言えば自分だってそうだ。
「君こそどうしたの? 警備の人にかなり悪く言われていたみたいだけれど」
「……街で、MHOと遭遇して」
「街にMHOが?」
「うん。それで……」
「……それで」
村尾が続きを促すが、しかし頼からの声はなく、手錠がせわしなく動く音だけが聞こえてくる。
「……分からないんだ」
そうつぶやいた頼は正面の暗闇を見ていた。
網膜にその時の光景が浮かび上がってくる。
「なぜ牧島さんは……」
■■■
「ヒィィィッ……!」
ばちばちという音と、炎と煙に包まれたMHOから絞り出される人間の悲鳴。触手がもがき苦しむようにうねっているが、そのうちの半分は本体から切り落とされ、地面に転がっている。
軽トラックから上る煙は黒く、まるで狼煙のようだった。
しかし、その光景を作りだした牧島千鶴の顔はその光景とは正反対の方に向けられていた。
墓地の真ん中で青い風船を片手に握っている少年の方を。
二人は何か話しているようだった。
「……あいつは」
その顔を確かめようと思った頼は、力の入らない足を騎手のように叩き、何度も倒れながら二人に近付いていく。
二十メートルの距離まで近付いた辺りで、二人が頼の方を見た。
「倉井君……」
「やあ、久しぶりだね」
「マルスっ! ……うっ!」
瞬間的に生まれた怒りで頼は叫んだが、その感情も瞬時にして収縮していく。
「……ううう」
「あーあ」マルスは失望したようにため息を付く。「またこれか。いったい何が彼の解放を妨げているんだろうか」
「……あなた、倉井君を知ってるの?」
「知っているも何も。僕と彼には何よりも深い血の繋がりがあるから」
「……血の、繋がり」
「牧島さん……そいつから離れて」
頼は両足を広げ、重力に押しつぶされるのを必死に耐えるように立っていた。そしてポケットから忍ばせておいたナイフを取り出す。
マルスはつまらなそうに頼の顔を一瞥したが、次の瞬間視界から姿を消す。
「こっち」
声がした方を向いた時、マルスは地面に転がっていた触手を頼に向かって投げた。
「……あ、あっ」
「倉井君、避けて!」
牧島は叫んだが、間に合わず触手は頼に直撃した。
しかし、衝突の瞬間、電気を食らったように稲妻が走る。
そこにいた全員が何が起こったか分からないうちに、触手は消滅した。
「……あれ?」
「凄いな。以前とは比べ物にならない威力だ」
目をぱちぱちとさせ茫然とする頼をよそにマルスがあきれ顔で頭を掻く。
「……今の現象は」
「あれ? 君、知ってるの?」
「以前、儚志徹博士が見せてくれた実験の……あの時も今みたいに光って……でも実用化には必要なエネルギーが大きすぎるからって」
「……儚志徹。ほうら、僕の言った通りだろ。黒幕はそいつだ」
「……でも本当にあなたは」
「ああ。だからこそあの人は君を呼んでいる」
「……信じて、いいのね」
「ダメだっ!」頼が叫ぶ。「……そいつを、信じちゃ……うう」
「ひひっ、何も知らないくせに」
「……黙れ」
マルスが牧島に視線を戻す。
牧島は目を背けたが、わずかに頷いた。
「感謝する」マルスが頭を下げる。「早速だけれど、一つ頼まれてくれないかな」
「……何?」
「こいつ」マルスが頼の方へと歩み寄っていく。「裸にひんむいてくんない?」
「……もう一度言ってくれるかしら」
牧島の眉間に皺が寄る。
「いやいや、冗談じゃないから。こいつの身体のどこかに僕のエネルギーに反応して攻撃するような装置が取り付けられているんだ。それを外して欲しいんだけど、ただどんなものかが分からないからさあ。全部脱がしちゃった方が早いだろう」
「……彼を殺すつもりは」
「だからないって言っているだろ。あの人の目的は彼の解放だって。君だってこれ以上、こんな臆病な彼を見たくないだろう?」
牧島はしばらく思案していたが、最終的にはマルスの言うことに従った。
頼に無言で近付き、着ているものを脱がせていく。
「牧島さん……やめ……」
「じっとしてて」
抵抗する頼を強引に押さえつけながら、ベルトを外し、チャックを降ろす。そしてズボンの裾を勢いよく引くと、頼はシャツと下着一枚の姿になった。
「……うう……何でこんなことに」
目に涙を浮かべながら、牧島の脚首を掴む。牧島は驚いてその手を放させようとしたが、その時、彼の手に光る指輪に目がいった。
「……これ」
「牧島さん……あっ!」その時、頼ははっとして、その手を隠した。
以前、儚志徹博士に言われたことを思い出した。
『傍観者の指輪』は私が作ったんだ。娘をMHOから守るために。
さっき自分の身を守ってくれたのは、この指輪の力だったのか。
だとすれば、きっとマルスの狙いは梢の形見であるこの指輪に違いない。
それはこの指輪を奪われれば、自分はマルスに殺されるということ。
「倉井君……悪いけれどその指輪を渡してくれないかしら」
「……これは関係ない。こ、これは梢からもらったただの指輪だ」
「梢……でもその子、儚志徹博士の娘なんでしょ」
「……っ!」
「ああそうだ」追い打ちをかけるようにマルスが頼に言う。「そういえば君、あの時殺した女から指輪を貰っていたよね」
「……そんなことは。あっ!」
その時、マルスの言葉に頼は動揺していた。その隙に、牧島は頼の薬指から強引に指輪を抜き取る。頼はすぐに取り返そうと手を伸ばしたが、その前にマルスの蹴りが腹部に飛んできた。
「ガハッ!」
唾液をまき散らしながら地面に転がる頼。視界がかすむ。
「あなた何を!」
「殺しはしないって」牧島から指輪を奪い取り、輪の中を覗き込む。「これをあの人に見せれば儚志徹の企みも明らかになるね。そうすれば……いひひっ、明日が楽しみだ」
「……ま、待て……」
意識が途切れ途切れになる中、声を絞り出して手を伸ばす頼。しかし、もはやその声は自分にしか聞こえていないようだった。
「行こうか」マルスは持っていた風船を手放した。「あの人がお待ちだよ」
「……分かったわ」
歩き始めた少年の背中を少女が追う。
「牧島……さ」
青空へと向かって上昇していく青い風船。
自分の仲間も敵も頼の元から遠ざかっていく。
その姿が完全に見えなくなる前に、頼は意識を失った。




